ソロモン会戦記
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宇宙の蜉蝣
前書き
皆大好きシーマ様!!
妖艶と呼ぶに相応しいその美貌、均整のとれたプロポーション、素早い身のこなしと併せて、見る人に雌豹の如く印象を与える。
それが突撃機動軍海兵隊司令代理シーマ・ガラハウ少佐を、一目見た際に感じる印象である。
幾多の死線を潜り抜けてたその毅然とした姿は、常に恐れる事を知らず、部下からは絶対の忠誠と信頼を抱かれている。女傑と呼ぶに相応しいシーマをもってしても、此の二日程の事態は戸惑う事ばかりだ。
ア・バオア・クー宙域を航行中に、数隻のムサイが接近して来たかと思うと、本国迄の先導を依頼されたのだ。
他国者でも無いのに何を先導する必要が有る。そう思い断ろうとしたシーマが、通信スクリーンの中に見たのは宇宙攻撃軍司令ドズル・ザビその人であった。
管轄の違う突撃機動軍所属とは言え、将官であり、国家の重鎮でもあるドズルからの依頼を断る事は、少佐でしかないシーマには難しい事だった。
結局、上級司令部へ確認をとる暇も無く、流れの儘に本国への水先案内人を勤める事になってしまったのだ。
自ら先導を望んだにも関わらず、ドズルの艦隊は、シーマ達海兵の遙か後方の通信を取る事すら難しい。
まるで自分達を監視してる様だ。そんな気持ちを抱きながら此まで二日の航海を続けている状況である。
本国サイド3宙域に入ってすぐの事だった。
「前方よりザンジバル級一隻当艦に接近中。親衛隊の連中と思われます。」
副長を勤めるデトローフ・コッセル大尉が、その張りの有る声をあげる。見た目は軍人と言うよりマフィアの幹部とも言うべき彼だが、その報告は常に簡潔、正確な物でありシーマの信頼は篤い。
「艦種判明。親衛隊のバルバロッサです。」
「バルバロッサより入電。停船せよ然らざれば攻撃す、繰り返す、停船せよ然らざれば攻撃す。」
航海士と通信士の報告に艦橋の全乗組員が気色ばんだ。停船せよ然らざれば攻撃す。古くからの慣習に基づいた、停船指示の常套句ではあるが、敵対国ないし中立国艦船へ送るべき通信文であり、間違っても友軍に送るべき物では無い。
「シーマ様。親衛隊の連中俺らが海兵だからって馬鹿にしてますぜ。このまま言わせておいて良いんですかい?」
コッセルの言葉に数秒シーマは逡巡する。いかな海兵と言えど本国に近いこの宙域での問題はまずい。
だがこうも思う。所詮嫌われ者の海兵である。今更問題行動の一つや二つ増えた所で関係あるまい。
頬に打ち付けていた指揮棒代わりの扇子の動きを止め、シーマは立ち上がる。全員の視線が集中する中、凛とした声を張り上げた。
「バルバロッサに対し主砲一斉射。後続の各艦は本艦斉射後、目標座標を3度ずらし砲撃。海兵の力を本国のお人形さんに見せてやりな!」
歓声に包まれる艦橋。コッセルが命令を復唱し後続の4隻にも通信が送られる。
「いいかい、間違っても当てるんじゃないよ。ビビって貰えれば充分だ。」
「うちの砲撃手は優秀だから心配には及びませんぜ。しかしシーマ様、本当に宜しいので?」
「心配する事はない、責任は私が取る。お人形さんにバカにされて黙ってられる程このシーマ・ガラハウ、人間出来て無いよ。」
不適に笑うシーマを見てコッセルは頷く。
「それに今回は後ろにお偉いさんが付いて来てるからねぇ。ザビ家の看板を利用させて貰うよ。」
立ち上がり腕を前に突き出すと同時にリリーマルレーンの主砲は発射された。虚空を貫きバルバッロサの右脇を掠めると同時に、後続の四艦から発射されたエネルギーの粒子が左脇を掠める。
初弾からの挟差。容易に出来ない技術である。ジオン海兵隊、その評判にそぐわない屈強な兵の集まりである。
さすがに応射は無かった。有ったのはヒステリックな通信である。
「貴様ら何をしている!こっちは味方だぞ。」
通信スクリーンに写った神経質そうな顔の士官が金切り声を上げる。シーマは内心の愉快な気持ちを表には出さず、澄ました顔を作り返答した。
「味方だったかい。それは失礼した。停船せねば砲撃すると言われた物でねぇ……敵だと誤認したよ。」
「こんな所に敵なんかいるか!貴官らは我ら親衛隊を舐めているのか!」
「変な事を言うねぇ。敵がいない宙域なら停船信号など必要無いのでは? こちらは常に臨戦態勢故、悠長な事はしてられないんだよ。」
的を得たシーマの言葉に通信スクリーンの相手が黙る。苦虫を踏みつぶしたその顔は、シーマを睨んだかと思うと姿を消した。その様子を相手側に見えない所に陣取っているコッセルを始め、艦橋にいる全員が、口元に笑いを浮かべながら成り行きを見守っている。
通信スクリーンは一瞬ノイズが走り、ブロンドの髪を持つ若い女性士官が写し出された。総帥府直属を示す赤い軍服にはシーマと同じ少佐の階級章が見える。
「本艦の艦長を勤める総帥府のクワサン・オリビーである。今回の件はどうした事か?」
「はっ、突然臨検指示を受けましたので、敵だと判断し攻撃を致しました。」
同じ少佐とは言え、総帥府直属士官は2階級上の扱いを受ける為、シーマは先ほどと違い敬語を以て答える。
「此処は本国である。敵から攻撃をうける筈など有るまい。」
先程と同じ問答の繰り返しである。辟易としながらも憮然とした表情でシーマは続ける。
「ソロモン迄敵が迫ってる以上は、本国といえど安穏とした状況では無いと判断致しました。」
「そんな訳は無かろう。この宙域の守りは完璧である。」
「前線勤務ばかりで多忙故、本国の情報迄は分かりかねます。クワサン殿は、我ら海兵が故意に撃ったとおっしゃる訳か??」
「違うとでも?」
「ならば、作戦行動中の我ら海兵の行動を妨害した理由をクワサン殿にご教示願いたい。」
ー小煩さい小便ガキだねぇ。総帥の肉便器如きが調子に乗るんじゃないよー
内心の苛立ちは隠し軍人らしい態度でシーマは返答を続ける。
「サイド3宙域に近づく艦船は、事前に総帥府への連絡義務がある。その連絡が無い故職務に従ったに過ぎない。」
「ほう……戦時とは言え総帥府も落ちましたな。」
シーマの発言にクワサンの眉がつり上がる。
「無礼であろうシーマ少佐! 総帥府を侮辱する事はギレン総帥を侮辱する事であるぞ! そこを動くな! 私自ら貴様を修正してくれる。」
怒声がスクリーン越しにリリマルレーンの、ブリッジに響きわたる。萎縮する物はいない。自らの力に因らない権威など、シーマ達が最も唾棄すべき物だ。
「小便臭い小娘がこのシーマ様にお説教かい? いいよ。逃げはしないからかかって来な!」
相手の発した怒声とは違い、落ち着いた声色であるが、その凄みは相手を萎縮させるのに充分過ぎた。シーマは更に言葉を続ける。
「本国でのうのうと暮らしてるだけの奴らに舐められる程、このシーマ・ガラハウ落ちてないよ。海兵の戦い方をあんたに教えて上げるよ。」
コッセルと目が合う。無言でシーマは頷く。
間髪入れず発射されたメガ粒子砲は、制止状態のバルバッロサの左翼を掠めた。直撃こそしなかったが至近距離である。外部にむき出しになっていた対空砲の何基かは、熱と衝撃で使用不能になっているだろう。
「今のはお情けだよ。そこをどきな、我ら海兵は現在ドズル閣下の指揮の下行動中である。」
ドズルと言う単語にクワサンは眉を潜めた。
「ドズル閣下だと?」
「知らなかったのかい? 報告はきちんと行ってる筈だよ。臨検とかやってる暇あるんだったら、報告位は確認して貰いたいね。あんたらどんだけ平和ボケしてるんだい。」
露骨に焦り顔は浮かべなかった物のクワサンは、一旦通信を打ち切る。待ってる間のリリマルレーンには、呆れとも諦めともつかない空気が流れる。この戦時にこの体たらく! 誰もが言葉を発しない物の考えてる事は同じである。
本国のこんな奴らの為に私は前線で戦ってるのか……
シーマの心に絶望と不信が広がる。開戦のあの日、サイド2に毒ガスを注入して以来、拭う事の出来ない絶望と不信。深い闇に捕らわれた心。考えまいとしても、本国の堕落した様を見せつけられたその心は、より一層深い闇が覆う。
もうどうだっていいさ。ジオンが勝とうが負けようが、私は私で好きにやらせて貰うさ。私に付いてきてくれる馬鹿共も食わせないとダメだしね。
リリマルレーンの艦橋を見渡す。そのどれもが軍人とは呼べない様な者達ばかりだ。開戦前は実際に刑務所に入ってた者だっている。規律に縛られない自由な集団。そう呼べば聞こえは良いが、実際はならず者の集まりである。
だが彼らは間違いなく家族以上の存在だ。開戦以来常に最前線で苦労以上の苦労を共にしてきたその絆は何よりも深く、その血は実の家族よりも濃い。
多くが傷つき、多くが倒れ、幾多の仲間を失った。それでも自分を慕い笑顔で戦ってくれる。
なればこそとシーマは思う。戦争の行方は別にしても彼らを楽させてやりたいと。
「シーマ様。ドズル様からの通信です。」
述懐は通信士からの報告で止まった。ようやくミノフスキー粒子の濃度が、遙か後方を行くドズルとの通信が出来る迄に薄くなったのだ。
「よし回せ。」
シートに身を沈め襟を正す。後方から騒ぎが見えてたかは分からないが、バルバロッサの通信が打ち切られてから10分だ。おそらく既にドズルの元へ報告は届いてるだろう、シーマは叱責を覚悟した。
「やってくれたなシーマ少佐。」
シーマは戸惑う。その言葉とは裏腹に、ドズルの顔が嬉しそうに笑って見えるのだ。
「申し訳ありません。どの様な罰でもお受けします。」
親衛隊所属の艦船を挑発した挙げ句、攻撃を加えてしまったのだ。臨検に対処したと言い訳の出来る一回めはまだしも、二回目に関しては、いかにドズルの名を出そうとも何らかの処罰は免れまい。
だが、それならそれで軍を抜けるだけさ
シーマはそう思う。軍に絶望してる彼女にとってはその方が都合が良いのかも知れない。この場で撃ち合いになろうとも数は海兵隊の方が多いので脱出は容易である。
「責めてはおらん。シーマ少佐。貴官は親衛隊のバルバロッサと合同訓練を行った。そうであろう??」
「……閣下?」
「そういう報告しか俺は聞いておらん。実はな少佐、俺も総帥府の連中はどうにも好かん。」
そう言い笑みを浮かべる。獰猛な獣の様な印象の強いドズルであるが、その笑顔は意外と幼くあどけなく見える。
餓鬼大勝が悪戯をして見つかった時の様な笑顔。そんな印象をシーマは受けた。
国家の重鎮としてのドズルは厳しい軍人かも知れないが、本質的には海兵の男達に近いのかも知れない。そう思うと不思議とシーマも笑みがこぼれる。
「これは驚いた。海兵のシーマ・ガラハウもそんな笑みを浮かべるのだな。これは良いものを見た。」
ドズルの言葉に艦橋が沸いた。シーマは柄にもなく赤面してしまうが、皆がこうやって笑うのは久しく無かった気がする。
「ドズル閣下ダメですぜ。うちのシーマ様、こういうのには弱いんですから。それに閣下にはゼナ様がいらっしゃるじゃないですか。」
コッセルの言葉に再び歓声が沸く。さすがにまずいとシーマは思ったがドズルも別段怒る訳でも無く豪快な笑いを浮かべている。
これがドズル・ザビと言う人か……
シーマは感嘆する。威厳に溢れながらも偉ぶる所が全くない。僅か数分の間に権威と言う物に、反射的反骨心を抱いている海兵達の心も捉えてしまった。
アサクラでは無くドズル閣下の元で戦っていたのなら……
名目上の海兵司令アサクラ大佐の、小太りした姿を思い出し鬱然としたシーマにドズルは彼女の運命を決定付ける一言を放った。
「良い男達だな。どうだ少佐、物は相談だがソロモンへ来ぬか?」
「……は?」
「間違いなく激戦になるし死ぬかもしれないが、俺はここにいる皆で戦い、生き抜き、そして笑い合いたい。」
想像だにしない言葉に虚を付かれ、思わず愚鈍な返事をしてしまう。だがその中で彼女は確かに感じていた。
絶望と不信しかない中に差し込む一条の光を、その光に導かれるままに戦ってみるのも悪くない気がする。
高貴な獣の意を受け、蛹より蜻蛉は生まれる。
シーマ・ガラハウ。
蜻蛉がソロモンの海を舞う日も近い。
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