Fate/stay night -the last fencer-
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第一部
運命の夜の先へ
狂躁の夜を越えて(Ⅱ)
前書き
※前話にて同一話の二重、編集ミスがあったことをお詫びいたします
居間を出て廊下を歩きながら、二人の声がする方────屋敷の奥の部屋へと足を運ぶ。
なにやら不毛な言い合いをしているようで、マスターは人だと思うな、手段を選ばず倒せ、と言う凛に対し、じゃあ何で自分を殺さなかったのか、という士郎の問い。
気が乗らない、興が削がれたというのもわからないでもないが、目標遂行に私情を挟むのは戦闘者としてどうかという話だろう。
凛がボケているのなら士郎は抜けている。
「楽しそうだな、おまえら」
「「え? ……っ!?」」
俺の存在に気付かなかったのか、正座して向き合った状態から跳んで後ずさる。
後ろにはフェンサーが控えている。
別段敵意を放っているわけではないが、予期せぬ第三者の介入に二人は目を白黒させていた。
「な、なんだ、黎慈か……おまえも大丈夫だったんだな」
「こっちの台詞だよ。背中に穴開けてたわりに、随分元気そうじゃねぇか」
「衛宮くんの傷ならもうバッチリ塞がってるわよ」
「……あの傷がか? そりゃすげぇな」
骨には達していないが、結構深い傷だったはずだ。強力な自然治癒の呪いでも備えていたのか。
いや、ロクに魔術も使えない士郎がそんなこと出来るはずもない。たぶんその治癒能力は、サーヴァントと契約した特典か何かだろう。
「で。そっちは話終わったのか? 何やら不毛な言い争いが聞こえてたが」
「いや、遠坂が矛盾したこと言うからさ」
「うるさいわね。そうよ、衛宮くんなんて取るに足らない相手だって、私が油断した結果よ。ま、言うなれば心の贅肉ね」
「あ、それ前にも聞いたことあるな。遠坂が太ってるってことか?」
「ふふふふふ。面白いこと言うのね、衛宮くんは」
凛の背後がメラメラと燃える。
それはもう極上の笑顔で、あかいあくまは怒っていた。
無意識に、士郎が半歩後ずさる。
「でもこれからは余計な言動は控えたほうがいいわよ。軽率な行動は死を招くだけだから」
「──────」
あまりの恐怖に士郎は沈黙する。
二度目はないと本能的に理解しているのか、必死に首を振って頷いていた。
そんな中、俺は無言で凛に近寄って────
「ほい」
「きゃんっ!?」
凛の脇腹を無造作に掴む。
その可愛らしい悲鳴を無視してムニュムニュ。
程良い掴み心地。ほう……まぁこのくらいなら普通に許容範囲。
必要以上に肉を削ぎ落とす女子が多い昨今、このくらいの肉付きの方が男は好みなのではないだろうか。
細ければいいというものではないし、ぽっちゃりなんて言い訳も認めない。
凛の場合、この肉感がとある一部分にも必要かもしれないが…………
「うん、女の子として気にするほどのお肉はついてな──ぐげっ!!?」
途端、強烈な衝撃が顎を打ち上げた。
危うく舌を噛みかけたがセーフ。
というか、今気にするべきは舌ではなく、俺の顎骨が砕けていないかどうかだ。
膝をつき、顔下半分を押さえながら蹲る。
「……い、いいか士郎。これ……これが軽率な行動ってヤツだ…………」
「あ、ああ、わかった。だけどそんな身を以て実践しなくても…………」
士郎の言い分はごもっとも。
親の仇を見るような修羅の眼光を俺に向ける凛さんは、未だかつてないほどに恐ろしい気を放っております。
なんだろう、俺の確認行動はそんなにいけないことだったでしょうか?
「ほんっと、この男共は……!」
「痛ぇ……ちょー痛ぇ……」
(今のは……マスターが悪いと思う)
自分のサーヴァントにも見放された。
泣きたい。
「……ふん。私の話はそれだけよ。後は貴方たちでサーヴァントと話し合って勝手に訊きなさい」
「………………」
「何よ、黎慈。文句あるの?」
若干イラッとした素振りを見せながら俺を睨む。
無言の抗議を含めて目を向ける。
そんな俺の目線は、凛の一部分とフェンサーの一部分を行ったり来たり。
それに気付いた凛が、むっとした表情でこちらを見据えた瞬間────
「……へっ」
「っ…………ねえ、黒守くん。今もしかして鼻で笑った? 笑ったわよね? 笑ったんでしょ!? いいわよ、あんたがそうならこっちにも考えってモンが…………!!」
「ちょっ、やめろ遠坂! 頼むから家で魔術をぶっ放すのだけはやめてくれー!」
あまりの怒りに魔術刻印が起動する凛さま。
わー、きゃー、と喚き立てながら、呆れたフェンサーと駆けつけたセイバーが止めるまでこの騒ぎは続いたのである。
一頻り騒いだ後、衛宮家を跡にして遠坂と共に帰路につく。
サーヴァントは目立つので、さすがにお互い霊体化させている。
ちなみにどういう形で騒ぎが収まったかと言うと、凛が俺と士郎を気が治まるまでポカした挙句、土下座させる方向で事なきを得ました。
いやね、俺だって殴られるのは本意じゃないんですよ?
とりあえず現在誰に一番謝りたいかと言うと、侮辱いたしました凛さまではなく、迷惑を掛けた己がサーヴァントでもなく、見事なとばっちりを受けた士郎にです。
本当に申し訳ありませんでした。
「痛いよぅ……朝から打ち身だらけとか……聞いてるか、凛?」
「………………」
「もう、拗ねるなよー。凛ー?」
「………………」
「勇気りんりん、私パンダししょ──うぎゃぁっ!?」
痛い痛い痛い!?
「打撲傷の上からつねらないで、お願い!」
「あんたほんと昔から懲りないわよねー」
抓られた部分を必死にさすりながら答える。
ああ確かに、昔からこうやって絡んでは、軽くあしらわれていたような気がする。
魔術師は普通一般人を遠ざけるし、同業者であっても心を許し合うような関係には至らない。
それは遠坂凛も例外ではなかった。
知り合った当初に同じ中学に編入してから、そんな暗黙の了解などお構い無しに俺は迷惑そうにしている凛に話しかけていた。
そういうルールや掟なんてもの、俺にはよくわからなかったし、どうでもよかったから。
実際に俺自身が他者に対して線引きを始めたのは中学を卒業してからで、これまでと変わらない人間を演じつつ、内側では冷たい感情が潜むようになった。
俺は基本的に誰のことでも好きなのだが……というより、俺は好き嫌いの判断ではないようで、誰とでも仲良くなれるのは同時に誰のこともどうでもいいからだとか。
昔にそれを言峰神父に指摘されて、その本質を知ったときは少しショックだった。
曰く、ヒトを好ましいと思うのではなく、人を愛しいと感じるようにならない限り俺はこのまんまならしい。
ただそんな自分を気に入ってもいる。
なので生き方の一部となったこれを今さらどうこうしようとは思わない。てかどうしようもない。
「そういや、学校の基点はどうするんだ? 今日からバイトはしばらく休むから、付き合えってなら付き合うけど」
「うーん……今日はいいわ。昨日のうちに半分以上は潰したし、今日は日曜日だもの。わざわざ人がいない時に発動はしないでしょうしね」
おや、意外。
昨日は全部潰さなきゃ気が済みそうになかったのに、どういう心境の変化だろうか。
結界の主目的はライフドレインだろうが、他にもマスターを閉じ込める意味も持っているはずだ。
前者は今日だと人が居なさ過ぎて達成できず、後者も俺や凛が学校に居ない時点で意味は無くなる。
魔術師として考えるなら、日曜日に発動するのはどう考えても効率が悪い。
「じゃあ俺は家に戻ってから新都に向かうけど……凛はどうする?」
「私は家に戻ったら一度眠るわ。昨日から一睡もしていないし。夜にはまた出かけるでしょうけど」
「そうか。それと明日からのことなんだけど、学校に居る間は戦闘無しにしないか?」
「え?」
いや、そんな間の抜けた顔をされても。
「俺としては学校には出席しておきたいし、結界のことも気になる。だから学校に居る間だけ、不戦条約」
「いいわよ、別に。でも放課後とかに意味も無く残ってたりしたら、容赦なく背中から撃つわよ?」
「こっちもその首落としてやるよ。出来れば、おまえとの戦いは最後まで取っておきたいもんだが」
お楽しみは最後までお預けがいい。
どれほどのマスターとサーヴァントが居ようと、凛なら生き残るはずだ。
ライダーは言うに及ばず、キャスターやアサシンでも彼女とアーチャーには勝てまい。
最優のサーヴァントと謳われるセイバーも、マスターがあれほど未熟では不利な戦闘を強いられるだろう。
唯一例外を挙げるならバーサーカーだが、アレに関してはこちらとしても追々対抗策を練らなければならない。
「なに、メインは最後まで取っておくタイプ?」
「そうだよ。どんな奴らが相手だろうと、おまえ以上の魔術師なんているはずがない」
「え……あ、う」
真っ直ぐに目を見据えて宣戦布告する。
俺にとって、遠坂凛以上の敵手は存在しないと。
だっていうのに、何やら言葉に詰まっている凛。
そんなにおかしなことを言ったつもりは無いんだが…………
「ふ、ふん。私も貴方との戦いは楽しみにしておくわ」
凛からの宣戦布告も耳にして、俺たちは別れた。
坂道を上っていく彼女の背を見送る。
背中が粒ほどにも見えなくなってから、俺は自分のアパートへと歩き出した。
「何これ………………犬小屋?」
そうして俺の部屋を見たフェンサーの第一声がこれでした。
「はーい、昨晩に引き続き不届きな発言頂きましたー。もう一回言っちゃうとフェンサーさんには罰ゲームが与えられマース。仏の顔は三度までー」
ちなみに俺の忍耐も三度までー。
てゆうか、一学生には不相応なほどいい部屋ではあるはずなんだが……
1LDKの風呂トイレ別、洗濯機やテレビ、ベッドなども備え付けで完備、お値段は少し張りますがそこはバイトしてれば問題ない程度。
実は曰く付き物件だったのだが、そんなもん自分で祓っちゃいました。
ダイニングに入って冷蔵庫を開き、残っていたアップルジュースを取り出す。
どうせ必要ないので飲まないだろうが、一応フェンサーにも飲むかどうかを目配せで聞いてみる。
そしたら案の定、彼女は首を縦に振って────
「え、飲むの!?」
本来サーヴァントは睡眠や食事を必要としない。
それゆえに返ってきた答えに戸惑いながらも、二つ分のコップにアップルジュースを注ぐ。
しかしここを犬小屋と称するには、生前どれくらい豪奢なお家に住んでいればそうなるのだろうか。
やはり過去の英雄ともなると、報奨として与えられる家とかも桁違いなんだろーか。
生まれてから死ぬまで戦争していたわけでもないだろうし、家族も居るだろうしそういう可能性もあるか。
聖女とか聖人の類だとしても、宗教や神が真に信じられていた時代──正統の教会や修道院はたいそうご立派な建造物だったと聞くし。
だからといって、居住に対する文句を認めるわけにはいかん。
机の上にコップを置きながら、フェンサーにでん、と向かい合う。
「不満があるなら家に居る間は外で待機でもいいぞ」
「わかったわ。じゃあホテル代頂きますわね」
「このサーヴァント、一体何をほざきやがる」
いくら現代の知識が刷り込まれているとはいえ、この適応力は何事か。
いやそれ以前に、過去の聖杯戦争においてホテルに滞在するようなサーヴァントが居ただろうか、いや居ないに違いない!
もし居たなら出て来いよ。説教してやるよ、俺が。
「贅沢言うな。俺のサーヴァントなら尚更だ」
「まあさっきのは冗談だけれど。生活レベルの向上は進言いたしますわ、マスター?」
「う……確かに備え付けの家具使い回して、他のもリサイクルショップで買ってきたもんばっかりだけどさ」
別に節制が趣味と言うわけでもないが、俺一人で稼げる金銭で生活していこうと思えばそれなりの工夫が要るわけで。
魔術に関すること以外で、黒守の財産に手をつけるのもプライドが許さないわけで。
「ウチの屋敷自体は冬木市に近い場所に移してあるんだけどなぁ」
「なんで自分が住んでる場所に拠点を置かないの?」
「黒守の屋敷ってことは、俺個人の陣地であり、中には工房もある。それを凛の領域である遠坂の土地に設置するには、オーナーにそれなりの対価を支払わなきゃならないからさ。
凛も後見人の神父さんも無茶苦茶な要求はしてこないだろうけど、俺がこの土地にいる間ずっと対価を支払い続けるのも問題ありだろ。屋敷と工房を開いたままにしておくのは便利だけど、それにだって維持費や管理費がかかる」
飲み物を注いだコップに口をつける。
ここを永住の地、もしくは故郷と定めてしまうのならまた違う考えにもなるのだが、今のところはそんな予定もない。
卒業すれば時計塔のあるロンドンに移住するわけで、永住するつもりは無いが、もしかしたらそのまま帰ってこない可能性だってある。
俺が死んだ時には魔術協会が遺品などを屋敷ごと回収にやってくるだろうが、その土地のオーナーにもいくらか黒守の遺産が渡ってしまうわけで、それはいただけない。
黒守の遺産は全て俺一人が使用し、俺が最後に後始末を受け持たなきゃならない大事なものだ。
「ふうん。それならさ、レイジがリンと子供を作ればいいんじゃないの?」
「ブフッ!? げほッ、けほ……っ!!」
飲む途中だった液体を盛大に噴出し、反射で自分の顔面に噴射させながら俺は咳き込むのを止める。
このサーヴァント、さっきから何を口走っているのか!?
「だってクロガミとトオサカで一つの魔術の大家になってしまえば、レイジがそういうことで悩む必要もなくなるわけでしょう?
優秀な母胎で優秀な子孫も残せて、一石二鳥じゃない」
「ち、違うでしょう? 俺が家をどうにもできない問題から、何故に凛と、その、こ、子作りする話になるんでございましょう!?」
くそ、こういう話題には耐性があるはずなのに!
まさか自分のサーヴァントと話してるときに、こんな流れに持っていかれるとは予想だにしなかった。
そしてなまじとんでもない美人で可憐に見える少女の口から、そんな生々しい発言が飛び出るとは想定外だった。
いや、もしかしたら────彼女の生きていた時代ではそういう事が普通だったのかもしれない。
政略結婚という言葉もあるように、魔術師の家系で一子相伝の子以外の弟妹たちをどう扱うかは、当主が自由に決定する権利があったはずだ。
他家とのパイプが欲しい者、優れた魔術師の遺伝子を欲する者、理由は様々だったろうが、そんなやり取りが常識だった時代もあるのだから。
だからと言って、現代の魔術師である俺たちにまでその基準を当てはめるのはどうだろうか。
「家がどうとか母胎がどうとか、そんなので決めるのは間違ってんだろ。そもそもそこには、相手を思いやる心が欠けている」
「不思議なことを言うのね。魔術師はみんな、祖先から子孫に至るまでの一族全てを含めて、根源へと至るための道具でしょう?
そこに余計な感情や思考を挟む余地なんて無い。レイジとリンなら、中々の純血種……いえ、混血種が生まれそうだけど」
心底おかしそうに、フェンサーは俺を見て笑っている。
彼女の言うとおり、おかしいのは俺なのだろう。
互いに納得する恋愛をして結婚をするというのは本当に稀有な例。
魔術師はすべからく、そういった恋愛面に限らず不自由を強いられる職業だ。
他人の思惑の上で成り立った繋がり全てに愛が無かったとは思わないが、明確に愛している相手と添い遂げた者もまた居ないはずだ。
そういった諦観の念から結局はそうなるしかないというのなら、出来る限り優秀な遺伝子を持つ相手を選ぶのもまた魔術師として正しい在り方。
ただ俺自身が、そのことに吐き気を催すというだけで。
相手の心を見ない関係に挟まれて育つ子供は、果たして正常といえるだろうか。
そうやって少しずつ、自分自身の心も見えなくなってしまうのではあるまいか。
それらの蓄積が、今の魔術師の在り方を語っているのかもしれない。
逆に言えばそうして魔術師として余分な人間部分を、自らの内から排斥してきたとも言える。
ただ一つ確かなことは────
「俺はそれ、気に入らないわ。同じような発言は二度とするなよ、フェンサー」
「……了解、マスター」
やれやれ、といった風情でフェンサーは肩を竦める。
コップを空にした俺は、部屋の奥にある金庫から購入証明書やら契約書類なんかを引っ張り出す。
そんな作業がてら、先ほどの話は打ち切ったつもりだったのに、思わず考えていたことが口を突いて出る。
「そもそも、凛が俺を好きになるはずもないだろう」
そう。魔術師云々以前に、もとよりそこが重要だ。
長年コミュニケーションを取ってきたつもりだが、凛からそれっぽい反応を返されたことはない。
俺もそれを分かっているから他の女の子と付き合ったりしていたし、その経験から手応え……というか、脈ありならそれとなく解る。
「マスター……それ本気で言ってる?」
「本気も何も、普段接してる中での素直な意見だって。どっかのドラマの主人公みたいに超絶鈍感なわけでもなし、俺も脈無しの相手にモーションかけるほど暇じゃあない」
(知らぬは本人たちばかりなり……重症ね、コレ。二人とも潜在的に相手のことを気にしてるのがわかってない)
彼らと会ってまだ間もないフェンサーだが、昨日から今日まで接してきた上での分析だ。
二人はお互い、相手に他人とは違う特別性を見出しているのに、無意識なものだからそれを自覚することが無い。
それは二人の言動の節々を見ていれば解ることだった。
もしも彼、彼女の内面に変化が起きるとしたら、それは何か劇的な事件でもない限り不可能だろう。
もしくはどちらかが気付いてじっくりとアプローチを掛けるか、この関係のままで年月を隔てれば気付くこともあるかもしれない。
それとも他にもう一人特別な人間が出来て、それと比較するようなことでもあれば、また価値観に変化が訪れるはずだ。
「よし、これで全部。フェンサー、新都に向かおう」
「了解……」
何故自分がこんなことを考えているのだろうと嘆息し、フェンサーは己のマスターの後に付いていった。
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