戦国異伝
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第八十四話 炎天下その七
「今日一日分しかないぞ」
「そこまでじゃな」
「若しも何かあればじゃ」
戦に破れれば、佐久間はその危険を口にした。
「わかるであろう」
「このまま一気にじゃな」
「そうじゃ。この城も手放さざるを得なくなる」
六角との戦に破れればだ。そうなるというのだ。
「そしてじゃ」
「伊賀どころか近江もじゃな」
「危うくなるぞ。一旦敗れればのう」
「水がないとどうにもならぬ」
柴田は腕を組み佐久間に答えた。
「そして最早この城にはじゃ」
「水がないのう」
「井戸はあっても今は少ない」
水がだ。あまり出ないというのだ。
「だからじゃ」
「辛いのう」
「今日の戦で敗れればどうする」
慎重派の佐久間らしい意見だった。彼が退く際に殿軍を任されることが多いのはその慎重な性格も一因しているのだ。信長はそうしたところも見ているのだ。
「そうなれば」
「さすればじゃ」
「さすれば?何じゃ」
「勝てばよい」
実に簡単にだ。柴田は答えてみせた。
「そうすればよいだけじゃ」
「勝てばか」
「そうじゃ。負ければ危うくなるならばじゃ」
勝つ、そうすればよいというのだ。これが柴田の考えだった。
「勝てばよい」
「相変わらずの強気よのう」
「では聞くが弱気のわしはよいか」
柴田は佐久間の今の言葉に不敵な笑みで返した。髭だらけのその顔が動く。厳しい顔であるがそれでもだ。そこには妙な人間味もあった。
その柴田の笑みを見てだ。佐久間も自然と笑みになりだ。こう彼に言った。
「そんなもの考えられぬわ」
「ほれ、答えは出ておるではないか」
「まさに相変わらずよのう」
「そうじゃ。わしは変わらぬ」
自分でだ。柴田はまた言う。
「わしのままじゃ」
「ではじゃ。やるのじゃな」
「うむ、勝つ」
そうするとだ。柴田は言い切った。そうしてだった。
彼は佐久間にだ。こうも告げたのである。
「ではじゃ」
「今日仕掛けるのじゃな」
「わしのやり方でよいか」
「攻めるのじゃな」
「攻めるのはわしじゃ」
織田家の武の二枚看板のうちの一枚としての言葉だった。
「そして守るのは御主じゃな」
「そうじゃな。殿が我等二人を共にここにあたれたのは」
「わしが攻める。そして必ず勝つ」
「しかし御主の攻めだけでは足りぬからじゃな」
「わしは粘りがない」
柴田はその果断な性格故に確かに攻めは激しい。しかしなのだ。
粘りがないのだ。攻めが止まるとそれで終わることが多い。もっとも柴田の攻めを防げる者は織田家においては佐久間がどうかという位であるがだ。
そのことを踏まえたうえでだ。柴田は佐久間に言うのである。
「この度の戦では攻めでも粘りが必要な様じゃがな」
「それでわしじゃな」
「そうなる。わしが攻めるがじゃ」
「わしが共におることでじゃな」
「その攻めに粘りが加わる」
織田家の二枚看板が揃う、その相乗効果を狙ってだ。信長は二人を共にこの近江に向かわせたのだ。その二人が最もわかっていることだった。
それでだ。その一人である柴田は言うのだった。
「それならば勝てる」
「これだけ厄介な状況でもじゃな」
「それも敵を完膚なきまで叩いてのう」
「この一戦で決める」
今度は佐久間が言い切った。
「勝ちそれでじゃ」
「伊賀までじゃな」
「そうじゃ、伊賀も手中に収めようぞ」
「では六角を完膚なきまで叩いてじゃ」
まずはそれが先決だった。勝つにしてもだ。
「そしてそのうえで相手に話してじゃな」
「うむ、下せばよい」
敵を叩いて終わりではない。そこから相手と話すというのだ。
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