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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第十七話 黒真珠の間(その二)



帝国暦 489年 3月31日   オーディン  新無憂宮  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



俺が笑っている傍でミュラーが引き攣っている。引き攣っているのはミュラーだけじゃない、皆だ。阿呆共、俺はコケにされるのに慣れていないんだ。少しは反省するんだな。
「エ、エーリッヒ」
「冗談だよ、ナイトハルト。ちゃんとこうして相手をしてもらってるんだから感謝している。元帥閣下にもそう言うから安心して良いよ」

「そ、そうか」
ミュラーがホッとしたような息を吐く。そんな露骨にホッとするなよ、ついついからかいたくなるじゃないか。
「出来る男がやっかまれるのは仕方ないからね。こんなのは慣れているよ」
「エ、エーリッヒ」

あらあら、今度は皆顔に力が入っている。怒ったのかな、なんで怒るんだ? 俺は事実を言っただけだぞ。君達より俺の方が出来ると評価したのはラインハルトだ、文句あるのか?
「海賊め、良い気になるなよ」

怒り心頭に達した、そんな声を出したのは若手士官の一人ゾンバルトだった。一応初対面なんだよな、知らないふりをしないと。
「知らない方ですね、メックリンガー提督、そちらの方々を紹介して頂けませんか」
俺の頼みにメックリンガーは気の進まない表情をした。理由は分かっている、こいつ等は反黒姫の急先鋒なのだ。そして正規艦隊司令官達、彼らは俺を認めてはいるが好意は欠片も持っていない。ハインリッヒ・リスナーの報告だ。

「紹介しよう、トゥルナイゼン中将、アルトリンゲン中将、マイフォーハー少将、ゾンバルト少将、クーリヒ少将、ザウケン少将だ」
口調に精彩が無い、紹介された方も碌に挨拶もしないしそれを咎める声も無い。つまり此処は敵地だ。
「エーリッヒ・ヴァレンシュタインです、宜しく」
「……」

どいつもこいつもフン、という声が聞こえそうな態度だ。可愛いぞ、お前達。後でゆっくりと遊んでやる。だが先ずはラインハルト登場だ、一応そっちに視線を向けないとな。一時休戦と行こうじゃないか。

ラインハルトが登場すると歓声が上がった。人気あるよな、見栄えも良いし華が有る。一緒に居るのはキルヒアイス、ヒルダ、フェルナー、シュトライトにリュッケだな。ラインハルトが手を上げて歓声に応える、歓声がより大きくなった。なんかプロレスみたいなノリだな。スーパースター登場! となると憎まれ役のヒールは極悪非道、凶険無道の辺境の大海賊、黒姫か。燃えるな、悪役が輝いてこそドラマは盛り上がる。

黒真珠の間には大きな丸いテーブルがいくつも置いてある。そして中央には料理が並んでいる。ビュッフェ形式で親睦会を行うわけだ。俺だったら席を固定にして文官と武官を適当にばらけさすけどな。その方が親睦を深める事になると思うんだが……、まあ気休め、って事だな。

俺がさっき居た場所もテーブルの近くだったんだがテーブルには誰も居なかった。今は結構人が居る。俺が居なくなるのを待っていたのかな、不愉快な連中だよ。ラインハルトの挨拶が終わると歓談の時間だ。若手の士官達が料理に向かう。あんまりがっつくなよ、みっともないぞ。

トゥルナイゼン達が戻ってきた。テーブルの上に料理を置いて行く。なるほど、自分の分だけじゃない、ミュラー達上級者の分か。軍隊は完全な階級社会だからな、まずは上位者の分を調達か……、それは急いで料理を取りに行くわけだ。がっつくなと言ってもがっつかざるを得ない。そして当然だが軍人では無い俺の分は持ってこない。分かりやすいよな、ホント可愛いぜ。

「エーリッヒ、一緒に食べよう」
ミュラーが困った様な笑顔で俺を誘ってきた、良い奴だな、お前は。
「いや、気遣いは無用だよ。此処に来る前に食事は済ませたんだ。長居をするつもりは無いからね」
嘘じゃない、適当なところでラインハルトと話をして帰る、そう考えていた。
「……そうか、……じゃあ、頂くよ」

嘘でもいいからちょっと食べれば良かったか、ミュラーが切なそうだ……。他の連中もバツが悪そうな顔をしている。嬉しそうなのはトゥルナイゼンとかあの辺だな。まあ正規艦隊司令官クラスと比べると指揮官としての能力も落ちるけど人間としても落ちるか。食べ物で差別とか人間としての品性が露骨に出るな。

「黒姫の頭領、メルカッツ提督はお元気かな」
気を遣ってるのかな、ファーレンハイトが話しかけてきた。
「お元気ですよ、ファーレンハイト提督。今はウチの艦隊を鍛えてくれています」
「そうか……、俺が言うのもなんだが宜しく頼む」
「承知しました、メルカッツ提督にお伝えする事は有りますか?」
「……いや、無い」
「……」

ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ。自由惑星同盟に亡命しようとしたがイゼルローン要塞が陥落した事で行き場が無くなった所を黒姫一家に捕まった。ラインハルトの所に行ってはどうかと勧めたのだが割りきれなかったのだろう、首を縦には振らなかった。ラインハルトには事情を話し俺の所に出向という形で預かっている……。ファーレンハイトはメルカッツとは縁が有る、気になるのだろう。

「ところで黒姫の頭領、イゼルローン回廊で艦の残骸を除去しているそうだが何時頃終わるのかな」
今度はワーレンだ。ま、この中では比較的親しい方だからな……、俺の勘違いかな?
「当分終わりそうにないです。残骸と言っても大きいのになると戦艦が真っ二つになったのとかあるんです。そんなのがごろごろしている。小さいのはその何倍、何十倍と有るでしょう、きりが有りません」
俺の言葉に皆が顔を見合わせた。

「儲かっているそうだが」
「え、儲かるのか」
「そうらしい」
ルッツとファーレンハイトだ。さすがだな、ファーレンハイト。そこに喰いつくか。俺の方を本当か、と言った目で見ている。

「事実です、儲かりますよ。儲けるために始めたわけではありませんが」
今度は彼方此方で唸り声が起きた。やっぱり人間、金には興味あるよな。
「まるで清掃係だな、アムリッツアでも同じ事をしていた」
ザウケンか、よっぽど俺が気に入らないらしいな。嘲笑が響き渡った。阿呆共が一緒になって笑っている。

「その辺にしておけ」
おやおや、ビッテンフェルトが俺を庇っている。悪いもんでも喰ったか、それとも腹が満ちて猪の性格が丸くなった? だがどちらにしても俺には不要だ、俺は阿呆共の相手をするのが大好きなんだ。ついでに言うとそんな嫌々制止されても全然嬉しくない。全部まとめて喧嘩を買ってやるよ。ここには喧嘩に来たんだ。

「その通り、清掃係ですよ。最近は散らかす事は出来ても片付けの出来ない人が多いんです。困ったもんですよ、ウチは他所様の尻拭いばかりしている。少しは自分で尻を拭いて欲しいものです」
俺も笑ってやった。皆顔が強張っている。俺の隣でミュラーが溜息を吐いた。済まんな、ミュラー……。

「貴様、我々を侮辱するのか!」
その通りだ、阿呆。今頃気づいたのか、鈍い奴め。
「落ち着きなさい、ザウケン少将。親睦会で大声を上げてどうするんです、周りが驚いていますよ」

周囲の視線がこっちに向いているのに気付いたのろう。ザウケンの阿呆が一生懸命平静を装おうとしている。可愛い奴、からかい甲斐が有るよな。あらあら、メックリンガーとワーレンが溜息を吐いている。ビッテンフェルトとアイゼナッハは食事に夢中だ、いや食事に夢中の振りかな。お前ら本当に客のもてなし方を知らないよな。ザウケンの方がまだましだぞ、阿呆だけど楽しませてくれる。

ウェイターが傍を通ったので呼びとめた。手にトレイを持ち飲み物が置いてある。アルコールの無い物を確認するとグレープフルーツジュースとジンジャーエールがトレイに有った。迷わずグレープフルーツジュースを取る。それを見て何処かの馬鹿が”子供だな“というのが聞こえた。子供はお前だろう。

「酒は飲まないのか」
ファーレンハイトが問いかけてきた。
「ええ、あまり飲めないんです。それにブラスターを持っていますからね。酔って手元が狂うと危ない」

皆顔を見合わせている。まあ警備以外の人間は非武装のはずだ。どうやら俺がブラスターを持っている事は知らなかったらしい。ルッツが声をかけてきた。
「良ければブラスターを見せてくれるか」
「良いですよ」
ルッツは射撃の名手だからな、興味あるんだろう。雰囲気を変えようと言う思いも有るのかもしれない。ブラスターをパドルホルスターから抜き取りルッツに渡すとしげしげと見始めた。

こういう時、男ってのは子供に帰るよな。ファーレンハイトやワーレン、メックリンガーも興味深そうに見ている。アイゼナッハとビッテンフェルトもだ。ミュラーからはちょっと遠いな、残念だ。
「これは何の皮かな」
「エイですよ」

俺は滑り止めにエイの皮をグリップに貼っている。昔、カストロプの手下に襲われた時、怪我した所を右手で触ってしまった。その所為でグリップが血でヌルヌル滑ってどうにも落ち着かなかった。それ以来エイの皮を使うようにしている、先代の頭領に奨められた事だ。その時言われた、“利き腕は常に使えるようにしておけ、エイの皮もそのためだ”。不器用だが渋い親父さんだった……。

「なるほど、しっくりくるな……。それにかなり使い込んでいる、手入れも良い。エイの皮か、俺も使ってみるかな」
「ルッツ提督、俺にも触らせてくれないか」
ルッツの言葉にワーレンが反応した。そしてワーレンに渡そうとしてちょっと訝しげな表情をし、俺を見た。気付いたか……。

ワーレンは受け取るとグリップを強く握って“なるほど、感触が良いな”と言っている。ビッテンフェルトも“そうか”と声を出した。そのうち帝国軍でもエイの皮が流行るかもしれないな。エイが絶滅しない事を祈るのみだ。アイゼナッハも手を出した。その手にワーレンからブラスターが渡る。こいつも首を傾げた。

正規艦隊司令官達が見終わると阿呆共にブラスターが渡った。何だかな、顔を見合わせている。ゾンバルト少将がブラスターを握ると俺に銃口を向けた。嫌な笑みを浮かべている。
「黒姫、命が惜しかったらヴァンフリート星域を帝国へ渡してもらおう」
阿呆共はニヤニヤ笑っている。正規艦隊司令官達は眉を顰めただけだ。大体予想通りだ。阿呆共、あんまり予想通りなんで欠伸が出た。もう少し意表を突いてくれ。“ヴァンフリート星域を帝国へ渡さないとお前のブラスターで自殺する”とか“他の奴を撃っちゃうぞ”とか。

「何を欠伸などしている! 死にたいのか」
「撃ったらどうです、遠慮せずに」
うん、我ながら投げやりな声だ。可笑しくて笑い声が出た。
「止せ、エーリッヒ。ゾンバルト少将も馬鹿な真似は止めろ」
ミュラーが顔を青褪めさせている。他の連中は困惑だな、どうせゾンバルトは撃たないと見ているのだろう。他のテーブルでもこっちを見始めた人間が居る。これは引くに引けないな、ゾンバルト。顔が引き攣ってるぞ、“貴様”とか呻いているが大丈夫か?

ルッツが溜息を吐いた。
「ゾンバルト少将、そのブラスターにエネルギー・カプセルが入っているか?」
「えっ」
キョトンとしたゾンバルトが慌ててブラスターを折って調べた。エネルギー・カプセルは入っていない、呆然としている。多分輸送部隊をヤンに撃破された時も同じような顔をしていたんだろう。間抜け、笑いが止まらん、本当に楽しませてくれる。エネルギー・カプセルは此処に来る前に抜いたんだ。

「貸せ、馬鹿が」
ルッツが的確な評価をするとブラスターをゾンバルトから取り上げ俺に差し出した。不機嫌そうな顔をしている。ルッツだけじゃない、他の連中もだ。心外だな、ゾンバルトが馬鹿をやったからって俺の所為か? エネルギー・カプセルが入っていた方が良かったのか、俺が死んだ方が。“済まなかった”の一言もない。上等だ、お前らがそんな態度取るんなら俺にも考えが有るぞ。

ブラスターを受け取るとポケットからエネルギー・カプセルを取り出した。皆の視線が俺の手元に集中した。ブラスターにカプセルを押し込んでセットする。皆を見渡した、緊張しているのが見える。黙ってブラスターを突き出した。銃口は俺の方に向いている。

「ゾンバルト少将、今度はエネルギー・カプセルが入っています。私を殺せますよ」
「な、何を考えている」
「このまま引金を引くだけで私を殺せると言っているんです」
唖然としているゾンバルトを見てにっこりと笑みを浮かべた。おいおい震えてるよ、こいつ。

「何を考えている、馬鹿な真似は止せ」
「そうだ、エーリッヒ、メックリンガー提督の言う通りだ」
メックリンガーとミュラーが止めようとする。残念だな、もう遅い。
「ゾンバルト少将はローエングラム公に私を殺せと命じられているんです。そうでしょう?」

皆がギョッとした表情で俺を見た。
「馬鹿な、何を言っている」
「隠さなくても良いでしょう、ゾンバルト少将。……普段辺境に居る目障りな海賊がオーディンに来た。滅多にない機会だが部下が周囲を固めている。よって親睦会に招待した。黒真珠の間には一人で来るはずだ。奴は武器を持っている。その武器を奪って事故に見せかけて殺せ……。間違っても命の恩人を謀殺したなどと周囲に言わせるな……」

皆顔が強張っている、ゾンバルトは凄い汗だ。大丈夫か、こいつ。少し安心させてやるか。
「大丈夫ですよ、周りは皆事故だったと言ってくれます。ナイトハルトを除けば皆、私を嫌っていますからね。そう、今ならローエングラム公を誹謗したと言って殺すことも出来る。受け取りなさい、欲しかったのでしょう、これが」

俺がブラスターを突きだすとゾンバルトは後ずさりした。後ろに居たクーリヒとぶつかる。
「いい加減にしろ! 悪ふざけが過ぎるぞ!」
「そうだ、ビッテンフェルトの言う通りだ」
ビッテンフェルトが怒鳴るとワーレンが後に続いた。

「ふざけてなんかいません。本気ですよ」
「……」
黙り込んだ連中を見渡した。にっこり微笑んでやる。おいおい、皆顔が引き攣ってるぜ。

「ローエングラム公からの招待でしたが、どう見ても歓迎されているとは思えない。何か裏が有ると思いましたが案の定です。ゾンバルト少将が私を殺そうとした。止めようとしたのはナイトハルトだけです。下の人間と言うのは上の人間の望みを敏感に感じ取るものですよ。皆さんはローエングラム公が私を目障りだと思っているのを知っていた。だから私が死んでも構わないと思った、だからゾンバルト少将を止めなかった、違いますか?」
「……」

「引金を引くだけで殺せますよ。さあ、誰が引きます?」
「……」
「さあ」
皆を見渡す。一人、また一人……。皆、顔を強張らせて黙り込んだ。阿呆共が、全員ここで凍りつけ。俺はお前達に猛烈に腹を立てているんだ。



 
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