人狼と雷狼竜
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
雷を纏いし森の王者
その雄大な姿を見たヴォルフは、この地を訪れる際の事を思い出していた。
勘が告げる。このジンオウガはあの時に遭遇したものと同じ個体だ。まだ一日と経っていないというのに、こうしてまた巡り会う事になるとは誰が想像し得ただろうか。
全身から放電現象を起こし稲光を纏っているジンオウガが、その碧い瞳をヴォルフに向ける。刀を鞘に収めたヴォルフもまた、その碧い瞳をジンオウガに向けていた。
互いの視線が交差する中、ヴォルフもジンオウガも互いに静止したまま動かなかった。
「ジン……オウガ」
「本当に、霊峰から降りてきたというの!?」
「初めて見た」
梓の言葉は尤もだった。
ジンオウガという種は、霊峰と呼ばれるユクモのある山の頂上とその付近に生息する。
そこは人間が住むには無理があるほど険しく、そのあまりの険しさはモンスター達も近付こうとしない場所だ。
ジンオウガは稀に狩りの為に霊峰から降りてくることがあるが、それでも人間が居る所までは降りてこないのが常だった。
例え遭遇したとしても、ジンオウガから人間に牙を剥くことは無い。
それはジンオウガが人肉を好まない事を理由にしていることもあるが、ジンオウガとはその強壮な姿に似つかわしくない程、争いを好まないのだ。
『威嚇して接近を拒む』
『人間が攻撃、または狩りの邪魔をしない以上相手にすらしない』
『縄張りを荒らした場合は襲い掛かってくるが、それでも縄張りから出れば追ってこない』
というのがジンオウガという種だ。
だが、今のジンオウガは縄張りである霊峰を降り、ユクモ付近の山中を縄張りと定め更には勢力を拡大しつつある。
それが今のユクモに訪れている異常事態だ。
人里にまでは現れないだろうが、トラブルに巻き込んで刺激してしまえばどうなるか……それが正に今だとしたら。
「あ……ああ」
「神無?」
椿が神無の搾り出すような声に気付いた。
神無は両手で頭を守りながらジンオウガを凝視していた。だが、その目はジンオウガを映しては居ない。その目は焦点が合っていなかった。
「神無!?」
「どうしたの!?」
梓も異常に気付いて神無を揺さぶるが、神無は変わらない。しゃがみこんで頭を振るだけだった。
「やだ……やだよぅ」
「神無! しっかりして!」
「ヴォル君が……また、またどっかに行っちゃうよっ!」
「え!?」
「また?」
錯乱した神無の言葉に、二人は尚も神無に呼びかけるが神無の様子は変わらない。
「椿」
「……うん」
梓は埒が明かないと踏んで梓に声を掛け、椿は彼女の言わんとしている事を理解したのか頷いて立ち上がる。
腰の後ろに固定してある鞄から、幾つもの道具を取り出して地面に置いて並べていく。
神無を腕に抱えた梓は、うわ言を呟き続ける神無に再び呼び掛けるが反応は無く、ヴォルフへ視線を移した。
ジンオウガとヴォルフの睨み合いは続いている。一触即発という言葉が実に相応しい光景だった。
「出来た」
声を聞いた梓はヴォルフとジンオウガから視線を外して椿の方を向く。
地面には紙で出来た筒状の物が空を向くように向けられて置かれ、椿の手には火の点いた線香が握られている。
「やりなさい!」
梓の言葉に頷いた椿はコクリと頷くと、持っていた線香を筒の根元から伸びた糸のような物に当てる。
火が点けられた糸状のそれは、火花を上げながら徐々に短くなっていく。これは発火の前の時間猶予を齎すための導火線だ。そして導火線が繋がれた筒状の物は……
椿が梓に近付き二人で神無を支えながら、筒から距離をとる。
数秒後に導火線は燃え尽きて火花が筒の中に入り込み、筒の中から炎の玉が空へ向かって打ち出された。
森の木々よりも高く飛んだそれは、腹に響くようなくぐもった音と共に破裂し、赤紫の大輪を空に咲かせた。花火だ。
増援を呼ぶ為の合図だ。決して観賞用のものではない。
だが、それは対峙していた一人と一頭を激突させる合図となってしまった。
空で救援信号が弾けるが、それを切っ掛けにジンオウガが突進してきた。
この状況下で花火型救援信号など、奴を刺激するだけだという事が分からんのか。素人め、引っ掻き回してくれる……
ジンオウガが突進しその発達した逞しい右の前足を持ち上げる。
速い。あの時よりも速度が増している!
俺は咄嗟に右に跳んで躱すのがやっとだった。凄まじい破砕音が周囲に響き渡ると共に、大地が揺れて直撃地点の地面が砂塵や砕けた土と石を宙へと舞い上げた。
その威力に背筋が寒くなる。ナルガクルガの尾の一撃でも比較にならない。アレを仮に防げたとしても……無理だな。楯が壊れなくても人間が楯に潰されてしまう!
砂塵が張った煙幕の向こうには稲光が音を立てて走っている。次の瞬間に地面を叩く音と共に、煙幕を切り裂いて光る玉のような物が複数飛来してくる。
「くっ!?」
ナルガクルガの放った棘のような直線的な動きではない。不規則に動き回る正体の見えない物だ。数が多くて見切れない。
俺は咄嗟に明らかな範囲外とも言うべき地面に伏せて回避を試みた。
通り過ぎる際に羽音が聞こえた。アレは雷光虫か!? 輝きも重圧もまるで別物だ!
直後にジンオウガが動いた。再び前足で叩き潰そうと飛び掛ってくる。
地面を転がって回避するが、上を向いた時にはジンオウガの足の裏らしい太いが鋭く、それでありながら逞しい爪が剥き出しになったそれが眼前に迫ってきていた。二撃目だ!
俺は全身を独楽のように回転させながら跳んで回避を試みた。
「ぐぁっ!」
しかし全身に激しい痛みが走った! 焼けるような痺れるような痛み……感電か!?
更には服が奴の爪に引っ掛かってしまい、そのまま地面に叩き付けられた。
「がはっ!?」
咄嗟に頭は庇ったものの、前面の殆どを強打した。奴の足が地面を強打した際に吹き飛んだ石や砂塵までもが俺を傷つける。
それでも運はある。引っ張られたのはあくまで服だ。直に叩き付けられた訳じゃない。ましては奴の足と地面のサンドイッチにされたわけでもない……そうなれば即死だ。
激痛を堪えて素早く起き上がりながら前方に跳んだ。ジンオウガは既に三撃目を繰り出していた。破砕音と共に衝撃波が発生し、これにバランスを狂わされて着地に失敗した。
「うぐっ!」
背中から地面に落ちたがまだ立てる。
激痛と感電による身体に痺れは全身に及び何処が痛いのか見当もつかないが、幸いにも骨を折ったりはしていないようだ。
刀も無事だ。まだ出来ることはある。
ジンオウガが俺を見ている。追撃を放ってこない辺り、コイツは他のモンスターとは違うのかもしれない。
奴の前足を見る。両方の前足は険しい山中を自由に駆け回るために進化したもののようで、非常に発達しているのが分かる。取り分け両側面……人間で言う薬指と小指は大きく広がり、湾曲した大きな鉤爪が伸びている。あの時回避し損ねたのはアレが原因か。
そういえばあいつ等はどうしたんだ? 逃げていればいいんだがな。手を出そうものならジンオウガの攻撃対象となる。
ナルガクルガに反応出来なかったのなら、コイツには瞬殺される……それだけは避けたい。
足が震える……さっきの感電のショックか。それどころか、全身が痙攣するように震えている―――――だが。
鞘に収めたままの刀を左手で腰に固定しつつ、右半身を前に出して居合いの構えを取る。
……今の状態で大技が出せるか? それ以前に……あの状態のアイツにどうやって斬り掛かれば良い?
意識が明滅し、吐き気がする。―――――まだだ。
ジンオウガはほぼ全身に稲光を纏っている。あの範囲に武器が入り込めば、電流が武器を介して俺自身を直撃する。
軽く触れただけでこの有様だ。あの飛来する雷光虫の直撃などどうなるか考えたくも無い。それどころか……奴はまだ全力を出してない。
勝機は無いに等しい。だが俺はまだ戦える。
痛みと共に何かが脳裏を横切った―――――遠い記憶……幼かった俺と、ジンオウガ――――何だ今のは?
「アウォオオオオオオオオオオオン!」
余計な考えに身体が固まった瞬間にジンオウガが咆哮を上げ、気付いた時にはもう遅かった。
周囲の雷光虫が一斉に飛び立って俺とジンオウガの周囲を舞う。その光景はさながら光の吹雪のようだった。
その光景はあまりにも美しく―――――――ジンオウガが更に咆えて閃光が走った!
「ぐぁぁぁああ嗚呼ああああああああああああああああああああああああああ!?」
全身を襲う痛みに目の前が真っ白になる。
気付いた時には、俺は地面に倒れ伏していた。全身を襲う痛みは最早無い。ただただ、苦しかった。
明滅する意識の中、ジンオウガがゆっくりと俺に近付いて来るのが分かった。
「……嘘」
「そんな……」
それはあっという間の出来事だった。
増援要請の信号が元で起こった双方の激突。
相手の攻撃をギリギリで躱すヴォルフが、お得意の撹乱戦術で相手を翻弄しつつ、隙を見た途端に抜刀してジンオウガすら斬ると思った。
しかし、ジンオウガは更に上手だった。
ヴォルフは反撃どころか、刀を抜く暇すらなく電撃を受けて倒れ伏した。今は地面に倒れて跳ねるようにと痙攣している。
「ヴォル君、ヴォル君!?」
神無が叫ぶがヴォルフは返事を返さない。
神無は今にもヴォルフのもとへ駆け出しそうだったが、そうれは同時にジンオウガの間合いに入ることを意味する。またあの電撃を放たれれば今度は神無までもが倒れることになる。梓はそれを理解して椿と一緒に彼女を抑えている。
その結果、ジンオウガは倒れて動かないヴォルフにゆっくりと近付いていく。
「あ……」
「ジンオウガが!?」
「ヴォル君!?」
ジンオウガから稲光の輝きが消えて無数の光玉がその身体から離れた。同時にジンオウガの身体の棘とも言うべき大きな殻が金属染みた重い音を立てて倒れる。
そしてヴォルフを眼前に見下ろす位置に立った。
ジンオウガは痙攣すらしなくなったヴォルフを、頭から生えた大きな角で仰向けに引っ繰り返した。
「……」
ヴォルフはまだ意識を保っていた。荒い呼吸を繰り返しながらも、ジンオウガを見返している。
「ヴォル君っ!」
「あっ!?」
「神無っ!?」
神無が二人を振り切ってヴォルフへと走った。
倒れたヴォルフを抱き起こそうとするも、力の抜けたヴォルフは重く持ち上がらない。
ヴォルフはヴォルフでジンオウガから視線を放さず、動こうともしない。
「ヴォル君……」
神無はヴォルフを腕に抱いてジンオウガを睨み付けた。ヴォルフを傷つけたこの竜が許せなかった。何故こんな事をしたのか問い詰めたかった。
ジンオウガはそんな二人を見ていたが、徐に視線を外すと背を向けて歩き始めた。
「え?」
神無の間の抜けたような声には反応せずに、森の王は歩を進める。
最後に一度振り返ってヴォルフを一瞥した後、森の王は走り去って行った。
その姿は王の威容に満ちていたが、同時に孤独を表しているようだった。
「神無! 無事!?」
梓と椿がヴォルフを抱えた神無に駆け寄る。
「……梓ちゃん、椿ちゃん。ヴォル君が……」
対する神無は大粒の涙を流しながら、小さな声で返しながら二人を見上げた。腕の中には意識を失ったヴォルフの姿があった。
「……ごめん。私……」
「……何も出来なかった」
梓と椿もそう言って力なくしゃがみこんで項垂れた。
その時、何かがこちらに近づく足音が響いてきた……複数だ。ジンオウガが去った方向とは逆だ。
梓と椿は思わず身構えたが、人の声が聞こえた。
「あ! ギルドの皆!」
「良かった……椿、そこで神無達を見てて」
「うん」
梓が足音の聞こえる方向へ走っていき、数人のハンターと一緒に戻って来る。
「怪我人は誰だい?」
リーダー格と思われるハスキーな声の女性が神無と椿に尋ねた。
その声には緊張感が含んでいる。最悪の事態に備えた熟練者の声だった。
「この人……」
椿が神無の腕に抱えられたヴォルフを指して言う。
「二人は担架を用意。キミは一足先に戻って村長に連絡。キミは気付け薬を用意。さて、診せておくれ」
女性が膝を突いてヴォルフの頬に触れて、首筋、肩、腕、と掌を這わせていく。
「……何があったんだい?」
女性に訊かれ、椿と梓は顔を見合わせ、神無は力なく俯いて言った。
「ジンオウガと戦ったんです」
「雷を受けました」
それを聞いた女性はあからさまに顔を顰めたが、ヴォルフの様態を一通り診終わると、小さな溜息と共に微笑んだ。
「……大した打たれ強さだ。命に別状は無いよ」
女性がそういうと、神無の顔にようやく笑顔が浮かんだ。
「ありがとう。ありがとう。朱美さん」
涙交じりの声で神無が朱美と呼ばれた女性に言った。
「良かった」
「助かったのね」
梓と椿も安心したのか安堵の表情を浮かべている。
「何を安心してるんだ? キミ達は反省しろ。私達の到着を待たなくても出来る事は山ほどあった。何故それが出来なかった?」
不意に朱美の口調が変わった。表情も先程のものより厳しい顔をしている。
「命の危機だったのだろう? なのに何故キミ達は動けなかった? 出来る事はあっただろう? 薬の調合は無理でもその辺の木の枝と上着で簡易な担架位は作れた筈だ」
その厳しい言葉に三人は俯くことしか出来なかった。
「キミ達はまだハンターになってまだ日が浅いとはいえ、こんな調子じゃ死人が出る。身に刻んでおくように」
『はい』
「でも……」
不意に彼女の口調が優しいものに変わった。
「彼を見捨てなかったその心は正しかったよ。それを次に生かすと良い」
『はい!』
彼女の言葉に三人が返事をする。
「担架の準備できた」
「薬もだ」
他のハンター達が報告する。
「よし。じゃあまずはその兄ちゃんを担架に乗せるよ。イチニのサンでいくからね。それと神無、これに薬を染み込ませて飲ませてやりな」
朱美がそう言って小さな手拭いを神無に渡す。
「はい」
「それじゃあ行くよ! アタシ達が運ぶから、椿と梓は前後警戒! 気を抜くんじゃないよ!」
こうして、意識を失ったままのヴォルフを乗せた担架を担いだ一行はユクモへと戻って行った。
その光景を、高所からジンオウガが見詰めていた。森の王は全身に雷を纏い大きな咆哮を上げた。
後書き
ご感想お待ちしております。
今回新たに登場した女性ハンターは、MHP3をやった方ならお分かりになるかも?
彼女は主人公が寝床にしている建物と訓練所の間の壁に持たれている、男っぽい口調の女性ハンターです。
自称門番も出しましたし……あとは誰を出すかな? 出さない可能性も高いですが(笑)
でわでわ。
ページ上へ戻る