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レンズ越しのセイレーン

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Mission
Mission6 パンドラ
  (6) ニ・アケリア参道~ニ・アケリア霊山登山(分史)

 
前書き
 モラトリアムはオシマイ 本番はここから 

 
 参道入口に到着すると、その場に留まっていたエルとルル、ミラがようやく来たか、という空気で出迎えた。ユティが両脇にいたルドガーとレイアから手を離した。

「もー、遅いよルドガー」
「ナァ~」
「持ちかけたのはそっちなんだからシャキシャキ動いてちょうだい。こっちだって暇じゃないんだから」

 この、外見は「女」そのものを体現した完璧なものながら、内面は攻撃的でとっつきにくい女性が、元素を統べる大精霊マクスウェルだというのだから、世の中は色々と理不尽に出来ている。

「ああ、わる……」
「暇でしょ? あそこで姉さんの帰り、待つだけなんだから」
「ちょ、ユティっ」

 ミラは剣呑さを隠さずにバラ色の虹彩を細めた。

「……あのね、おチビさん。私は確かにあそこで何もせず突っ立ってたけど、私は時間を姉さんを『待つ』ために使ってた。だから暇っていうのは私には当てはまらないの。分かった?」

 言い切ってミラは、ルドガーとエルとレイアの視線が彼女自身にじっくり注がれているのに気づいたようで。

「な、何よっ。悪かったわね、長々と熱く語って。言っとくけど先に振ったのはそっちなんだから。分かりやすいように説明してあげたんだから、むしろ感謝してほしいくらいだわっ」

 ミラは頬を薄く染め、腕組みしてそっぽを向いた。

 ルドガー、レイア、エル、ユティは円陣を組む。

「――なあ、ミラって正史でもあんな性格なのか?」
「――ツンデレお嬢様系」
「――ぜんっぜん。わたしたちが知ってるミラとは正反対。正史のミラはもっとサバサバしてるし、恥ずかしがるとこなんて見たことないよ」
「――ねえ、そもそも何でミラ、テレてるの?」
「――オトナになると素直な気持ちを口にするだけで恥ずかしくなっちまうもんなんだよ」
「ちょっと! こそこそ何話してるの! 行くの、行かないの!?」
「分かった、行く行く! 行くから精霊術の準備するな!」

 ルドガーは慌てて女性陣を背中に隠し、両手を思いきり振ってミラを止めようとする。

「あ。無詠唱ってとこはミラと同じみたい」
「そんな共通項知りたくなかった!」


 長いイントロダクションを経て、ようやくルドガーたちは参道に足を踏み出した。

 渓谷に挟まれた道は、たまに褐色の葉を茂らす樹があるくらいで平坦だった。だが、いざ霊山の登山を始めると、その険しさに大きく苦しめられる者がいた――エルだ。

「エル、しんどいならしんどいって言わないとダメだろう」
「ヘーキだし! このくらい、どうってことないもん!」

 これで何度目か。適当な岩に座って休みながらも、エルは気炎を吐くのをやめない。だが、顔色の青さも汗も荒い息遣いも、エルの疲労の度合いを強く主張している。今までも休めとルドガーたちは言い聞かせたが、エルは大丈夫の一点張りだった。

(エルなりに俺たちに迷惑かけないようにって頑張ってるのは嬉しいんだけど、だからってそれに甘えきってちゃエルが倒れかねない。この子は8歳の女の子なんだ)

 水分補給を終えたエルに、ルドガーは背を向けてしゃがんだ。

「……なに?」
「ここからは俺が負ぶってく」
「だ、だめだよ!! エル、ひとりで歩けるし!」
「そんなこと言ったって、俺たちのペースで歩くのキツイんだろ。だから俺がエルを背負ってく」
「や……ヤダ! そんなのハズかしい!」
「恥ずかしいって何だよ。子どもなんだから素直に甘えとけ」
「コドモ扱いしないでー!」
「どっからどー見ても子供が言うなっ。――エル、別に俺はお前を責めて言ってるわけじゃない。ただ、エルに具合悪くなったり、足痛めたりしてほしくないんだ。心配して言ってるんだ。それでもだめなのか?」
「う…ぅう……だ、って…ずっと、ルドガーの背中、ぴっとり…くっついて…」

 エルはもじもじと答えを渋る。押してダメなら引いてみるか。ルドガーは心を鬼にした。

「あんまりしんどいなら、レイアかユティに付いててもらってここに残ってもいいんだ。ここまで俺の都合で引っ張り回してきたけど、よく考えたら危ないって分かってるとこまで連れてくのはおかしいもんな」
「あ…」

 エルの両の翠が見捨てられることへの恐怖でざあっと染まった。まずい、と気づいた時には遅かった。

「……分かったよ。ルドガーはエルがジャマなんでしょ!? じゃあエル下で待ってるから! 行ってらっしゃい!」
「エル、待ってくれ! そういう意味じゃない!」

 エルは坂の傾斜に任せて登山道を駆け下りる。ルルもエルに従って走る。ルドガーはレイアたちにこの場にいるよう言い置き、慌ててエルを追いかけた。

 大人と子供の足だ、じきに距離は詰められる。そう楽観視していたところで、

「っ、きゃあああああ!!」

 エルが岩の突起に躓いた。坂道降下の勢いもあって、エルの体は派手に宙に舞った。

「エルっっ!!」
「ナァ~!!」

 ――あんな下らないことで口ゲンカなどしなければ。後悔がルドガーの頭に滲んでゆく。

 地面に落ちて壁面を派手にスライディングするしかなかったエルは――
 ちょうど山を登って来ていたアルヴィンとユリウスの内、ユリウスが逸早く状況を理解して、彼女をキャッチしたことで難を逃れた。

 エルが助かった。ルドガーは気が抜けてその場にしゃがみ込んだ。

「エル!」

 気を取り直し、ユリウスによって地面に下ろされたエルにまっしぐらに駆け寄り、小さな体を抱きしめる。どこも壊れていない。無事だ。ルドガーは心から安堵した。

「で……どんな状況だこれ」

 追いついた男たちの内、アルヴィンが低く呟いて、ようやく騒ぎは収拾した。




「まったく! こっちは1分1秒でも時間が惜しいってのに。そういう段取りは先にしといてよね!」

 先頭を行くご立腹ミラをレイアが宥める。エルの件については、ルドガーとアルヴィンが交替で肩車をするという形で決着がついた。二人の男による肩車はユティにばっちり激写されたがそれは余談である。

「さっきはごめん。邪魔じゃないから。俺、エルがいないとすごくダメな男だから。でもエルに辛い思いさせたくなくて、空回った。ごめんな」
「ん、しょうがないからゆるしてあげる。今回だけだからね…………えっと、98、99、100! アルヴィン、コータイだよ」
「はいよっと」

 ルドガーが屈むと、エルはルドガーの背をずぞぞぞと滑り降りた。見てみたい、と思っていると背後でシャッター音。ふり返り、ルドガーはこっそりユティに親指グッのポーズを送った。ユティも同じしぐさで応えた。彼女のこういうノリのよさは大好きだ。

「ナァ~」

 地面に降りたエルに対し、ルルが寄ってきて心配げな声を上げた。エルは「ダイジョウブ」と答えながらルルを撫でた。そこでふとエルは何かに気づいたように顔を上げた。

「ねえ。ルルの飼い主ってルドガー? それともメガネのおじさん?」
「ナァ~?」

 ルドガーはユリウスと顔を見合わせた。ルルの単位は「我が家の猫」だったので、どちらが明確に飼い主かなど考えたこともなかった。
 だが、ここらで白黒つけるべきなのかもしれない。

「もちろん俺だよ。面倒見てんの俺だからな」
「やっぱり! ルドガーに一番懐いてるっぽいもんね」

 第三者からも支持を得た。ルドガーはユリウスを見てにやっとした。あからさまな挑発に、ユリウスもカチンと来たらしい。

「それは違うぞ。ルルがルドガーに懐いてるのは、エサを作ってくれてるからだ」
「うわユリウス大人げね」
「前提から崩しに来たっ」
「だがルルなら、エサ代を出している真の主人が誰なのか分かっているはず……いや、損得を越えた真心で繋がってるはず! そうだろ、ルル!?」
「そんなことないよな!? 仕事で全然いない兄さんより、飯やって遊んでやってブラシかけてやってる俺のが飼い主らしいよな、ルル!?」

 兄弟に詰め寄られてルルは縮こまる。

「んー。ぶっちゃけ、ルルはどっちが好きなの?」
「ナァ~♡」

 ルルはごろごろとエルにすり寄った。エルはぱぁっと頬を染め、ルルを抱き上げた。

「エルが一番だって!」
「毎日欠かさず猫じゃらで遊んでやってる恩を忘れたかーっ!」
「ルル……お前もか」

 兄弟は怒りと嘆き両方のリアクションを呈した。ミラが溜息をついた。

「あほらし」
「まあそう言いなさんな、ミラさんや。本人ら的には重要な問題なんだからさ」
「誰が主人かなんて動物のほうが決めることでしょ。現にこの辺の動物たちは、どれも昔出てった私の巫子に侍ってたわよ」
「巫子ってイバルだよね。出てっちゃったんだ……じゃあその動物たちの世話はミラがしてるの?」
「まさか。獣の野生は人間には縛れない。それぞれ森や山に散っていったわ」
「それ、賛成。ワタシも、動物さんのお家は樹で、土で、水で、空だと思う」
「初めてあなたと意見が合ったわね」
「合ったね」


 ――他愛ないおしゃべりが絶えなかったのは、きっとみんなが現実から目を背けたかったからだ。

 霊山頂上に到着すればミュゼを――時歪の因子(タイムファクター)を破壊し、この天地を永久に滅ぼさねばならない。その責はこの場に居合わせた人間全てが負わねばならない。
 世界を滅ぼす。抽象的すぎてどう背負い、贖えばいいか分からない事象を前にするのを、誰もが潜在的に恐れていた。

 だが、彼らの舌が停まらないように、足もまた止まることはない。幾度休憩を挟もうが、魔物と戦おうが、進み続ければいずれ――ゴールに着いてしまうのだ。
 
 

 
後書き
 きつい行路を行く時の一番の問題は、学年がバラバラであること、またはクラス内の体力がバラバラなことだと作者は小学校から考えてきました。これを仲間が声かけたり、気を遣ったりすることで、山の中にいる間だけは普段仲良くないクラスが仲良くなる。おおいにいいことだと思います。
 あとみなさん、坂道はノー・ラン! えらい目に遭います。いち山ガールからマジな忠告です。

 ルルの飼い主チャットはユリウスさん関係で唯一笑えるチャットです。その分他のチャットやら本編の切なさにもうどうしようもなくなるんですが…(T_T) 幸せになれー! 
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