戦国異伝
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第七十三話 近江掌握その十
だがこのことを述べてからだ。信玄は広い目になって述べた。
「しかしこのことは我等にとってはよいことじゃ」
「織田信長と公方様の軋轢に付け入りますか」
穴山が信玄にここで問うた。鋭い目になり。
「そしてそのうえで我等が」
「うむ、天下を握る」
天下を見ているのは信長だけではなかった。信玄もなのだ。
そしてその信玄がだ。こう言うのだった。
「それ故にじゃ。今は見ているだけじゃが」
「政が一通り整えば」
「そして都で軋轢が生じれば」
「その時にこそ」
「その時には織田は相当な勢力となっていよう」
だが、だ。それでもだというのだ。
「しかしわしは勝算のない戦はせぬ」
「では勝てる時にですか」
「そこを衝かれますか」
「織田にも隙は必ずできる」
もっと言えばだ。隙のできぬ者はないというのだ。
信玄はこのことを確信していた。そのうえでの話だった。
「そこを衝けばよいのじゃ」
「隙がなければ作るまで」
「左様ですな」
「そうして攻めますか、織田を」
「そうじゃ。しかし隙ができる様に仕掛けるまでもあるまい」
その必要はないトも述べる信玄だった。
そしてだ。彼はこうも言うのだった。
「織田が近畿を手に入れれば必ずじゃ」
「そこで隙ができますか」
「必ず」
「近畿には様々な勢力が存在しておる」
信玄は既にこのことを知っていた。そのうえでの言葉だった。
「国人も多ければ朝廷もあるし寺社もおる」
「寺社ですか」
「そしてその中でも大きいのが幾つかありますな」
「比叡山延暦寺じゃ」
まずはこの寺のことを言った信玄だった。
「あの寺は広大な荘園と多くの僧兵達がおるな」
「はい、実に多いです」
「そして強いです」
ただ僧兵達が強いだけではないのだ。彼等の背には延暦寺の権威がある。
彼等はその権威をも背負ってそのうえでそこにいるのだ。その彼等についてだ。
信玄は難しい顔でだ。こう述べるのだった。
「あの者達と揉めることはわしも避けたい」
「武田氏としてもですか」
「延暦寺とは」
「揉めてよいことはない」
これが信玄の彼等への考えだった。彼は出家して僧にもなっているし僧に位階も延暦寺から貰っている。だからこそ余計になのだ。彼は寺社、とりわけ延暦寺には弱いところがある。
それでだ。彼は言うのだった。
「あの寺が動けば織田も危うい」
「その場合に隙ができる」
「あの織田にも」
「そうじゃ。そこを狙う」
まずはそうするというのだ。織田のその隙をだ。
そしてだ。さらに言う信玄だった。
「もう一つは本願寺や」
「確かに。あの寺の本拠は石山です」
「あの地にあります」
そのだ。近畿にあるのだ。これも大きかった。
「ではその本願寺と織田が衝突すれば」
「その時は」
「恐ろしい戦になる」
信玄はその場合のことをこう看破した。予想しているのだ。
そのうえでだ。二十四将、そして幸村に述べた。
「織田もその頃は十五万の兵がおるだろうしのう」
「そしてその十五万の兵と本願寺の一向一揆が争う」
「がっぷり四つに立ってですか」
「確かに。そうなればです」
「さしもの織田も無傷ではいられませんな」
「そしてそこに隙ができる」
「この場合も」
二十四将達もわかった。そしてそれはだ。
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