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蒼き夢の果てに

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第4章 聖痕
  第36話 影の国の女王

 
前書き
 第36話を更新します。
 

 
 そうして、タバサが第四戦。ファントムが第五戦、第六戦と取って、現在、三勝三敗。
 しかし……。

 俺は、先ほどから気になっていた、ギャラリーの中に居る一人の女性……いや、少女の方向に視線を送る。

 緑を基調としたイブニングドレスに身を包み、背中にまで届く長い黒髪。そう、見た目からでも判るぐらいに滑らかそうな黒髪です。……って言うか、この世界に来てから、現地の人間としては、三人目の黒髪の人間ですね。

 それで顔立ちに付いては、……古風な顔立ちと表現すべきですか。少なくとも、西洋風の人間が集まっているこの世界で、彼女のような東洋風の清楚で古風な、と表現すべき面差しは、日本出身の俺としては、見ていて非常に落ち着いて来るような気がします。

 もっとも、何故か、表情、及び雰囲気が少し暗いのですが。

 そして、何よりも不自然なのは、俺が、彼女から人間とは違う気を感じていた事ですか。
 但し、暗い雰囲気なのですが、危険な雰囲気と言う訳では無く、落ち着いた雰囲気と表現すべき雰囲気なのですが……。

【なぁ、ダンダリオン】

 シャッフルの終わったカードを配りながら、【念話】のチャンネルをダンダリオンに繋げる俺。そして、

【あそこに居る黒髪の女性なんやけど……】

 そう告げながら、カードを配る際に切って仕舞った視線を、再びその黒髪の少女の方に戻す。
 しかし、そこには……。

【その黒髪の女性と言うのは、何処に居ると言うのですか、シノブ】

 先ほどまで確かに彼女が居たはずの場所には、まったく別の男性が立って居り、清楚な雰囲気のその少女は何処かに消えて仕舞っていた。

【だから、あれほど、さっさと新鮮な空気を発生させろと言ったのです】

 少し呆れたようなダンダリオンの答え。
 ……いや、多分、俺は幻覚を見た訳ではないと思いますよ。
 それに、確かに其処に実在する雰囲気を俺は感じていましたから。なので、間違いなしに、何らかの人の姿を模した何者かが其処に居たとは思うのですが。

 もっとも、その少女からは、危険な雰囲気を感じる事は無かったので、そう警戒する必要はないとは思いますが……。

 そうして、勝負の結果は。

 ファントムの役は、5・6・7・8・9のストレート。
 ただ、タバサは素直に降りて居たので、被害は参加料のアンティだけに終わりました。

 しかし、ここに来ての三連敗で三勝四敗。勝負に出ての敗戦が無いので、勝利した結果得たチップの枚数に関してはタバサの方が確実に上だと思いますが……。

 ……但し、今回の敗戦については俺のミスです。別に、その黒髪の少女が好みの相手だったと言う訳では無かったのですが、それでも少し、その少女に気を取られ過ぎて、勝負の方が疎かに成って仕舞いました。
 次は、少し気合いを入れるとしますか。

 第八戦。

 タバサにAのペアと虚無のカードを送り込む。
 これで敗れるとは思えませんから。

 しかし……。

【シノブ。ファントムの手牌が覗けなくなったのです】

 ダンダリオンの緊急事態を告げる【念話】。普段から落ち着いた雰囲気とは程遠い彼女なのですが、今回はかなり切羽詰まった雰囲気。
 しかし、手牌が覗き込めなくなる?

【ハルファス。ファントムの周りに結界の類が張り巡らされているか?】

 一応、一番可能性の高い方法を、ファントムが為したかどうかについて聞いて見るべきですか。そう思いハルファスに【念話】で問い掛けてみたのですが……。
 もっとも、正確に表現するのなら、一番、簡単に為せる方法について聞いてみたが正しいのですが。

【いや。そんな雰囲気はない。そもそも、対魔法用の結界で自らを包んで仕舞うと、ディテクトマジックに因って、その結界を察知されて仕舞う】

 そうハルファスが答える。結界術のエキスパートでも有るハルファスが感じ取る事が出来ない結界を施すのは難しい。
 少なくとも、俺には無理です。
 だとすると……。

【ダンダリオンの鏡能力を上回る何者かが、介入して来ていると言う事か】

 それが、現状では一番可能性が高いですか。
 まして、このパターンはフレースヴェルグの時に前例が有りますから。

 しかし、これで、このカジノが何らかの神の加護を受けているカジノで有る可能性が高くなったと言う事ですが。
 それに、ファントムの異常なまでのツキが、何らかの神の加護に因る物だと想定したら割とすっきりしますから。

 何故ならば、ヤツはワンチャンス・ポーカーで、イカサマを使用する事もなく、ずっとツーペア以上の役を作り続けて来ました。
 これは、何らかの形で因果律に細工が行われていた可能性を示していると思いますから。

【フルハウス】

 タバサが非常に簡潔に用件のみを伝えて来ました。
 この役に勝つにはストレート・フラッシュでも用意しなければならないので、普通に考えるのなら負ける事は有りません。
 しかし、今はどの程度まで因果律が操られているのかが判らない以上、少しの不安が付き纏うのですが。

 ファントムが、俺の不安感を嘲笑うかのような非常に落ち着いた雰囲気で、チップを積み上げて来た。
 ……今度は、かなり大きな枚数を。

 そして、その勝負をまったく意に介さないような自然な雰囲気で受け入れるタバサ。
 それに、彼女が表情を変えたのは、夢の世界でショゴス(仮)から助け出した時に魅せた表情だけ。
 この程度のカード勝負で表情を変える訳は有り得ません。

 例え、貴族の年収が吹っ飛ぶレベルの賭け金だったとしても。

 静まり返ったカジノに、俺の賭けの成立を宣言する声のみが響く。

 カードがオープンされる瞬間、かなりの緊張感が走る。いや、緊張が走るのは何時もの通りなのですが、今回に関して言えば、初めて相手の手札が判らない状態での勝負だった為に、俺が緊張したと言うだけの事。

 そして、その緊張の中で、開かれるふたりのカード。

 ファントムは、7のスリーカード。
 タバサの方は、Aと9のフルハウス。虚無のカードを含む。

 カジノ内を安堵と感嘆のどよめきが駆け抜けて行った。まぁ、観客たちの方から見ると、このカード勝負は、普通の勝負に見えているからなのでしょう。
 まして、得体の知れない仮面を被ったカジノの支配人を、金髪(ウィッグ)、蒼い瞳の少女がカード勝負で圧倒しているのですから、タバサの方が観客の心を掴んでいたとしても不思議では有りません。

 しかし、矢張り、ファントムの方はずっと役を作り上げています。
 確かにストレートや、フラッシュを狙った挙句のブタ(ノーペア)などと言う物に成っていないだけの可能性も有りますが、それにしても、このツキは異常。そもそも、俺の感覚から言わせて貰うなら、ツーペアなど四、五回に一度ぐらいの頻度でしか出来上がらない役だと思います。

 しかし、同時にこれで四勝四敗のイーブン。更に、積み込みを行った山は後二つ。
 俺がポカをしない限り、このカード勝負はタバサの勝利に終わるはずです。



 ……そして、再び視線を感じる。
 また現れたのか。
 先ほど、この勝負を見つめていた黒髪の少女……の姿をした何者かが。

 いや。もう、気にする必要はない。彼女から感じるのは危険な雰囲気ではない。
 ならば、ゲームの方に集中すべきでしょう。

 そして、第九戦に関して……。

 正直に言うと、ここで勝利を収めると、第十戦は素直に降りて勝負を流しても五勝五敗と成り、勝負で得たチップの枚数勝負と成ります。
 そして、タバサの敗戦は、すべて勝負を降りた敗戦。
 片やファントムの方は、すべて勝負に出ての敗戦。

 この状態なら、負けるはずはないでしょう。ならば……。

【切り札を使うで】

 俺の【念話】に、タバサから了承を示す念が返される。
 この山を使うと、ファントムの方には確実にツーペアから、小細工を行わなければフルハウスへと進む。
 そして、タバサの方には、魔法使いの10、J、Q、K。そして、Aのロイヤル・ストレートフラッシュが最初から配られている。

 尚、この世界では、騎士……つまり、スペードよりも、魔法使い……クラブの方が上に成るルールです。

 普段通り、綺麗にふたつに分けたカードの山を両手に持ってリフル・シャッフルを二度行い、そこから、ヒンズー・シャッフルを二、三度繰り返す。
 そこで、手の中でカードを整えるようにした瞬間に、転移を使用してカードごと全て交換。当然、花神による幻術による認識をずらすようにした上で。

 そして、カードを滑らせるようにして、ファントムとタバサの前にカードを配置して行く。

魔法使い(クラブ)のロイヤル・ストレートフラッシュ】

 タバサから、配られたカードの内容が告げられる。例え【念話】で有ったとしても、彼女の口調、及び雰囲気は変わる事などなく。
 そして、ここまでは完全に予定通りの展開。

 まして、このカードの山の虚無のカードは一番下に配置されているのを確認しています。
 つまり、ファイブカードは事実上不可能。

 そして、予定通り、ファントムは一枚だけカードの交換を行う。
 タバサの方は当然、ノーチェンジ。
 大丈夫。ここまでの手順にもまったく不都合な部分はない。

 ……なのですが、あまりにも普通に進み過ぎているような気がするのですが。確かに、相手の手札は覗けなくなっています。しかし、それだけで勝負に勝つには策が無さ過ぎるような気もするのですが。
 そうかと言って、今回、タバサのノーチェンジの状況を警戒してファントムが勝負を降りたとすると、その結果、自動的にタバサには敗北は無くなります。
 それでは、第十戦に関しては、タバサの方が勝負を降りて、チップの枚数勝負に進むのは目に見えていますから。

 つまり、この第九回戦が実質的に最終決戦のはずなのですが……。

 しかし、と表現すべきか、それとも、矢張りでしょうか。それまでの負けを取り返す心算なのかも知れませんが、ファントムは勝負を降りる事もなく、今までよりも大きい額のチップを積み上げて勝負を挑んで来た。
 確かに、今までのファントムの行動と、彼の手の中に有る役から考えると当然の結果なのですが……。

 一瞬、タバサが俺の方を見つめた後、ギャラリーの方に視線を送る。
 そして、その視線の先には、先ほどからこのカード勝負を見つめている黒髪の少女の姿が有った。

 ……タバサの方も気付いていましたか。

 そして、次に自らの手札に視線を戻したタバサが、テーブルの上の自らのチップをベットした。しかし……。いや、何故かタバサはファントムが積み上げた以上のチップ。具体的には、今までに稼いで来たチップの半分までを場に注ぎ込んでいた。

 ギャラリーの間にどよめきと歓声が沸き起こる。
 そう。ギャラリー達も気付いていたのでしょう。この第九回戦が、実質的な最終決戦の場で有る事を。
 そして、その勝負を盛り上げる為にタバサがチップの上積みをした事も。

 もっとも、本当にタバサがゲーム的な盛り上がりを考えてチップを積み上げたのか、それとも別の理由からチップを積み上げたのかは判らないのですが。

 ……それに、これも当然、ルール違反では有りません。
 確かに、合法のカジノならば、一度に賭けられる上限は決まっています。
 但し、このカジノは青天井をうたい文句にした違法カジノ。そして、参加料プラス一枚でもチップが残っていたのなら、第十回戦に参加は可能。

 いや、彼女には未だ身に付けた宝石の類が残されている以上、ここでチップをすべて失ったとしても第十回戦に参加は可能ですか。

 しかし、穏当に勝とうと言う……。

 そう思い掛けた俺の視界の隅で、先ほどの黒髪の少女が何かを呟くように口を動かすのが見えた。
 いや、現状のこのカジノ内で、独り言に等しい呟きなど聞こえるはずはない。

 刹那、魔力の波動を感知。
 同時に、店内で行われていたディテクトマジックに因る魔法探知にも、何らかの魔法が使用された事を示す兆候が現れた。

 一瞬の後ファントムを見つめる俺。
 そのファントムの右手が何かを握る仕草を……。

 そして、俺の視界が暗転したのでした。


☆★☆★☆


 いきなりブラックアウトした意識が、ゆっくりと覚醒に向かう。
 ……って言うか、誘いの香炉(いざないのこうろ)の時もこんな感じだったと思うのですが。

 今度は一体、誰に呼び出されたと言う事なのでしょうか。
 寝転がったまま、月も星もない暗い夜のような空を見上げながらそう思う俺。

 え~と、確か、カード勝負に九分九厘勝利したと思った瞬間に視界が暗転して……。

 俺は、少しため息にも似た吐息を漏らした後、上半身だけ起こして、ややボケたアタマを少し振りながら周囲を見渡した。
 しかし其処は、何と言うか、……そう。妙に薄暗い、ごつごつした岩場がずっと続く荒涼とした世界が続く空間でした。
 そう。植物が一本も生えていない……。いや、命有る存在を一切感じる事のない世界。

 まるで、死を連想させるかのような世界で有ったと言う事です。

 しかし、本当に妙な空間ですね。
 周囲を一渡り確認した後に、そう独り言を呟く俺。
 ただ、何らかの光源が存在しているのか、月も、そして星すらも存在していない空間のはずなのですが、ぼんやりとでは有りますが、鼻を摘ままれても判らないような暗闇に包まれた空間と言う訳では有りませんでしたが。

 それに、先ほどから感じている嫌な予感は一体……。
 そう思いながら、再び周囲を確認する俺。

「気が付いたかな、龍種の少年」

 その刹那。死を連想させる荒涼とした世界に響く、落ち着いた雰囲気の女性の声。
 しかし、先ほど確認した際に、その声のした方向には人は居なかったはずなのですが。

 まぁ、その程度の事など、大した問題では有りませんか。現世に介入する事が出来て、その上、俺をその異界に引き込む事が出来る存在が、誰も居なかったはずの空間に突如現れたとしても、別に不思議でも何でも有りません。
 それとも、呪殺を禁止して有ったはずの俺を、呪殺出来る魔法が存在していたと言う事なのでしょうか。

 もっとも、その程度の疑問に関しても、今は良いでしょう。それに、今、口にすべき言葉は別の物だと思いますから。

「どうも、危ないトコロを助けて貰ったようで、ありがとうございます」

 俺は立ち上がりながらその女性に感謝の言葉を告げる。流石に、両足を投げ出し、上半身だけを起こした姿で、妙齢の美女に相対す訳には行きませんからね。
 尚、その時に俺の瞳に映った女性の姿は……。

 年齢は不詳……。確かに二十五,六歳には見えますが、見た目など関係の無い存在のはずですからこう言う説明が正確でしょうね。髪の毛は……このうす暗い空間では黒く見えますから、金髪や、その他の特殊な幻想世界の住人を示す色合いではないとは思います。そして、その黒髪を軽く腰の辺りまで垂らし、切れ長で鋭い黒瞳を持った、少し冷たい印象を受ける美貌の女性でした。
 ただ、その冷たい表情からは、感情と言う物を一切、読み取る事が出来はしませんでしたが。

 尚、服装に付いては……。ツッコミを入れるべきなのでしょうか。魔術師……ケルトの魔女を思わせる黒の魔術師の帽子に、少し光沢を感じさせる黒の衣装と、魔術師の証のマントも黒。但し、肩を露わにした異常に露出の多い衣装。繊手を保護する二の腕まで隠す長い手袋も黒。脚は……足元も黒のブーツ。
 全体として円錐をイメージさせる黒の衣装。

 背徳と言うべき存在なのは間違いないですか。ここまで黒で統一されていたのなら。

 しかし、先ほどの黒髪の少女の時ほどではないにしても、彼女からも日本人……と言うか、東洋人の雰囲気を感じさせる女性では有ります。

「すみません。それで、何故、私はここに呼び寄せられたのでしょうか?」

 かなり、ずれた感覚。そして、異常事態に巻き込まれたにしては、泰然自若とした雰囲気で、その魔術師風の美女に問い掛ける俺。
 尚、一応、そう問い掛けて見るのですが、まったく見当が付かない状態と言う訳でもないのですが。
 そう。おそらくは、ヘカテーに夢の世界に招かれた時と同じような理由でしょう。

 ただ、今、目の前に顕われている女性が、どんな神性を持っている存在なのか判らないので、何を命じられるのかはまったく判ってはいないのですが。
 そして、

「貴方に頼みたい仕事が有って、少し現世に介入させて貰いました」

 予想通りの言葉を口にする黒き魔女。
 成るほど。矢張り、今回も魂魄だけの状態で拉致られて来た、と言う訳ですか。
 適当に使い走りのような扱いを受けているようで気に入らないのは事実ですね。が、しかし、文句を言っても始まらないですし、前回のヘカテーの時のように俺にも関係の有る仕事の可能性が高いとも思いますから、話だけでも聞いて置く必要は有るでしょう。

「私に出来る仕事ならば喜んで引き受けさせて貰いますよ」

 それに、どうせ引き受けなければ、現実世界に帰る事は出来ないとも思いますから。
 まして、今現在、俺が現実世界に帰る方法については、さっぱり判っていないのも事実です。この部分に関しても、前例を踏襲していると思いますしね。

 女性が少し首肯いた。そして、右腕を軽く振る。
 刹那、彼女の右手に一振りの槍が現れた。
 槍と関係する女神?

 有名ドコロではスカアハ。天沼矛(あまのぬぼこ)を槍の一種と考えるのなら、伊邪那美(イザナミ)も関係が有りますか。それに、ワルキューレも多分、関係が有りますね。

 いや、東洋系に分類されるなら、イザナミは東洋系に分類される女神ですが、ワルキューレはどう考えても西洋の女神さま。
 えっと、それでスカアハについては……。

 スカアハとは、出自はかなり北方で信仰されていた、女神にして巨人のスカジのはずです。そして、北欧の更に北方と言うと、モンゴロイドが信仰していた女神さまの可能性も有ります。

 まぁ、現在の彼女の姿形は、俺に判り易い姿形を採用しているはずですから、黒を基調としたケルトの魔女を示す服装と彼女の手にする槍から推測すると……。

「影の国の女王よ。それで、私は、一体、何を為せば良いのでしょうか?」

 俺が、改めて、その女性に対してそう聞いた。

 影の国の女王スカアハ。祝福されざる者たちを統べる女神。魔槍ゲイボルグをクー・フリンに授けた事でも有名な女神さま。
 もっとも、元々は北欧神話に登場する神々の麗しい花嫁スカジだったと思われ、先ほども考えたように、そのスカジ自身も、かなり北方の住民に祭られていた女神さまなのは間違いないでしょう。

 何故ならば、スカジが父親の仇討ちの為にアースガルドに乗り込んで来た(くだり)や、彼女とニョルズとの結婚と別れの件などから、彼女が元々のアース神族に分類される女神などではなく、別の地域出身の神をアース神族が取り込んだ事は確実だと思いますから。

 但し、相手の正体が判ったトコロで、俺が何故に影の国に呼ばれたのかが判らない事に変わりはないのですが。

 それに、スカアハタイプの武芸を重視するタイプの神の試しは、先ず、自らを倒してから話を聞け、と言うパターンも多いのですが……。

 影の国の女王と思われる女性が少し笑った。
 この笑いは陰の気の籠った笑いではない。とすると、俺の予想は外れていなかったと言う事なのでしょう。

「ならば、先ず少年には私の奥義を覚えて貰いましょうか」

 スカアハが、淡々とした調子で、そう口にした。
 何の気負いもなく、何のてらいもなく。

 確かに、相手がスカアハならば、そうなる事は覚悟していました。
 ただ……。

「その前に、我が主人は無事なのでしょうか?」

 状況にも因りますが、この世界……影の王国に魂魄のみが呼び寄せられたと言う事は、肉体はあのカジノの床の上に転がって居るのでしょう。
 ……タバサは俺の事を死亡したと思っているのでしょうか。

 俺を蘇生させる事は、今の彼女の式神では無理。
 ……俺の死を哀しんで居る可能性が高いでしょうね。
 そして、早く戻らなければ、彼女一人で、周囲の暗殺者(アサシン)達すべてを、相手にしなければならなく成りますから。

 いや、それ以上に危険なのは、脱魂状態(だっこんじょうたい)の俺の肉体に対して、トドメを刺される事。
 無防備な俺の肉体に止めを刺された場合、俺の魂魄は戻るべき肉体を失って仕舞います。
 そして更に、俺自身が、もっと酷い災厄を周囲に撒き散らせる事に成る可能性も有ります。

 その理由は、現在、こんな場所に呼び出されたと言う事は、本来、あの場で俺は死ぬ運命には無かったと言う事。しかし、その運命を捻じ曲げた事によって俺が死亡した場合、そこに澱みが起こり、俺の龍種の能力(ちから)を、仙人としての修行に因って開花させた能力が暴走を開始する危険性が……。

「この空間と、向こうの世界は時間の流れが違います。少なくとも、龍種の少年が戻るまでは、彼女は無事でしょう」

 影の国の女王が、あっさりとそう答えてくれる。

 確かに、彼女自身が何らかの依頼を行う為に俺を呼び寄せたのならば、その時間の間は俺の肉体や、そしてタバサの身に危険が迫る事は有り得ないですか。
 つまり、彼女の答えに因り、多少の余裕は生まれたと言う事です。
 まぁ、冥府の女神がいきなり現れたから、俺が死亡した可能性もゼロでは無いとは思ったのですが、それは杞憂に過ぎなかったと言う事ですね。

「それでは、今度こそ、私の奥義を覚えて貰いましょうか」


☆★☆★☆


 俺が自らの生来の能力を発動させて肉体の強化を図るのと、スカアハを中心に嵐が発生するのとは、ほぼ同時で有った。

 ……って、これは多分、マズイ!

 確かに、俺は青龍の属性を持っています。そして、青龍には風属性と、雷属性の攻撃は通用しません。

 しかし、そんな事ぐらいは、スカアハならば知っているはず。
 まして、風を統べる女神スカアハは、半端な青龍の俺よりも、風の精霊を統べる能力は上。

 それでも尚、放って来たこの風属性の魔法が、並みの魔法で有る訳がない。

「ええい。我、木行を以て、身を……」

 軽い舌打ち……と言うには、やや大きな悪態の後にとある仙術の口訣を高速詠唱で唱えながら、導引を行う。
 刹那。魔風が周囲を包んだ。

 そう、つい先ほどまでそよとも吹いては居なかった場所で次の瞬間に、肉を裂き、骨を砕き、全てを巻き上げる暴風が吹き荒れる。それが、俺の戦い。

 しかし!
 そう、しかし。間一髪、俺の仙術が効果を発揮。俺を包み込み、切り刻もうとした(テンペスト)を無効化して仕舞う。
 いや、風……嵐自体は、未だ俺の周りで荒れ狂って居ます。しかし、俺自身を、何故かその魔風自体がすり抜けて行くかのように成っていたのです。

 その瞬間、俺の視界の右端に蒼き光の束を確認。
 右側から襲う魔槍の突きを、右足を滑らせるようにして軽く踏み込み、紙一重で躱す俺。

 そして……。

 瞬間、光輝が弾けた。
 俺を中心にして周囲に降らされた雷の雨が俺と、そして、紙一重で躱された槍……おそらく、魔槍ゲイボルグを横薙ぎに払おうとしていた影の国の女王を貫く。

 当然、俺は電撃吸収。全ての電の気は俺の意志に従い、俺自身の糧と成る。
 対して、伝承上に記されるスカアハには、そのような記述は存在していない。

 俺は、その瞬間に、横薙ぎに払われようとしたゲイボルグを踏み台にして、上空へと一時退避を行う。
 対して、スカアハの方も連続攻撃は危険と判断したのか、一時的に距離を取った。

「ほう。そなたも使えると言うのですか」

 少し距離を取ったスカアハが、かなり感心した雰囲気を発しながらそう聞いて来る。
 戦闘中とは思えないほどの穏やかな口調で。

 ……成るほど。何者を相手にした事が有るのかは知らないけど、あの仙術と同じような方法で、精霊の護りを貫く魔法を無効化した存在が居たと言う事ですか。

 そう、仙術の中には、完全に風と同化して、風属性の攻撃を無効化する仙術が存在します。
 当然、この仙術に関しては、風以外にはまったく効果が無いのですが、風に対してだけは絶対の防御と成ります。

 問題は、術の効果を維持するには、ずっと印を結び続けなければならないだけ。

 まぁ、どんな攻撃も絶対と言う物は無く、逆に絶対の防御と言う物も存在しないと言う典型的な例と言う事。

「女王は、嘗て、私と同じような術を行使する者と戦った事が有ると言う事ですか」

 一応、そう聞き返す俺なのですが。それでも、スカアハならばそんな経験がないとは言い切れませんね。確か、伝承や昔話では、彼女に弟子入りを望んだ戦士たちの多くが影の国を訪れたはずです。
 その中に俺のような術が使える人間がいないとは限りませんから。

 尚、この仙術の他の五行に属する仙術ならば、当然、風以外にも無効化する事も可能です。
 但し、俺自身が行使出来ない五行に属する属性を無効化する為には、術を封じて有る呪符を持っている必要が有るのですが。

「ここではない、何処か別の世界での出来事ですよ」

 スカアハが、少し懐かしそうにそう言った。

 その一瞬後、スカアハの周囲に無数の槍が浮かび上がる。
 ……って言うか、あんな物を真面に食らったら、いくら魂魄のみの存在だからと言っても、無事に終わる訳がないでしょうが。
 いや、魂魄のみの存在で有るが故に、完全に魂ごと消される可能性が高いですよ?

 次の瞬間、スカアハの腕が振るわれた後、その空中に現れた全ての槍が俺に向けて放たれた!

「ええい、これでは、その依頼の内容を聞く前に死ぬって言うの!」

 自分目がけて殺到して来る無数の槍。
 最初の三つまでを空中を右にスライドするかのような動きで躱し、其処から重力に従って半瞬落下。次に左へ半歩分ずれる。

 そこで、口訣と導引を結ぶ刹那の瞬間を得て、一気に周囲に雷公の腕(電撃)を召喚。
 その瞬間、俺を貫こうとした槍が周囲に降らされた雷光により、地上に破壊の爪痕を残しながら、次々と撃墜されて行く。

 しかし、本当にあの女王様は、俺に何かの試練を与える心算が有るのですか?
 これでは、その試練の内容を聞く前に、現世にさよなら、なんて言う事に成りかねませんよ?
 そもそも、空間を三次元的に機動出来る俺でなければ、あんな地点攻撃に等しい攻撃を回避する事は不可能でしょうが。

 槍自身に爆発するような仕掛けが為されていなかった事が幸いしてか、全ての槍が地上に落下後に巨大なクレーターを作った後も、俺は空中に留まる事が出来て居ました。
 全て実力で回避仕切りました、と胸を張って証言をする事は流石に出来ませんが……。

 しかし、これでは何時まで経っても、双方とも決定打に欠ける戦いしか出来ませんね。俺の方は、魂魄のみの存在故に全能力を使って戦う事が出来ず、スカアハの方も、アストラル体である俺に対しては、必ず心臓を貫くと言う伝承を持つ魔槍ゲイボルグの能力が無意味と成るので、どうしても決定打に欠けます。

 もっとも、俺が、このアストラル体の身体の胸にも心臓が有ると思い込めば、ゲイボルグは間違いなく俺の胸……心臓を貫き、死亡する事と成るのですが。

 まぁ、良いか。それに小細工ならば得意分野。

 俺は滞空したままの姿勢から、現出させた如意宝珠製の七星の宝刀を抜き放ち、そして、そのまま無造作に振り抜いた。
 次の瞬間、20メートルほど離れた地上に立つスカアハの元で上がる血風。

 度々使用している、空間を捻じ曲げて、離れた位置に存在する敵に直接攻撃を届かせる仙術。
 使用頻度が高い技ですが、これは決定打には成り得ない攻撃でも有ります。
 何故ならば、打撃力が低過ぎますから。

 確かに、相対しているのが人間レベルの防御力しか持ち得ない存在ならば、先ほどの一太刀で袈裟懸けに斬り捨てて居たでしょう。しかし、スカアハ相手では、おそらくは表皮一枚斬り裂いた程度の打撃力しか有りません。

 但し、伝承上のスカアハには、ティンダロスの猟犬やショゴスのような不死性や再生能力に当たるような伝承は有りません。つまり、継続して打撃を与えて行けば相手の方が焦れて、俺の間合いに入って来る可能性が高いと言う事。

 その時が勝負です。

 刹那、スカアハが地を蹴り、空中に滞空する俺に肉薄する。
 それは当然。スカアハは風を統べる存在。空を飛ぶ事が出来ないと思う方がおかしい。

 必ず心臓を貫くと言う呪が籠められた魔槍が俺に肉薄した刹那!
 何か。そう、黒き縛めがスカアハの身体の経絡を封じる形で拘束し……。
 その瞬間、自らを颶風(ぐふう)と化し俺に肉薄して来ていたスカアハの動きが一瞬、ほんの一瞬止まった。

 そして、次の瞬間。

 魔槍を左わき腹の皮一枚を犠牲にして躱し、彼女の目の前に七星の宝刀を突き付けた俺と、
 黒く、細い糸……いや、突如伸びた俺の髪の毛に、その身を拘束されたスカアハの姿がそこに有るだけでした。
 
 

 
後書き
 以前に、主人公には精神支配を行う類の魔法は掛かっていない、と記載しましたが、それは主人公のみに対する使い魔召喚及び、契約に関わる事象で有り、その他の魔法学院生徒の使い魔契約には、ハルケギニア世界のルールが適用されて居ます。
 まして、主人公に使い魔のルーンを刻んだのは、ブリミル神に代表されるハルケギニア世界を支配している神ではなく、別の神族です。
 そして、生け贄の印を刻んでいるのは、また別の神族です。

 もっとも、ルイズが魔法学院の生徒達の使い魔達の説明をした時に、危険な魔物を使い魔と為した学生たちの描写を行って居ますから、この辺りについては周知の事実の可能性も高いとは思いますけどね。
 それに、元ネタに女神転生が存在している以上、表面上は見えなくても、裏側では神族間の綱引きが行われています。

 尚、タバサから主人公を見た時の感情は、リマ症候群に由来する感情では有りません
 主人公からタバサを見た時の感情は、ストックホルム症候群に由来する感情でも有りません。

 それでは、次回タイトルは『暗殺者(アサシン)』です。

 追記。主人公の関西弁使用について。

 これは、私の文章の基本系がどうも硬いので、それを和らげる意味からの使用が理由その一。戦闘時は私の文体の基本系で良いのですが、平常時は、関西弁風の表現を使用してメリハリを付けようと思ったのですが。
 ただ、この点に関しては、地の文より関西弁風の表現の排除を行ったので、口調にのみ関西弁風の表記が残って仕舞うと言う微妙な文章となって仕舞いました。

 本来は、主人公の思考=地の文の形を取っていたのです。故に、主人公が表現出来ない表現方法は使用しない、と言う方式も取って有ります。
 例えば、ルイズやタバサの声を、具体的な表現。誰かに似ている、などと言う表現は使用してはいません。

 理由その二は、一次、二次を問わず関西ローカルのネタのはずが、何故か関西弁を使用しない創作物が多いので、そのような創作物に対するアンチ・テーゼ。
 そして、その三は、実際に関西ローカルを舞台にする物語を近々上げますから。

 登場予定は、西宮は確実。徳島も。大阪をどうするか。
 さっさと、『ヴァレンタインから一週間(仮題)』の目処を付けて上げたのなら、この『蒼き夢の果てに』の方の世界の危機を表現し易いですし、双方の世界にどのような(しゅ)が籠められているのか判り易いのですが……。

 追記2。
 何故、こんな単純なミスを更新する前に見直した時は見落とすのでしょうか。
 自分の注意力の無さに呆れかえるばかりです。 
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