戦国異伝
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第八十四話 炎天下その八
「そうしようぞ」
「必ずのう」
二人はこう話してこれからのことを決めた。そのこれからとは今日のことである。
織田家の軍勢は炎天下の中布陣していた。そしてそれは六角も同じだった。
彼等は暑いその中に布陣していた。場所は野洲川の対岸だ。そこに位置してだ。
そのうえで前にいる織田家の軍勢を見た。そのうえで汗を手拭で拭きながらだ。彼等は話していた。
「やれやれ、暑いのう」
「この暑さはどうにかならぬのか」
「この暑さの中で戦とはな」
「やってやれぬわ」
柴田達の読み通りだった。彼等も暑さの中で苦しんでいた。
そしてだ。彼等はこうも言うのだった。
「のう。敵はまだ来ぬのか」
「動く気配はないわ」
「ううむ、こんな暑い場所に一刻もいたくはないのじゃが」
「何時攻めて来るのじゃ」
「はよう来い」
いい加減じれてみていた。それは本陣でも同じでだ。
六角はうんざりとした顔でだ。居並ぶ己の家臣達にこう問うていた。
「織田の軍勢はまだ動かぬか」
「はい、まだです」
「まだ動きませぬ」
こうだ。家臣達も汗をかきながらうんざりとした顔で六角の問いに答える。
「昨日来ましたしすぐに攻めて来ると思ったのですが」
「それでも動く気配がありませぬ」
「そろそろと思うのですが」
「どういうことなのでしょうか」
「数は一万じゃな」
六角は織田の軍勢の数も尋ねた。
「それ位じゃな」
「はい、そうです」
「おおよそその位です」
「それだけいます」
数についてはだ。家臣達も淀みなく答えられた。
「数は互角です」
「おおよそでありますが」
「まずはそれ位と思って下さい」
「左様か。織田の兵は弱いがのう」
六角もだ。織田の兵はこう見ていた。実際に織田家の軍といえば弱兵だ。
だがそれでもだ。それはだ。
「だが我等の兵ものう」
「やはりここは伊賀者か甲賀者の手を借りるべきだったでしょうか」
「忍の者達の」
「それで火付けなり闇討ちなりを仕掛ける」
「そうすべきだったでしょうか」
「いや、あの者達はどうもわからぬ」
しかしだ。六角は家臣達の言葉に難しい顔で答えたのだった。
「動きが読めぬ。特に伊賀のじゃ」
「百地ですか」
「あの者ですか」
「あの者は一体何者なのじゃ」
六角はいぶかしむ顔で百地という者について言及した。
「他の伊賀者はわかるのじゃがな」
「ですな。服部といい」
「甲賀にしてもわかります」
「しかし。伊賀のあの者はですな」
「怪しき者ですな」
「まさに怪しいのじゃ」
それが百地だというのだ。
「何を考え何をしておるのかがじゃ。全くわからぬな」
「はい、全くです」
「あの者については」
家臣達も六角と同じことを言う。
「何故か黒い服を常に着ておりますし」
「あれはどうも百地家の伝統の様ですが」
「しかも黒というより闇でございます」
その色の服をだ。百地は常に着ているというのだ。このことについて六角の家臣達は無気味なものを感じずにはいられなかった。そのうえで言うのだった。
「闇の色の衣なぞ」
「上杉殿の黒は水の黒ですが」
五行思想だ。五行思想においては黒は水、そして北だ。冬でもある。
上杉は己はその水を己の象徴としているのだ。これは毘沙門天は即ち多聞天であり四天王の一人として北を守っているからこそそうなったとも言われている。
だが百地のだ。その闇はというのだ。
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