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とある星の力を使いし者

作者:wawa
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第48話

シェリーが倒れてもエリスは動きを止めているが身体が崩壊してはいなかった。
警備員(アンチスキル)もエリスが動いてはいないがまだ残っているので攻撃の手を緩めない。
上条は自分の右手でエリスに触ろうかと思った時、上条の右手を麻生が掴み言った。

「まだだ、あいつは意識を失っていない。」

その言葉を聞いた上条は倒れているシェリーの方を見る。
確か自分は手加減なしでシェリーを殴ったつもりだった。
さらに麻生も一緒に殴っている、上条が疑問に思っていると麻生が答える。

「おそらく、浮遊術式でもかけていたんだろう。
 そのおかげでエリスの震動も自分には通じなかったし、俺達が殴る瞬間、その術式を利用して後ろに飛んで衝撃を緩和したんだ。」

麻生はそう説明して忌まわしく舌打ちをする。
すると、シェリーは倒れたまま笑い声をあげると、オイルパステルを抜刀術のように振るい地面に模様のような、記号のような、判読不能の何かが勢い良く床へと書き殴られる。

「ちくしょう!
 二体目を作る気か!?」

「うふふ、できないわよ。
 ああしてエリスが存在する以上、二体同時に作って操る事などできはしない。
 大体、複数同時に作られるのなら初めからエリスの軍団を作っているもの。
 無理に作ろうとした所で、どうやっても形を維持できない。
 ぼろぼろどろどろ、腐った泥みてーに崩れちまう。
 けどなぁ、そいつも上手く利用すりゃあ、こういう事もできんのさ!!」

瞬間、シェリーが描いた文字を中心点にして、半径二メートルほど、彼女が倒れている地面が丸ごと崩れ落ちた。
シェリーは崩壊に巻き込まれ、まるで地面に呑み込まれるように姿が消える。

「くそっ!!」

上条は慌てて駆け寄ったが、そこには空洞しかなかった。
穴は深く、何メートルあるかも分からないが、底の方から空気の流れのようなものを感じる。

「地下鉄の線路が通っているのだろう。
 上手く利用されたな。」

麻生も穴の底を見つめながら言う。
すると、動きの止まっていたエリスが、バラバラと音を立てて崩れていった。
エリスが崩れるのと同時に、銃声の渦もピタリと止まる。

「おかしい。」

ふと、穴を見つめながら麻生は呟いた。

「おい、当麻。
 あの女が此処に来た理由を教えろ。」

麻生にシェリーの目的を教える。
それを聞いた麻生は周りを見渡す。
まるで誰かを探しているかのようだった。

「おい、インデックスはどこだ?」

「インデックスか?
 それなら白井の能力で外に・・・・」

そこまで言うと上条は何かに気づいた。
シェリーは戦争の火種を欲しがっていたのに、そのターゲットの内の二人である上条と風斬が目の前にいるのにどうして逃げたのか。

「あいつは逃げたんじゃない。
 目標を変えたんだ。
 警備員(アンチスキル)に守られていないあと一人のターゲットにな。」

そこまで言われ上条はようやく気づいた。

「くそ・・・インデックスか!!」

上条はそう叫ぶと急いで警備員(アンチスキル)の元に駆け寄った。
おそらく、地下街の封鎖を解いてもらいに行ったのだろう。
麻生は封鎖はすぐには解かれないと考える。
警備員(アンチスキル)には様々な管轄があり、それぞれに命令系統が存在する。
愛穂達の警備員(アンチスキル)の管轄では独断で隔壁をあげる事は出来ないだろう。
なぜ、この事を麻生が知っているのかというと前に愛穂がこの管轄や命令系統の事で愚痴をこぼしていたからだ。
麻生の能力で隔壁を上げる事は出来るが、そうすると愛穂に迷惑をかける可能性があるので上げるに上げれない状況でもある。

(そうなると此処からシェリーを追うしかないな。)

麻生は目の前にある底の見えない穴を見つめながら思う。
その時だった。

「待て、風斬!!」

上条の叫び声が聞こえ後ろを振り向いた時、麻生の隣を風斬が走り抜けシェリーが空けた大穴の縁から、飛び闇に落ちる。
上条は咄嗟に手を出して風斬の腕を掴もうとしたが、反射的に利き腕である右手を出してしまったので捕まえる寸前で手が止まる。
風斬の身体はAIM拡散力場、つまり異能の塊である。
そんな風斬の身体に上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)が少しでも触れれば風斬の身体は崩壊するだろう。
そして風斬は深い闇の底へと落ちていった。

「くそ!!」

上条は自分の右手を強く握りしめながら叫ぶ。
これほどまでに自分の右手の能力を忌々しく思った事はないだろう。
上条はすぐにでも追いかけたいところだが目の前の大穴はどれくらいの深さなのか暗くて何も分からない。
少なくとも無暗に飛び込めば自分の足がどうなるかくらいは想像できた。
上条は周りを見渡し何は縄になる物を探す。
そんな上条を見ていた麻生は無線機で誰かと言い争いをしている愛穂に近づく。
ちょうど会話が終わったのか無線機から顔を遠ざける。

「愛穂。」

「恭介か。
 どうやら無事みたいで良かったじゃん。」

「まぁな、それよりも隔壁は上がらないのか?」

「命令系統が違うからもう少し時間がかかるじゃん。
 逃げたテロリストも追いかけないといけないのに。」

「その逃げたテロリストは俺が追いかける。」

麻生の言葉を聞いた愛穂は驚いた表情をする。

「何を言ってるじゃん!!
 あんな先も見えない暗闇じゃテロリストがどこにいるか全く分からないじゃん!!
 もし罠とか仕掛けていたら怪我ですまないかもしれない!!」

「まだあいつを殴り足りていない。
 それにこのまま放置しておくのは色々不味いだろう?」

「それはそうだけど・・・・」

正直、愛穂もあのテロリストが次にどんな行動をとるか全く分からなかった。
もし次に起こす行動が取り返しのつかない事をされてしまっては遅い。
今すぐにでも追撃に行きたいのだが此処を離れる訳にもいかない。
かと言って学生である麻生に危険な所に行かせる訳にもいかない。
どうすればいいか迷っていると麻生は愛穂の頭に手を乗せる。

「大丈夫だ、俺は死なないし怪我もしない。」

麻生の言葉を聞いた愛穂は大きくため息を吐いた。

「どうせウチが止めてと行くのでしょ?」

「よく分かっているな。」

「ガキの頃から見ているんだから分かるじゃん。
 絶対に無事に帰ってきて。」

任せろ、と言って麻生は愛穂の頭から手を放してシェリーを追いかける。
大穴の近くでは未だに上条が縄の代わりを探していた。

「おい、当麻。」

「何だ、今は忙しいから後に・・・「俺の能力で下に下ろしてやる。」・・・・え?」

麻生は大穴の縁に掌を置く。
すると、そこから穴から地面まで石で出来た梯子が下りてくる。

「でも、お前の能力で作った梯子なら俺の右手が触ると壊れるんじゃないのか?」

「お前の幻想殺し(イマジンブレイカー)は異能にだけに反応する。
 だが、俺の能力で作ったこの梯子は異能の力は働いていない。
 元からこの梯子はここにあるものだと星に認識させている。」

「えっと・・・・つまりどういう事ですか?」

「簡単に言えばお前の右手で触れてもこの梯子は壊れない。」

「初めからそう説明すれば良かったんじゃねぇ?」

「・・・・・・」

上条の問いかけに麻生は答えず黙って大穴に飛び込む。
麻生の行動に上条は一瞬、驚いたが麻生の事だから大丈夫だろうと思い、麻生が作った梯子を下りていく。
梯子を下りるとそこには麻生がいて、地面にできた大きな足跡を見つめていた。

「これはあの石像の足跡だろうな。
 二体目を作ったか・・・急ぐぞ。」

麻生はそう言って足跡を頼りに地下鉄を走っていき、上条も麻生に着いて行く。
地下鉄の構内の中央には等間隔で四角いコンクリートの柱があり、上り線と下り線を隔てている。
上条はどこまで走っても一向に変わらない風景に神経をすり減らされていたが、不意にすぐ側の柱が麻生に向かって崩れ始めた。
まるで見えない巨大な手で積み木を崩すような、明らかに不自然な現象だった。

「恭介!?」

上条は麻生の名前を叫ぶが麻生は自分に倒れてくる柱を右手の拳で殴りつける。
すると、麻生の拳に殴られた柱は木端微塵に吹き飛ぶ。

「流石に、簡単には潰れないわね。」

闇の先から声がかかる。
その先には薄汚れたドレスを引きずるようにして、シェリー=クロムウェルが立っていた。
お互いの距離はおよそ一〇メートル強。
その傍には、暴虐の象徴たる、エリスの姿はない。

「エリスなら先に追わせているわよ。
 今頃もう標的の元に辿り着いているかしら。
 それとももう肉塊に変えちまっているかもなぁ。」

「テ、メェ・・・っ!!」

上条は低く腰を落として拳を握る。

「当麻。」

不意に麻生が上条の名前を呼んだ瞬間、麻生は上条の胸ぐらを掴むとそのままシェリーに向かって投げ飛ばす。

「「!?」」

投げられた上条は訳が分からず、シェリーは自分に向かってくる上条を咄嗟にかわしてしまう。
シェリーに避けられてしまいそのまま地面に何度も転がる。
一〇メートル以上も投げ飛ばされれば意識を失う可能性が高いが、そこは麻生の投げ方がうまいのか上条はふらふらと立ち上がる。

「先に行け。」

立ち上がった上条の耳にはそう聞こえた。
その言葉を聞いて上条は麻生が自分を投げ飛ばした意味が分かった。
おそらく、シェリーの目的は時間稼ぎ。
二人で掛かればすぐに倒せるかもしれないが、エリスがインデックスの所に向かっているこの状況では一分一秒も惜しい。
それならエリスに触れるだけで倒せる上条を麻生は先に行かせたのだ。
上条はそのまま振り返りインデックスと、そこへ向かったであろう風斬の元へ急ぐ。

「行かせるか!!」

シェリーは上条の方に振り返ろうとした時、ヒュン、と何かがシェリーの耳元を通り過ぎた。
後ろを見ると立っている柱が横一線に切り裂かれていた。

「お前の相手はこの俺だ。」

シェリーは視線を麻生の方に戻す。

「やっぱりあの魔術はお前の仕業か。
 能力者であるお前がどうして魔術を。」

「説明すると長くなるが簡単に言うと俺はそこいらの能力者とは違うんだよ。
 俺もお前に聞きたい事がある、どうして戦争の火種を欲しがる?
 今はどちら側もバランスがとれている筈だ。」

麻生の問いかけにシェリーは口元に含んだ笑みを浮かべて、彼女は告げる。

「超能力者が魔術を使うと、肉体は破壊されてしまう。
 お前は例外みたいだけど。」

質問と全く違う答えだが、麻生は黙って聞く。

「おかしいとは思わなかったの?
 一体どうしてそんな事が分かっているかって。
 試したんだよ、今からざっと二〇年ぐらい前に。
 イギリス清教と学園都市が、魔術と科学が手を繋ごうって動きがウチの一部署で生まれてな。
 私達はお互いの技術や知識の一つの施設に持ち寄って、能力と魔術を組み合わせた新たな術者を生み出そうとした。
 その結果が・・・・」

その先を言わなくても麻生には予想できた。
能力者が魔術を使えば身体は破裂する。
麻生のような強大な能力の持ち主は本当に稀なのだ。

「今の現状を見る限り、その施設は潰されているみたいだな。」

「その通りよ、お互いの技術や知識が流れるのはそれだけで攻め込まれる口実にもなりかねねえからな。」

シェリーはポツリと呟くように言った。

「エリスは私の友達だった。
 エリスはその時、学園都市の一派に連れてこられた超能力者の一人だった。」

その言葉に麻生は眉をひそめる。
エリスという名前はあのゴーレムにつけられていた名前と同じだ。

「私が教えた術式のせいで、エリスは血まみれになった。
 施設を潰そうとやってきた「騎士」達の手から私を逃がしてくれるために、エリスは棍棒(メイス)で打たれて死んだの。」

暗い地下鉄の構内に、教会のような静寂が張り詰める。
シェリーはゆっくりとした口調で言葉を続ける。

「私達は住み分けするべきなのよ。
 お互いにいがみ合うばかりではなく、時には分かり合おうという想いすら牙を剥く。
 魔術師は魔術師の、科学者は科学者の、それぞれの領分を定めておかなければ何度でも同じ事が繰り返されちまう。」

その為の、戦争。

「要はお前はお互いが一切干渉しないようにするのが目的だろ。
 お互いの完全に接点をなくし対立による激突も、協力しようして生まれる摩擦も防ぐために。」

「何を知った風な口で話してんだ、クソガキ。」

そう言ってシェリーはドレスの袖からオイルパステルを取り出す。
麻生はそれに合わせて拳を作り、構えるがそこである疑問が浮かんだ。
シェリーの言葉が正しければエリスを二体同時に作る事は出来ない。
エリスはシェリーの切り札だ、それを使えないのにどうして此処で待ち伏せなんてした。
どうしてわざわざ麻生の目の前に現れるようなことをした。
それに気づいた麻生は周りを見渡す。
能力を使い暗闇の中でも見えるように目を変えると見渡す限り全てに魔方陣が描かれていた。
地下鉄全体とは言わないが前後一〇〇メートル以上くらいまでは魔方陣が描かれている。

「うふふ、どうやら気がついたみたいね。
 私がどうしてお前の前に姿を現したのかを。」

その言葉と同時にヒュン、と空を引き裂くようにオイルパステルを横に振るうと、魔法陣が反応して淡く輝き始める。

「地は私の味方。
 しからば地に囲われし闇の底は我が領域。」

歌うように、シェリー=クロムウェルは告げる。

「全て崩れろ!
 泥の人形のように!!」

絶叫に呼応するように、周囲はより一層の輝きを増した。
麻生は前後にある魔方陣を一つ一つ素早く観察していく。
そして、絶望的な状況なのに麻生は一向に取り乱そうとしない。
シェリーはその麻生の態度を見て眉をひそめる。

「この短時間でここまでの術式、見事と褒めておこう。」

「今さら命乞いしても遅いからな。」

「命乞い?
 そんな事をする訳がないだろう。」

「なに?」

麻生は左手を垂直に伸ばしながら言う。

「命乞いって言うのは自分が負ける状況の時に使う行動の一つ。
 なら、俺がそんな無様な事をする訳がない。
 なぜなら、俺は負けないからだ。」

麻生の左手の掌に小さな魔方陣が現れた瞬間、地下鉄内に描かれた全ての魔方陣に被さるように別の魔方陣は浮かび上がる。
そして、二つの魔方陣が重なるとバキン!!、と一斉に音を立てて描かれた魔方陣が全て消え去った。
その光景を見たシェリーは絶句する。

「一体・・・・何をした!?」

「簡単な事だ。
 お前が描いた魔方陣に込められた意味、方角、魔力の流れなどそれらの意味を打ち消すように魔方陣を組み立てて、描かれている全部の魔方陣に上書きして相殺しただけだ。」

シェリーは麻生の説明を聞いても信じられなかった。
あれらの魔法陣には別々の意味があり解析、分析、相殺、これらの手順を行うには時間がかかる。
さらに魔方陣の数は一〇〇を超えている。
莫大な数の魔方陣の短時間で見極め、魔方陣を構築して相殺する魔術師などシェリーは聞いた事ない。
ましては麻生は生粋の魔術師ではない、それなのにこんな離れ業をやってのけた。

「くそ、ちくしょう・・・・」

これだけ大掛かりな準備をした攻撃を糸も簡単に相殺され、シェリーは動揺を隠せないまま一歩、二歩、とよろめくように後ろへ下がりながら、忌々しげに呟いた。

「戦争を「火種」を起こさなくっちゃならねえんだよ。
 止めるな!今のこの状況が一番危険なんだって事にどうして気がつかないの!?
 学園都市はどうもガードが緩くなっている、イギリス清教だってあの禁書目録を他所に預けるだなんて甘えを見せている。
 まるでエリスの時の状況と同じなのよ。
 私達の時でさえ、あれだけの悲劇が起きた。
 これが学園都市とイギリス清教全体なんて規模になったら!
 不用意にお互いの領域に踏み込めば、何が起きるかなんて考えるまでもないのに!」

シェリーの叫びを聞いた麻生はため息を吐く。

「お前の考えは理解できる、なんて事は言えない。
 けどな、お前のしている事は間違っていると俺は言える。
 怒るのも哀しむのもお前の勝手だ。
 だが、その自分勝手な感情を周りに八つ当たりのようにぶつけるのは違う。」

エリスが死んでしまったのは、一部の科学者や魔術師が手を取ろうとしたり、それを危険視したイギリス清教の人間のせいだったらしい。
それを知った瞬間、果たしてシェリーは何を考えたのだろうか?
自分の大切な友達を殺した人間に対する復讐か。
それとも、もう二度とこんな悲劇を繰り返さないという誓いか。
麻生の言葉を聞いたシェリーは奥歯を噛みしめる。

「ちくしょう、確かに憎いんだよ!
 エリスを殺した人間なんてみんな死んでしまえば良いと思っているわよ!
 魔術師も科学者もみんな八つ当たりでぶっ殺したくもなるわよ!
 だけどそれだけじゃねえんだよ!
 本当に魔術師と超能力者を争わせたくないとも思ってんのよ!
 頭の中なんて始めっからぐちゃぐちゃなんだよ!」

相反する矛盾した絶叫が暗い構内に響き渡る。
彼女自身もそれに気づいているのか、余計に自信を引き裂くような声で叫ぶ。

「信念なんか一つじゃねえよ!
 いろんな考えが納得できるから苦しんでいるのよ!
 たった一つのルールで生きてんじゃねえよ!
 ぜんまい仕掛けの人形みたいな生き方なんてできないわよ!
 笑いたければ笑い飛ばせ。
 どうせ私の信念なんか星の数ほどあるんだ!
 一つ二つ消えた所で胸も痛まないわよ!!」

シェリーの叫びを聞いた麻生はもう一度ため息を吐いて言った。

「そこまで分かっているのにどうして気がつかない。」

「何ですって?」

「お前の言っている事は滅茶苦茶だし矛盾ばかりしている。
 けど、お前が一番思っている信念は少しも揺らいでいない筈だ。
 星の数ほどあると言ったがお前は最初から一つしかないんだよ。
 お前は大切な友達を失いたくなかった、ただそれだけだろ。」

シェリー=クロムウェルがどれほど、それこそ星の数ほどの信念を持っていても一番最初の根っこの部分は変わらない。
全ての信念は、彼女の友達の一件から始まり、そこから分岐・派生した形にすぎない。
どれだけ信念があろうとも彼女がその友達に対する想いだけは、ずっと変わっていない。

「ここにあの幻想殺し(イマジンブレイカー)がいればあいつはこう言っていた筈だ。
 自分の大切な人を奪うなってな。」

その言葉を聞いたシェリー=クロムウェルの肩がビクリ、と震えた。
彼女は分かっている。
その願いがどれだけ大事な望みであり、それを奪われた時の痛みがどれほどのものかを。
それでも彼女には届かない。
なぜならそれはかつて彼女自身が放った事があった叫びだからだ。

我が身の全ては亡き友のために(Intimus115)!!」

そして彼女は拒絶するように絶叫した。
ビュバン!!と、彼女の手の中にあるオイルパステルが閃く。
シェリーのすぐ横の壁に模様が走った瞬間、それは紙粘土のように崩れ落ちた。
巻き上げられる大量の粉塵があっという間に二人の視界を遮断してしまう。
蠢く霧のような灰色のカーテンが迫り来るが麻生は微動だにせず拳を構える。
その瞬間、オイルパステルの手にシェリーは粉塵を突き破るように飛び掛かってくる。

「死んでしまえ、超能力者!!」

鬼のような罵声を放つ彼女の顔は、しかし泣き出す寸前の子供のようにも見えた。
麻生は拳を握りしめながら言う。

「止めて欲しいんだな。
 振り上げた拳をどこに振えばいいのか分からないんだな。
 それなら俺がその拳を受け止めてやるよ。」

麻生は右手でシェリーの持っているオイルパステルを砕き、左手でシェリーの顔面を殴り飛ばした。
ガンゴン!!、という凄まじい音を立てて彼女の身体は構内の地面に跳ね回った。
柱に寄りかかるようにして倒れているシェリーを麻生は一瞥して来た道を引き返していく。

「私を殺さないのか?」

後ろからシェリーの声が聞こえた。
麻生は振り返らずに答える。

「俺はある人と人を殺すなと約束しているから殺さない。」

「なら、禁書目録の所にも行かないのか?」

「それは当麻が行っているから問題ないだろう。」

「苦戦しているとは考えないのか?」

「そんな事は正直どっちでもいい。
 あいつ自身が守ると誓った幻想くらい、あいつで守ってもらわないとな。」

そう言って麻生は来た道を引き返すのだった。
大穴の真下まで戻り能力を使い地下街まで戻ってきた麻生だが、穴の前には穴に突入する前よりも警備員(アンチスキル)の人数が増えていた。
その先頭には愛穂が立っていて、穴から突然出てきた麻生を見て驚くが麻生だと分かると抱きしめてきた。

「おい、愛穂・・・」

「心配したじゃんよ!!
 怪我とかしてない!?」

「どこも怪我はしてないが・・・・その・・抱きしめるのは時と場合を考えてほしいんだけど・・・」

「え?」

周りを見ると他の警備員(アンチスキル)達が信じられないような表情を浮かべている。
それもその筈、愛穂はあらゆる意味を込めて「勿体無い女性」という評価を受けている。
だが、今の愛穂の行動や表情を見る限りまさに一人の恋する乙女に他の警備員(アンチスキル)達には見えたのだ。
あらゆる意味で衝撃的展開なのだが、麻生だけはその事に気づいていないようだ。

「えっと・・・・これは・・・その・・・・」

「愛穂、何か面倒な事になりそうだから俺は寮に戻る。
 この先にあの女が倒れている筈だから。」

じゃあ、と言って麻生は警備員(アンチスキル)達の壁を突破してさっさと逃げていく。
後ろからは愛穂の声が聞こえたが麻生は無視して寮に戻るのだった。












「これで満足か?」

ドアも窓も廊下も階段もエレベーターも通風孔すら存在しないビルの一室で、土御門元春は空中に浮かぶ映像から目を離して吐き捨てるように呟いた。
巨大なガラスの円筒の中で逆さに浮かぶアレイスターは、うっすらと笑っている。

「あの麻生恭介すらも利用して虚数学区・五行機関を掌握するための鍵の完成に近づいた、という訳だ。
 正直、オレにはお前が化け物に見えるぞ。
 だが、麻生恭介は気づいているみたいだ。
 虚数学区がAIM拡散力場そのものだという事が。」

「確かにそれはイレギュラーだがプランには何も問題はない。
 幻想殺し(イマジンブレイカー)を使い、風斬氷華に自我を植え付ける所まではスムーズに進んでいる。」

幻想殺し(イマジンブレイカー)は虚数学区にとって唯一の脅威だ。
生死を知らないモノに自我が生まれる事はない。
だから、幻想殺し(イマジンブレイカー)という死を教え込めば、心を持たぬ幻想が自我を持つようになる。

「思考能力を与えれば行動も予測できるし、上手く立ち回れば交渉や脅迫なども行える。」

「そこまでして虚数学区を掌握する事に意味があるのか?
 今回はイギリス清教の正規メンバーを警備員(アンチスキル)の手を借りて撃退したのだ。
 世界は緩やかに、確実に狂い始めた。
 (セント)ジョージ大聖堂の面々はこれを黙って見過ごすとは思えない。
 お前はこの街一つで世界中の魔術達に勝てるなどとは思っていないだろうな。」

「魔術師どもなど、あれさえ掌握できれば取るに足らん相手だよ。」

「あれ、だと?」

アレイスターの言葉に土御門は眉をひそめる。
虚数学区・五行機関はAIM拡散力場で出来ているので能力者がいないと周囲に展開できない。
つまりこれは学園都市内に限定される。
そこまで考えて土御門は背筋に嫌な感覚が走り抜けた。

「アレイスター・・・お前はまさか、人工的に天界を作り上げるつもりか!?」

「さてね。」

土御門の問いかけにアレイスターはつまらなさそうに一言だけ答えた。
科学の力だけで作られるということは全く新しい「界」を生み出す事を意味する。
新たな「界」が出現すれば魔術環境は激変する。
魔術師は魔術を使えば身体は爆発し、魔術によって支えられている神殿や聖堂などは柱を失って自ら崩れていくだろう。
今は虚数学区は未完成だが、完成すればあらゆる魔術師は学園都市の中で魔術を使う事が出来なくなる。
これが世界中に広がればどうなるだろうか?
そして、その下準備は既にできていた。
上条と麻生の手によって救われた一万弱もの人工能力者達「妹達(シスターズ)」は、治療目的で世界中に点在する学園都市の協力機関に送られている。
わざわざ「外」で治療する理由はここにあったのだ。
一方通行(アクセラレータ)を使ったあの馬鹿げた「実験」の真意は絶対能力進化(レベル6シフト)計画などではなく、上手く「妹達(シスターズ)」を全世界に蔓延する為のものだった。

「これがイギリス清教に知られれば即座に開戦だな。」

「馬鹿馬鹿しい妄想を膨らませるな。
 私は別に教会世界を敵に回すつもりは毛頭ない。
 なにより人工天界を作るには、オリジナルの天界を知らねばならない。
 それはオカルトの領分、科学にいる私には専門外だ。」

「ぬかせ、お前以上に詳しい人間がこの星にいるか、そうだろう。
 魔術師、アレイスター=クロウリー。」

彼は世界で最も優秀な魔術師であり、世界で最も魔術を侮辱した魔術師でもある。
彼は極めた魔術を全て捨てて、一から科学を極めようとした。
これこそが魔術に対する世界最大の侮蔑だ。
故に、アレイスターは全世界の魔術師を敵に回してしまう。

「丸っきり負け惜しみになるが、お前に一つだけ忠告してやる。」

「ふむ、聞こうか。」

「オレにはお前が考えている事など分からないし、説明を受けても理解はできないだろう。
 だが、あの幻想殺しを利用するというのなら覚悟しろ。
 そして、麻生恭介。
 あいつはお前が思っている以上に特殊な存在で、甘く見ているとお前の世界を破壊するかもしれんぞ。」

彼がそう告げるとタイミングよく空間移動能力者が部屋に入ってきて、土御門は部屋から出て行く。
そして、土御門と入れ替わるように何もない所からブクブクと泡が噴き出してくる。
それはどんどん増えていくとやがて人の形へと形成していき、最後には全身を真っ赤なローブを着こんだ人の姿へと変わる。
身長はおよそ一六五センチくらいの小柄な体型だ。

「ごぎげんよう、アレイスター殿。」

その者はペコリ、と頭を下げてアレイスターの名前を呼ぶ。

「君達か、何か用かね?」

アレイスターは特に驚く事無く、突然やってきた来客に返事を返す。
その口ぶりからすると何回は会っているかのようだ。

「いいえ、あの星の守護者の様子を見に来たついでにご挨拶をと思いまして。」

「余計な気を遣わなくても構わない。」

「いいえ、教皇様から貴方様には一度は挨拶をするようにと言われております故に。」

「そちらがそう言うつもりなら好きにしてくれて構わない。
 こちらもこちらで君達には感謝している。
 何せ、麻生恭介の情報を教えてくれたのだからな。」

その言葉を聞いて赤い服を着込んだ者はうっすらと笑みを浮かべる。

「君達が教えてくれなければ彼の扱いに未だに困っていたかも知れない。
 本当に感謝しているよ。」

「喜んでいただいて何よりです。
 それではまたお会いしましょう。」

そう言ってバン!!と音を立ててその者の身体が弾け飛んだ。
アレイスターはその者がいた所を黙って見つめている。

「ダゴン秘密教団・・・か。
 使える者は利用させてもらおう。」










とあるフランスの街中。
ごった返す人混みの中に二人の女性が並んで歩いていた。
一人は眼鏡をかけた女性で身長は一六五センチ程度、黒のショートヘヤーの女性。
もう一人は隣の女性より頭一つ分身長が低く、髪はピンクで肩まで髪が伸びているストレートヘヤー。

「それでアレイスターは何て言ってたの?」

ピンクの髪の女性が両手を後頭部に当てながら話す。

「特に何も、ただ挨拶に向かっただけなのでそれらしい会話はしていません。
 それより、星の守護者の監視はどうですか?」

「順調だよ、今は私の分身が見張っているんだけど・・・・・」

そこまでピンク髪の女性は言葉を詰まらせる。

「どうかしましたか?」

「んとね、星の守護者が喋る猫と話していたの。
 そしたら、その猫は私の存在に気づいてたのか知らないけどこっちに向いてきたの。
 慌ててその場を離れたけどね。」

メガネをかけた女性は右手でメガネを位置を整えてその猫について考える。

「ふむ、それは教皇様も知らない事の可能性がありますね。
 今から連絡を取ります。
 貴女は念には念を押して分身を解除してください。」

「りょ~か~い。」

「一度、本部に戻り情報を整理しますよ。」

その言って次の瞬間にはその二人の女性の姿はどこにも見当たらなかった。 
 

 
後書き
少しだけ皆様に報告します。
原作のとある魔術の禁書目録にSSの本があります。
それらを含めたストーリーを考えていますが、時系列がかなり違います。
答えを得た麻生恭介の方が私的にも物語的にも非常に都合がいいので、SSの話を書くときは時系列がものすごくずれます。
ご了承ください。

感想や意見、主人公の技の募集や敵の技の募集など随時募集しています。 
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