トリコ~食に魅了された蒼い閃光~
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第十話 依頼内容
うわぁ生ヨハネスさんだよ。すげぇ。すげぇ地味だ。だがそれが良い。
さりげなく登場回数も脇役にしては多かった人で割りと好きなキャラだ。
IGO開発局食品開発部長ヨハネス。
一見そこらのモブと見分けがつきにくい外見をしているが車を運転するときは常に両手を揃えて前かがみになるという愛すべき人でもある。
まぁしまぶー世界のモブはモブで独特なキャラ多いけど。
「取り敢えずここにいらっしゃる美食屋の皆さんは今回の依頼について聞きに来てくださった方々だと思います」
ヨハネスさんは周囲を隈無く見渡しながら丁度皆に聞こえる程度の絶妙な声量で話す。
そう、マスター含めここにいる全員が今回の依頼内容について一切知らずにいる。
普通ならば依頼内容を事前にマスターに話し、それを美食屋達が聞いて参加を表明する仕組みになっているらしい。
俺はヘビーロッジでは初めての依頼なのでそういう知識はなかったが事前にトムさんから教えてもらっていた。
何故今までの形式で依頼を通さなかったかというと、どうやらIGOが無理を言ってこのような形になったとのこと。ただマスターにのみ内容を告げて依頼主もしくは代理がこの場に来てから依頼内容を話すことは希にあるらしい。
今回の依頼は新人の美食屋限定で募集をしている。
この新人限定というのは実のところ何歳未満といった制限がない。
つまり三十代後半のおっさんでもそいつが去年から美食屋になったと言い張れば依頼を受けることが出来るシステムになってしまう。美食屋は別にライセンスとか無いしな。
ならば何故こんな曖昧な条件を出したのかとトムに聞いた所、名のある美食屋を参加させたくはないのではないかと言っていた。
限りなく真実に近い噂だがIGOがヘビーロッジに依頼をするときは野の中から有望な美食屋を発見するためではないかとの説が濃厚らしい。
事実去年にIGOがヘビーロッジに出した依頼で参加していた美食屋が専属として雇ってもらった実例がある。
美食屋にとってIGOの専属とは一種のステータスにもなる。
何よりサポートが充実している。何せ食の政府機関だ。情報や移動手段も高品質で医療のバックアップも素晴らしい。
美食屋の殆どは危険指定区域での活動が主となる。
しかし危険指定区域は保険適用外に指定されている区域なため怪我をすれば大金が飛んでいくことになる。勿論美食屋限定保険もあるにはあるらしいのだが通常のそれより遥かにお金が掛かる。
つまりIGO専属の美食屋になればフリーやそこらの中小企業の専属よりは安心して仕事が出来るということだ。
ゆえに内容が聞かされていないにも関わらずこれだけの美食屋が集まったということだ。
今回の依頼資料を配ってる間、それでも疑問に思ったことをマスターに聞いてみる。
「なぁマスター。何で態々こんな形式になったわけ? 確かIGO側が無理を言ってこの形式にしたんでしょ」
「ん……まぁお前さんなら話しても良いか。簡単に言うと名のある美食屋や裏で活躍してる美食屋達がいないかどうかの確認だな。俺だけでも良いがIGO側と協力して顔を見て判断したほうがより正確だろ」
「そんなに名の通ってる美食屋に参加して欲しくないって珍しいな……やっぱり有望新人発掘のためか」
「まぁそのへんの具体的なことは俺からは言えねぇな。そういう約束だ」
「そう言ってる時点で認めているようなもんだと思うけど」
「……細けぇことは気にすんな」
「そう思うんだったら、せめてその冷や汗を何とかしてくれ」
苦し紛れにビールを呷りながらそっぽ向いてるが誤魔化し方が下手すぎるだろ。ビックリだぜ。俺もすでに何杯目かも分からないビールを飲み喉を潤す。
「まぁ納得は出来たかな。名のある美食屋が参加しちゃあ将来有望な奴が目立たなくなっちまうもんな。多分IGO所属以外で名の通ってる美食屋はすでに他で専属になってるか断られたかしたんだろう。だからこそ二十歳未満とかではなく、まだ見ぬ実力者を集わせるためにこういう条件にしたってことかな……この答えで合ってる?ヨハネスさん」
いつの間にか俺の背後に資料片手に佇んでいたヨハネスさんに視線をグラスから逸らさずに質問した。がしかし中々返答が返ってこないので不審に思い振り返るとそこには。
「ヒュ~ヒュ~ピュ~」
両手を腰の後ろで組みながら口笛と吹いて必死に誤魔化そうとしている開発部長がそこにはいた。
「誤魔化し方、下手くそすぎるだろっ! しかもちゃんと口笛吹けてないし!」
サングラス越しからでも分かるほど目が右往左往している。しかも最後だけ口笛が吹けていたところも少し腹が立つ。俺が言うのも難だけど、アホすぎるっ!
「ま、まぁそんなことよりも皆さんに資料が回ったと思いますので簡単な説明をさせていただきます。詳しくはその資料に記載されているのでそちらをお読みください」
スルーかよ。いやまぁ答えられないことだとは思うけどもう少しマシな返答を期待していたのだが。俺は呆れつつも資料片手にヨハネスさんに目を向ける。
この酒場にいる殆どの人間が今彼に注目している。
仕切り直そうとしたのか、格好良くサングラスを中指で上げて整えている。
その姿は様にはなっているのだがさっき口笛を聴いた俺には無理があった。
「今回皆様に依頼したい仕事は討伐となります。生死は問いません。しかし討伐した証として体の一部を持って帰ってきていただきます。それもこの部位ならば絶対に生きてはいけないと思わせるほどの物です」
「ヨハネスさんよぉー。もういいだろう。早く今回の獲物の名前を教えてくれよ」
「おいブルボ黙って聞いてろ」
「ってか先のこと知りたいんだったら資料読めばいいじゃねぇーか」
「うるせぇ。文字読むの好きじゃねぇんだ」
少し俺から離れた丸テーブルにいる男がヨハネスさんの説明を急がせたが周囲にいた美食屋仲間達に諭されている。何というか見た目ゾンゲ様のような野性味溢れる男だ。……どっかで見たことあるんだよなぁ。あの人。
オホンとわざとらしい咳一つ吐いて騒がしくなった場を沈めるヨハネス。
IGOの人に悪印象を持たれるのを避けるためか一斉に皆静かになる。良い歳したおっさん達がまるで先生に怒られたくない小学生に見えてきたぞ。
「今回皆様に狩りをしていただきたい相手は―――象熊です」
一瞬の静寂の後またもや酒場が騒がしくなる。しかしそれは先程の楽しそうなじゃれあいによるものではなく戸惑いの声が殆どだった。ただそれだけの情報を聞いただけでやってられるかとヘビーロッジを出て行く者さえいた。
「なぁマスター。トモ蔵って何だ? お爺ちゃんか?」
「トモ蔵じゃねぇ、象熊だ。ゾウしか合ってねぇよ。って象熊も知らねぇのか!」
「生憎ね。まだ勉強中なんだよ」
「はぁトムの言ってた通りだな。力と知識が釣り合ってねぇわ」
仕方がないだろ。俺は美食屋に必要な知識や人脈は手に入れることが出来ない環境にいたんだ。まぁそのおかげで強さのみを重点をおいて集中的に鍛えることが出来たんだけどね。周囲に娯楽や勉強出来る環境があったら今程の強さは絶対になかったはず。なのでその事においては後悔はしてない。でもこれからある程度勉強しなくちゃな……苦手だけど。
マスターはやれやれと言わんばかりにカウンターに肘をつけ俺を見つめている。惚れるなよと言うと、やかましいと返してきてくれる辺りノリが良い人だ。
そんなノリの良いマスターの表情が真剣なものへと切り替わる。
「象熊。通称マンモスベアー」
「マンモスベアー……ねぇ。まさかリーガルマンモス級とか?」
「いや、そこまでデカくはねぇ。象熊を一番初めに発見した人が通常の熊より遥かに大きかったという印象でマンモスって名がついたらしいな。他にも幾つか説はあるみてぇだが」
「なるほどねぇ。よほど巨躯な印象が強かったんだな」
「そして世界一美味いとも言われている熊だ。一生の大半を穴の中で休眠して過ごし滅多に地上に姿を現さないことからほとんど幻の熊と呼ばれている。象熊は一回の休眠期間で平均四、五年。これに比べ活動期間は数ヶ月のみ。つまりその数ヶ月の間に四~五年眠れるだけの栄養を食いだめし補充するってわだ。その量一日平均五トン以上。とんでもねぇ奴だ」
食いだめ出来るとはまるで食技だな。便利なもんだ。
俺以外にも皆マスターの話に聴き入っていたようでこちらに注目していた。
そしてマスターの説明から流れるように自然に引き継ぐ形でヨハネスが続きを説明する。
「その象熊ですが普通の象熊とは違う個体を狩っていただきたいのです。IGOの調べによりますとここ十数年その地で象熊の活動は確認されていませんでした。つまり――」
「通常の個体種よりも休眠期間が長い。故にその分一度に食す動植物は通常のソレの比じゃないってわけね。そしてそこから導き出される答えは――より強く凶暴な象熊」
今までのむさ苦しい男性声ではなく透き通るような綺麗な声がこの場に響く。
「さすがエイダさん。その通りです」
あれ?ヨハネスさんとあの麗しき美女は知り合いなのか。それともエイダさんがそれだけ有名なのか。いや有名なら参加出来ないみたいだしなぁ……もしかして。
「あの二人、でぇきてぇるぅ?」
「お前さんは中学生か。エイダはライデンと一緒で最近有名になってきたんだよ。俺からヨハネスに確認した時もエイダは参加OKって言ってたしな……まぁそれだけじゃなさそうだが」
なるへそ。まだ俺にも希望はあるってことか!それだけ分かれば万事OK。
俺とマスターの小声雑談をしている間に説明はどんどん先に進む。
そこでまたも耐えられなくなったのか先程のブルボと呼ばれた人物が再度質問を投げかけていた。
「それだけの大物を新人に狩らせるとか正気かよ。熟練の美食屋ですら手を出せねぇ奴もいるくらい象熊は凶暴なんだぜ!?」
「ならば辞退していただいても構いません」
「うっ……。そ、そうだっ! 報酬はどうなってやがんだ。流石にこれだけの大物だ。報酬はたんまり頂かねぇと割に合わねぇぜ!」
彼の丸テーブルを壊してしまいそうな程強く叩きながらの主張は正しいと思う。それに俺も聞きたいことがある。葉巻に火を点けカウンターに肘を掛けながら問いかける。
「報酬もだけど、狩り場だよね。どこで狩るの?」
俺がブルボって人に続いて質問すると俯き加減でいたヨハネスさんのサングラスが一瞬光を帯びた気がする。電球による光りの反射だと思うがそれと同時にどことなく迫力が滲み出ている。
ヨハネスさんは一呼吸おいた後もう一度サングラスを中指でゆっくりと整えるように押し上げた。しかし先程とは違いレンズ越しから見える彼の眼光は鋭かった。それも息を飲んでしまうほどの。
「ロッグ鉱山。そこのロッグ山脈を超えた先にあるバタリアン緑地にその象熊は生息しています―――報酬額は三十億」
「さ、三十億……」
「バ、バタリアン緑地」
誰かのゴクリという欲の混じった唾音と恐怖からくる震えた声が同時に聞こえてくる。
恐らく前者は想像以上の高額な報酬額によるモノ。後者はバタリアン緑地と呼ばれる場所に恐れを感じた者の声。
「細かいことは資料に記載されていますのでそちらをお読みください。準備期間は十日間となります。説明を聞いて、それでも参加を表明する方は十日後資料に書かれている指定場所に集合してください。それでは失礼します」
ヨハネスさんはそれだけ言うと部下らしき人達と共に颯爽と去っていった。
酒場内は未だ騒然としており、ある人は資料に目を向けながら眉間に皺を寄せて唸りながら考えている。またある人は周囲にいる美食屋達に手を組まないかと誘っている。
そしてあの美女はというと冷静に資料に目を通しながら優雅にワインを飲んでいた。絵になるねぇ。眼福、眼福。
そんな俺の様子にマスターは追加のエナメルビールを俺の前に置き話しかけきてくれた。
「今回の依頼はとびっきり危険だな。ライデンはどうすんだ。辞退するか、それとも誰かとチームを組むか、もしくは……」
「単独だろうねぇ。今までだってそうしてきたし」
そんな俺の答えにマスターはじっと俺を見つめている。
先程のやり取りのように惚れた?と聞くと
「茶化すな。ライデンの力量は何となくだが分かる。今回の象熊だって特殊な個体とはいえお前さんの敵じゃねぇだろうな。通常の象熊で捕獲レベル二十五。今回の依頼の個体でもそれから三から五程度上がるくらいだろう。だがな、バタリアン緑地って場所がヤバイんだ」
マスターの真剣な表情に俺も飲んでいたビールを置く。
バタリアン緑地。正直勉強不足な俺はそこがどんな場所かも分からない。
「いいか。よく聞け。あそこは元々IGOがビオトーブ候補にしていた地でもある。何故中止したかは分からねぇが、途中まで建設し研究もしていたらしい。その時の名残で独自の生態系になってやがんだ。IGOの研究施設にしかいないような動物や高温多湿な場所にしか生息しないはずの動物、極寒の地でしか生息しない動物だって居やがる。何よりヤバイのが数だ」
「数……。生き物がそんなにいるのか」
「あぁ。場所によっちゃあ見渡す限り……なんてこともあるらしい。しかも捕獲レベルアベレージは18から20って言われてるが、その情報もどうだろうな。ビオトーブを建設しようとした時の話だ。もう少し上がっているかもしれねぇ」
正直、今の俺ならその程度の捕獲レベルなら余裕だ。
ただし見渡す限りのなんて条件がなければの話だ。闇雲に倒せば良いってわけではない。体力配分など考えて行動しなければならなくなる。何より今回はライバルの美食屋だっている。時間配分も考える必要もあるだろう。しかもその後には象熊との戦闘も控えているし倒せたとしてもその一部を持って帰らなければいけない。一部と言っても死んだ証になる一部だ。それを背負っての帰還。
「……余裕だなと思っていた時期が俺にもありました」
「だから周りの美食屋達が焦って仲間集ってんじゃねぇか。まぁライデンじゃお呼びは掛からないだろうがな」
「何でだよっ! 俺って結構有名なんでしょ?」
「だからこそだ。有名な奴はクセが強くて個人で動く奴が多い。だから嫌煙されがちだし、報酬も実力が違いすぎたら平等ってわけにもいかねぇだろ。何よりチームワークの問題が一番だ。信頼と信用、お互いの動きやクセを分かってるほうが実力的に劣っていたとしてもいつもの奴と組む。ここにいる奴らはいつも気兼ねなく酒を飲み交わし、時には共に依頼を達成してきた仲の奴らが多い。美食屋の新人って言っても十年以上やってる奴らばかりだ。その辺の重要性は理解してる」
十年以上やってても新人ですか。確かに新人って条件はあったけど歴何年未満とかなかったしな。それとも美食屋って鰻の蒲焼みたいに厳しいのか。っていうか俺は美食屋歴何年になるのかな。幼い頃から狩りはしているけど依頼とか受けたの数ヶ月前だし。
「じゃあ個人で動くしかないじゃん」
「ところがどっこい」
マスターはそれだけ言うとニヤつきながら顎をしゃくって俺に背後を見ろと指図する。
何だよとホロ酔い加減だったため、面倒くさそうに振り返るとそこには
「初めまして……蒼雷さん。それともライデンさんって言った方がいいかしら」
「……うぇ?」
長い金色の髪を揺らしながらエイダさんが佇んでいた。
白状しましょう。俺ドスケベで変態だけど――女性と上手く喋れないんです。
後書き
ロッグ山脈、鉱山。バタリアン緑地。象熊はトリコの外伝に登場した場所と動物です。
ただし作者のオリジナル設定つきですけどね。オリジナルは極力入れないようにしてたんですけど力尽きました。
ドラゴンボールのザーボンさんにさん付けをするのが当然のように、ゾンゲ様にも様付をするのが当たり前なのである。
世界一美味しい熊の象熊。最も強いワニのガララワニ。この辺を関連付けて次回もしくはそのまた次回辺りで説明付できたらいいなぁと思ってます。
ちなみに前回から一週間後の更新でしたが、この更新速度はかなり速い方だと思っていてください。
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