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戦国異伝

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第七十八話 播磨糾合その五


「このこと兄上にお話しておく」
「では褒美は思いのままですな」
「そこでそう来るか」
「それで母上をさらに楽にしてあげられますので」
「また御母堂か」
「左様です」
「御主は母君を大事にするのう、まことに」
 信行も羽柴のこのことには感心する。しかしだ。
 彼は顔を曇らせてだ。こうも言ったのだった。
「しかしそれができるのは羨ましいことじゃ」
「弟を含めてですか」
「無論じゃ。織田家ではな」
 他ならぬ彼の家ではだ。どうかというのだ。
「そんなことはできん」
「できませんか、親孝行は」
「わしは何とか出来るが兄上はのう」
 信長のことである。織田家の主のだ。
「それができん」
「そういえば殿はお母上とは」
「幼い頃なのじゃ。あまりな」
 母親からは嫌われていたのである。信長も誰からも好かれていた訳ではないのだ。
「父上は兄上を目にかけておられたがな」
「それでもですか」
「母上はどうもな」
 そのことを難しい顔で話すのだった。
「兄上の傾くことや新しいものを好まれることをじゃ」
「お好きになれなかったと」
「そうじゃ。母上は礼儀正しいことを好まれるからじゃ」
 傾奇を愛する信長は時として礼儀を破る。それでなのだった。
「幼い頃から。母上は兄上とは折り合いが悪いのじゃ」
「殿も誰からという訳ではありませんか」
「残念なことにのう。兄上はいささか誤解されやすいところがある」
 信行にとってもこれは残念なことだった。それでだ。
 その難しい顔でだ。彼はこうも述べたのだった。
「母上にもわかって頂きたいがじゃ」
「しかしそれでもですか」
「そこが難しいのでございますか」
 羽柴だけでなく秀長も話に入るのだった。
「そういえばそれがし達も御前様には殆ど御会いしておりませぬ」
「ですからどういった方かさえも」
 知らないのだった。そしてそれはだ。
 蜂須賀も同じでだ。彼に至ってはこんなことを言う始末だった。
「殿の御母上?そういえばおられたのう」
「小六は会っていなかったか」
「はい、実は」
「こうした者もおる。重臣達でもな」
 蜂須賀も織田家の立派な重臣の一人となっていた。しかしだ。
 その彼ですらだ。信長達の母土田御前にはなのだ。
 会ったことがなくだ。それでこう言ったのである。
「せめて人前にも出てくれれば違うと思うが」
「殿が天下を握られれば変わるのではないでしょうか」
 蜂須賀はその太い首を傾げさせながら言った。
「天下人として錦を飾られれば」
「どうかのう。望みは薄いと思うが」
 信行は蜂須賀と同じく首を傾げさせた。見れば彼と逆の方にだ。
 それで左右対称になっている。そのまま言うのだった。
「まあそれでもひょっとしたらじゃな」
「変わるかも知れませぬな」
「ひょっとすればですが」
「兄上にしても考えておられる筈じゃ」
 母のことはだ。それはだというのだ。
「それがよい方向に動けばよいがのう」
「政や戦のことはどうにかなろうとも」
 蜂須賀は自然に心配する顔になっていた。信長と母親のことを考えてそうなっているのだ。そしてそのうえでだ。今度はこんなことを言ったのである。
「家族のことはまた別ですな」
「そうじゃな。わしも今わかった」
 信行は今も考える顔だった。 
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