戦国異伝
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第八十一話 信貴山城その九
その先陣の松永もだ。馬上でこんなことを言っていた。
「摂津か和泉で信長様と御会いするかのう」
「そのどちらかで、ですか」
「あの御仁と会われると」
「そうなるというのですか」
「左様。楽しみじゃ」
こう言うのだった。
「その時がのう」
「前から思っておりましたが殿は織田殿がお好きなのでしょうか」
家臣の一人が主にこう問うた。
「そうなのでしょうか」
「見ればわかると思うが」
思わせぶりな笑みでだ。真綱がはその家臣に返した。
そしてそのうえでだ。こうも言うのだった。
「あれだけの方はおられぬぞ」
「左様ですか。しかしそれは」
「よくはないというのじゃな」
「はい、あの御仁は我等にとってはです」
「敵だというのじゃな」
「そうです。ですから」
敵故にだとだ。その家臣は言うのだった。
「あの御仁にあまり惚れ込むのは」
「よくはないか」
「そうです。あの御仁は我等の一族にとって厄介な相手ですから」
「そうじゃな。確かにのう」
「わかっておられるではないですか」
「ははは。一族じゃが」
その一族自体にだ。松永は言うのだった。
「わしは確かにあの一族じゃが」
「そうです。十二家の一つではありませんか」
「殿は十二家の一つ松永家の主です」
「その殿が何故そう仰るのですか」
「一族がどうかとは」
「わしはわしではないかのう」
松永は少しいぶかしむ感じになってこんなことを述べた。
「そうも思うが」
「いえ、我等の一族は闇に生きる者です」
「その闇に生きる者としてそれはです」
「考えることすら許されません」
「決して」
「では今の考えを消せというのじゃな」
松永は家臣達に問い返した。こう。
「わしのそうした考えは」
「我等ならよいのですが」
「若し他の家の方に聞かれればです」
「そして長老のお耳に入れば」
「殿とて危ういです」
「ですから」
「そうじゃな。ではじゃ」
どうかというのだ。松永はここでこう言ったのだった。己の家臣達のお言葉を受ける形で。「
「このことは言わぬ様にしよう」
「はい、それではお願いします」
「さもなければ危ういのは殿です」
「ですから」
「一族の。闇の掟は鋼の様なもの」
それをだ。言ったのは松永自身だった。
そのことを心に刻みながらだ。そうしてだった。
彼のその中でだ。あるものを感じながらだ。こう言っていくのだった。
「それはわしもよく知っておるが」
「左様です。我等まつろわぬ者達の掟は殿が最も御存知の筈です」
「十に家の一つ松永家の主なのですから」
「一族の掟に僅かでも逆らえばどうなるか」
「そして裏切れば」
「裏切りは死じゃ」
まただ。他ならぬ松永自身が言った。
「そのことは絶対じゃ」
「ですから。滅多なこともです」
「何があっても言わないで下さい」
「まことに長老のお耳に入ればそれで終わりです」
「殿の首が身体から離れます」
そうなっていくとだ。家臣達は強い声で言っていくのだった。
そしてあらためてだ。彼等は己の主に告げた。
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