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戦国異伝

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第百十一話 青を見つつその十三

「天下一の義をな」
「義ですか」
「御主には義が相応しい」
「忠義、仁義、信義ですな」
「戦国の世には義程ないものはない」
 裏切りに謀が常だ。その様な世において義があるかというと誰もそうだと言えないのが戦国である。だがその戦国の世にあえてだというのだ。
「しかしそこにじゃ」
「それがしが義を」
「戦国の世は間も無く終わる」
 信玄は言い切った。天下泰平となるのは近いと。
「御主はそこから義の道を極めるのじゃ。よいな」
「はい、さすれば」
「わしが御主に望むのはそれじゃ」
「恐ろしいまでに大きいですが」
「しかし御主なら出来る」
 幸村ならばだというのだ。
「必ずな。ではじゃ」
「御館様、今誓いましょうぞ」
 幸村もまた信玄に確かな顔と声で答える。
「それがし、必ず天下一の武士になり」
「そしてじゃ」
「義の道を極めましょうぞ」
「義に生き義に死す」
 信玄もまたそこに大きなものを見ていた。
「瀆武の世は終わり義愛の世とならねばならん」
 それこそが信玄の目指すものだった。彼は天下を望みそこに義愛の世を見ていたのだった。
 信長はこの頃美濃から今に至る戦と政の評定について考えていた。そしてそれはかなりのものになろうとしていた。
 弟の一人である信興に対して岐阜城で弓の鍛錬をしながら語る。右肩をはだけさせ動きやすくさせたうえで弓を引いている。当然的を狙っている。
 弓をきりきりと引き的を見据えながらこう言うのだった。
「尾張一国の時は六十万石だった」
「はい」
「そして今は七百六十万石じゃ」
 十倍以上に大きくなった、これはかなりのものだ。
「ここまで大きくなるには皆によく働いてもらった」
「だからこそですな」
「うむ、評定では弾もう」
 そうするというのだ。
「是非共な」
「七百六十万石あります故」
 信興もその大きさから言う。
「その評定もまた」
「大きくなるぞ」
「そうなりますな」
「権六にも牛助にも一万石や二万石ではきかぬ」
「さらにですか」
「多くやる。そしてじゃ」
 その評定にはさらにあった。
「茶器も刀も書もじゃ」
「そうした宝もですか」
「絵もある。そうしたものもどんどんやろうぞ」
「それにそうしたものは幾らでも出すことができますな」
「領地とは違ってな」
 こちらには限りがある。だが茶器はだというのだ。
「銭もそうじゃが」
「銭も与えますか」
「うむ、銭は生み出すことが出来る」
 使えば減るがそれもまた出来るというのだ。
「だからこそじゃ」
「褒美としてよいのですな」
「宝もな」
「だから兄上は領地だけでなく銭や宝も褒美とされているのですか」
「官位もやれるようになった」
 これは信長が正式に朝廷から官位を授けられたからだ。今では朝廷に参内できるまでの官位になってもいるのだ。
「しかし官位も領地も限度がある」
「特に領地はですな」
「幾らでもやっておってはすぐになくなる」
 ここが難しいところだ。家臣には褒美を与えなければならない、だがそれには限度があるものがあるのだ。
 一所懸命という言葉がある、だがだった。
「鎌倉幕府は元寇を防いだ」
「御家人達も手柄を立てましたな」
「しかし褒美として与えられる土地はなく」
「しかも戦で力を使い過ぎた鎌倉幕府は衰え」
「遂には滅んだ」
 鎌倉幕府にしてもそうなった、そしてだった。
「室町幕府は気前よく褒美を与え過ぎた」
「幕府の力は弱かったですな」
「山名や細川、大内が強かったわ」
 特に六分の一衆と呼ばれた山名である。戦国の今こそ毛利により滅ぼされる寸前だがかつてはそれだけの力があったのだ。
 その他に管領の細川家に西国の大内家だ、その他の家も多くの領地を持ち。
「幕府は弱かった」
「それが今に至りますな」
「うむ、だから褒美は難しいのじゃ」
「領地は欠かせぬにしても」
「考えてやらねばならん」
 さもなければ鎌倉幕府や室町幕府の二の舞になるからだ。信長は彼等の轍を踏むつもりは毛頭なかった。
 だからこそ評定についてこう言うのだった。
「領地だけでなく茶器も宝もじゃ」
「そして銭もまた」
「ふんだんに用意してある」
 そうしているというのだ。
「様々なものをやるとしよう」
「それが兄上の評定ですか」
「無論満足させる」
 不満を抱かせる愚も犯さないというのだ。
「絶対にな」
「難しいですな」
「そうじゃ。評定は政の中で最も難しいものじゃ」
 信長は確かな顔と声で信興に述べる。
「しかとやるぞ」
「そして七百六十万石を治められますか」
「七百六十万石を治められずして天下は治められぬわ」
 天下はそれより遥かに大きい、だからだというのだ。
「だからじゃ。ここは見事仕切る」
「わかりました」
 信興は兄の言葉に頭を垂れた。信長のその矢は放たれ的に刺さった、それは的の中央を見事に射抜いていた。


第百十一話   完


                         2012・10・20
 
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