ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
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After days
spring
Happy Valentine
前書き
レイ「何が『Happy Valentine』だ。そんな行事はもう過ぎ去った」
ULLR「それを言わんといて……」
―――2月14日。ローマ時代のキリスト教殉教者聖ウァレンチヌスの祝日。
この日には友人や恋人の間でカードを交換したり、贈り物をする習慣がある。これは古代ローマの豊穣祈願祭ルペルカリアの名残と言われている。
日本では1958年頃に某お菓子メーカーの商業戦略の一貫として女性から男性にチョコレートを贈る習慣、ということで紹介された。
それから半世紀と17年。今現在もお菓子メーカーの陰謀は根強く暗躍している―――。
「―――という訳なんですが、本当にやるんですか?」
「……ロマンチック要素皆無になっちゃったんだけど……」
2025年2月13日の昼下がり。所沢の某病院の個室。
水城沙良は結城明日奈のお見舞い――もとい、お手伝いに来ていた。
螢の紹介で明日奈に会ったときはその何とも言えぬ美しさに思わず息が止まったが、何度か通う内に気心が知れ、このような冗談も言えるようになった次第である。
「まぁ、先生にはリハビリの一貫として認めて貰いましたし、器具や材料もここまで用意してしまいましたから、やりましょうか」
「う、うん」
明日奈がこの世界に帰還してから数週間が経ったが、まだ身体能力は全快とは程遠い。
それでも愛する人のためにこの商業戦略に嵌まってやろうという気概に沙良は脱帽していた。
2日前に明日奈の元へ訪れた沙良がふと洩らしたこのバレンタインデーの話題。料理が得意という明日奈がせっかく出来た恋人に贈り物をしたいという願いを沙良が医師に掛け合って半ば無理やり認めさせたのである。
条件として、器材は持ち込んでいいから病室から出ないことを約束させられたが、そこは『策士・紅き死神』の妹。
『持ち込んでいい量の制限は無かった』という理由で、広い病室にぎっしりと一流ホテル並みの器材が運び込まれていた。
(念のため再確認しておくが、水城家(現時点で)次女である彼女は世間一般には『お嬢様』と言われておかしくないレベルの金持ちである)
「さ、まずはこのカカオの実を―――」
「そこからなの!?」
波瀾万丈のお料理タイムが幕を明けた―――
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Side螢
「ぐああああ!!だめだ。苦すぎる!!」
「うるせえよ。黙って調節しろ。――って本当に苦いな!!もう甘さオンリーでいいだろ!!」
「も、もう一回……」
所変わって川越の桐ヶ谷家。
正確にはそこからダイブした、VRクッキングソフト内部。
床で悶絶しながら転げ回っているのは和人。気持ち悪そうにしゃがみこんでいるのは螢だ。
SAO料理スキル皆無な俺達が何を好んでわざわざこの空間にいるのかというと、
「いや……甘さオンリーはやばい。甘過ぎて味覚が大変なことになる……。そうだ、辛くしてみようか、ユイは辛いの好きだろ?」
「お前は辛いチョコが食いたいのか?娘を大事にしろよ……」
そう、和人と明日奈の娘で俺の妹であるAI、ユイにチョコレートを食べさせてあげようと、むさい野郎2人であれこれ挑戦しているのだ。
余談だが、VRクッキングソフトにも各社ごとに様々な種類がある。簡単なパンを作れるだけのものから各地の郷土料理を作れるもの、はたまた高級レストラン監修の3つ星料理まで。
無論、ソフトはお値段、難易度共に相当に高いが練習次第で自分で美味しいものをただで食べられる(という感じがする)こともあってそれなりに売れているジャンルだ。
しかし、今使っているのは何を隠そう、その3つ星が作れるソフトなのである。数多あるソフトの中でも登録されている材料、料理、器具から何から何まで最多最高。何より美味い。
(念のため再確認しておくが、水城家(現時点で)次男である彼は世間一般には『若様』と言われておかしくないレベルの金持ちである)。
「あれこれ言ってても仕方ない。こうなったら意地でも絶妙なチョコを作ってやる!」
「その意気だ」
ひとしきりふざけて気が紛れたのか、やる気を再燃させると再度、調理台と格闘しはじめる和人であった。
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同時刻、水城家
本来ならば一家の台所を預かる女である水城雪螺が水城家の台所(調理場)に立つ機会は皆無だ。
無論、炊事洗濯が出来ないわけではない。嫁入り修行の成果でそれらは人並みには出来る。
だが、言わずと知れた金持ち、水城家には使用人がそれなりに居る。故に、普段彼女が台所に立つことはない、のだが……
――ボンッ!!
「ふむ……やはり馴れないことをするものでないな」
目の前にある黒い消し炭を鍋からゴリゴリ削り取り、生ゴミとして捨てる。
「しかし、文献(雑誌)で読んだだけではいまいち解りづらいな……」
背後にあるイスに腰掛け、置いてある文献(雑誌)を手に取り、眉間に皺を寄せながら再読する。
この家には昼御飯という概念はない。各自が自由に食べたければ食べるのだ。だから、調理場には使用人の影はない。居るのは雪螺1人だ。
「……何をしておるのだ」
「おや、お義父さん。ご飯ですか?」
「まあ、の。食欲は無いので茶漬けでも、と思ったのでな」
「そうですか。子供達にチョコレートでも、と思ったのですが、何分作ったことが無いので苦戦している所ですよ」
「ほう?」
興味を持ったのか手早く用意した茶漬けを食べながらいくつかある雑誌の1つに目を通す冬馬。
「む……ワシにはカカオバターだのレシチンだの妙な横文字の意味がわからんのだが……」
「カカオバターはココアを製造する際に出るもので、レシチンはリン脂質――乳化剤の一種ですね……人間も脳・神経・血球・肝臓などに多く保有してますよ」
「……そうゆうことを訊いているのではないがな……」
冬馬が苦笑し、雪螺がばつ悪気に雑誌を閉じる。
そんなこともあり、数週間で彼らの間の溝は埋まりつつあった。
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Side沙良
翌日。
病室にお見舞いに来た和人に明日奈は恥ずかしそうにチョコを渡していた。
「……キ、キリト君。これ……」
「お、おう。……ありがとう」
2人の顔は真っ赤だ。武士の情けとして突っ込みは無しに、兄に倣って病室の外へ出る。
兄は壁に寄り掛かり、穏やかな顔で笑っていた。
「お兄様、どうぞ」
「お、ありがとう」
準備していたチョコを兄に渡す。実を言うと、少しばかり緊張はしていたのだが、兄は素面で受け取る。
少しも動揺をしていない兄を見ると悔しさが込み上げるが、それは不快な気持ちではなかった。
「久しぶりだな。沙良の作ってくれたものを食べるのは」
「毎年、連兄様にはあげてましたよ。お兄様が受け取って下さらなかったのです!」
「わ、悪かった……」
機嫌悪くなったように見せ掛けた態度を取って螢を困らせる。
オロオロする兄を内心では面白がりながら冷たく当たる彼女はとんでもない悪女だった。
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Side蓮
「……………」
「さ、遠慮せずに食べるがいい。自信作だ」
これで自信作なのか!?と疑いたくなるようなモノがそこに鎮座していた。
まず、チョコレートにローソクは絶対に立っていない。
ていうかそのローソクは仏式の葬式に使うものだ。家は神道の筈なのに、何故あるか。
「蓮、せっかく雪螺さんが作ってくれたのだ。食べなさい」
それにあんたらいつの間に仲良くなってんだ。この間まで殺気の応酬だったのに!!
祖父まで急かし始めたので、俺は仕方なく、それを口に運んだ。
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Side螢
病院を早々に自去し、俺は昨日、和人と完成させた『チョコレート』の入ったメモリーを持って別のとある病院にやって来た。
『横浜港北総合病院』
「……………」
その病院の門で立ち止まると、表情をガラリと変える。
それはまるで、SAOのフロアボスと戦う時の真剣な表情だった。
下唇をギュッと噛んで一歩前へ進む。重く鈍い足を少しずつ進めていき、自動ドアを開け、受付に名を告げる。
年輩の知り合いの看護師は、ハッと俺を見上げると表情を和らげる。
「すぐにお呼びしますね」
そう言うと、傍らの院内電話を手に取る。
5分ほどしてその人物はやって来た。
「こんにちは。倉橋先生」
「やあ、2年ぶりかな?螢君」
俺は座っていたソファーから立ち上がると深々と頭を下げた。
彼は奥の小さな喫茶スペースを指差すと、そこへ歩き始める。
向かい合って座ると、俺はいきなり本題に入った。
「これ、VRクッキングソフトで作ったんですけど、いつも通りに木綿季に渡して下さい」
俺は用意していたメモリーを倉橋先生に渡した。
「あ、もしかしてチョコレートかい?」
「まあ……そうです」
何がおかしいのか倉橋はにっこり笑うと「確かに」と言ってそれをしまった。
だが、再びこちらを向いたときには、寂しそうな顔をしていた。
「螢君、君達の関係の概要はなぞりだけは僕も知っている。君の立場も分かった上で言わせてもらうけど……やっぱり僕は……」
「……信じられませんか?」
治療法が確立されていない免疫不全症、AIDS。それが俺の大切な人――木綿季の病気だ。
倉橋が言わんとしてることを悟った俺は少し声を低める。
「心配要りません。俺が会いに行くまで木綿季は死にませんから」
「そんなのは分からない。現に、藍子さんは死んでしまいました」
――ガタンッ!!
冷淡な口調で淡々と語る倉橋の襟を掴み上げ、怒りの目で睨み付ける。
「あんたは――医者だろ!!可能性があるなら――0%じゃないなら、諦めない。そうゆう存在だろ!!治って欲しくないのかよ!?木綿季は、あんたを信頼してるんだ。間違ってもそんな顔をあいつの前で晒すんじゃねえ!!」
いつもそうだ。この医者を前に木綿季の話をするとき、俺は冷静になれない。
「……違う。君の事を思ってのことだ。君はまだ若い。木綿季君を盲執すれば絶望する。その警告だよ」
握りしめていた襟を放すと、一言謝って座り直す。
「分かっています。……ただ、俺は諦めない。目処は付いてるんです。後日、母が伺いますのでそれが解るでしょう」
「そう、か」
倉橋は俺の義母が『神医』だと言うことを知っている。
数多の難病を治療してきたその『神医』の名を知ってもなお、信じがたい。AIDSとは、それほど難しい病気なのだ。
「では……失礼します」
だが、俺は彼女が生きている限り、立ち止まることは無いだろう。
彼女が助かった時、それが俺のたどり着かなければならない場所だ。
俺は答えを聞かずに体の向きを変えると、その場を去った。
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Side???
小綺麗な教室。その場にいる人は皆静かで、お行儀がいい。
「……………」
窓の外の景色を眺める。
車の騒音1つしない。聞こえるのは木々が擦れる音、小鳥の囀りだけ。
だが、それらもまた幻だ。
ここは《ヴァーチャル・スクール》。様々な病気の子供達が通い、勉強する数ある医療ネットワークの1つだ。
こんな時、思い出すのは1人の少年。年の差を考えると、もう16歳だろうか。
姉を交えて無邪気に遊んでいたあの頃。――もはや戻ることの出来ない時間。
「……螢」
彼は元気だろうか。もう4年近く会っていない……。
『だったら、俺が2人を助ける』
『え……?』
『だから、待ってろ。俺が行くまで死ぬな。死んだら怒るからな!!』
『……はぁ、無茶苦茶言ってるよ、螢』
その約束は半ば叶えられなかった。姉は逝ってしまった。
だが、『レイ』を名乗る人物から常に最新のAIDS治療技術が提供されているのは知っている。
『レイ』とは何者なのか。それは彼女が最も知りたいことの1つだ。
「木綿季君、ちょっといいかな?」
急に声を掛けられてビクッ、と振り向くと主治医である倉橋が廊下のドアから手招きをしていた。
「先生?どうしたの?」
小走りに近づいて行くと、倉橋はにっこり笑ってお洒落な袋を差し出した。
「『レイ』さんからのバレンタインプレゼントだ。『皆で食べなさい』って」
「わぁ……!」
袋を受け取ると、中を覗き込む。すると、袋の一番上に『木綿季へ』という包みがある。
それ以外の包みには何もなかったので、適当にクラスメイトに配る。
教室の隅でそれを開けると、ポン、と音を立てて1枚の紙が出てきた。
『Happy Valentine木綿季!あきらめないで。あと少し、待ってて』
――――希望の光が君に届きますように。
後書き
ULLR「うん。俺的には満足。後悔はない!」
レイ「……良かったな」
ULLR「どうした。暗いぞ」
レイ「……何でもねぇよ」
ULLR「心配するな。ちゃんと(木綿季出てきたら)イチャラブさせてやるから♪」
レイ「な………そ、そんなこと嬉くも何ともない!」
では、本日はこの辺で。
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