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戦国異伝

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第七十話 都への出陣その八


「権門の方々のみが。代々重く用いられており」
「家としてはか」
「はい、少なくともそれがしには合いませんでした」
「それで幕府に入ったのじゃな」
「左様です」
 明智の人生の内幕だった。斉藤家を去ってから彼も色々とあったのだ。
「そうしました」
「そして今ここにおるな」
「さすれば。今は」
「うむ。御主達にも客将として働いてもらう」
 満面の笑みを浮かべてだ。信長は明智達に述べた。
「期待しておるぞ」
「有り難き御言葉。それでは」
 こうして明智や細川達も織田家の将の中に加わった。そうしてだ。
 織田家の大軍と共に出陣する。その大軍の中でだ。
 森がだ。本陣にいる将の一人となった木下にだ。こう言ってきたのである。
 森はその忠誠と武勇を買われて信長のお側役となった。その彼が木下に尋ねたのである。
「猿、出陣の時の話じゃが」
「姓のことでございますか」
「御主、まことに名を変えるつもりか」
「はい。しかし具体的に何にするかといいますと」
「思いつかぬか、また」
「これがどうも」
 首を捻りながらだ。森に述べる木下だった。
「思いつきませぬ。中々」
「そうじゃな。世の中姓を貰い受けることはあるし自ら姓を変えることもあるがな」
「実際に自分でしてみるとこれがどうにも」
「難しいか」
「さて。どれがいいものか」
 先程は右でだ。今度は左に首を捻りだ。木下は森に考える顔を見せるのだった。
 そうしてだ。あらためて彼に話した。
「出る前に女房と話もしましたが」
「それでもか」
「はい。まあ女房との話のことはここでは内緒で」
「ねね殿じゃな」
「これがいい女房でして」
 話がそちらに移る。するとだ。
 木下はその顔を急ににこやかにさせてだ。森にこんなことを話すのだった。
「いや、このねねがまことにです。それがしには過ぎたる女房で」
「何じゃ、のろけか」
「まあそうでしょうか」
「そこは否定するところじゃぞ」
 思わずだ。森も笑って木下に返す。
「何故そこでそうだと言うのじゃ」
「どうも。ねねのことになりますと」
 にこにことしながらだ。木下は話していく。そのせいで馬から落ちそうにもなっている。
「自然とこうなりまして」
「それだけ惚れておるのか」
「可愛いだけでなく家事も全て万端で」
「何でもするのか」
「いや、料理にしても裁縫にしてもです」
「全部ねね殿がやっておるのか」
「左様です。いや、見事な女房でございます」
 木下のねねへののろけはあらゆることに及んでいた。そのことについてはとりわけ飾りがない。木下の地がさらに出ていた。そのうえでの話だった。
「あれだけの女房は他にはおりますまい」
「どうだか。他にもおるかも知れぬぞ」
「いやいや、それはありますまいて」
「織田家の家臣の女房はよきおなごが多い」
 森はのろける木下に話していく。
「わしにしてもそうじゃし又左にしろじゃ」
「むっ、まつ殿でございますか」
「あれもまたよき女房じゃぞ」
「確かに。あの奥方もかなり」
「帰蝶様にしろそうではないか」
 他ならぬだ。信長の正室である彼女の話も出た。
「そうじゃな。あの方にしてもじゃな」
「確かに。言われてみれば」
「よき女房がよき家を支えるのじゃ」
「しかし与三殿、ねねはです」
 木下はかなり食い下がる。
「それこそです。帰蝶様の次に」
「よき女房というのじゃ」
「左様です。それこそです」
「まあ御主の中ではそうなのじゃな」
 森も呆れて苦笑いになって木下に述べる。
「それならそれでよい。しかしじゃ」
「しかしですか」
「姓のことはねね殿にも話したのじゃな」
「左様です。さて、どうしたものか」
 このことには首を傾げる木下だった。とにかく今はだ。彼にとっては難問だった。その姓のことは。
 だがだ。その彼に森はまた言った。
「しかしそれでもじゃな」
「はい、何とか決めます」
 それはだというのだ。
「それがしもそうしますので」
「そうじゃな。それではな」
「またその時に」
「うむ、楽しみにしておるぞ」
 森は今は温かい笑みで木下に話した。
「御主の新しい名をな」
「そうさせてもらいます。では」
 この話を終えてだ。木下もまた都に向かう。その彼等の前には六角に三好がいた。そして松永久秀も。前に立ちはだかる敵は実に多いのだった。


第七十話   完


                    2011・12・10 
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