戦国異伝
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第七話 位牌その五
「そうらしいな」
「大殿の御葬儀にですか」
「何かされておるらしい」
「お父上の御葬儀以上に大事な用があるのですか」
「それは私にもわからぬ」
平手とは好対象に落ち着いている信行だった。
「しかしまだ来られぬ」
「奥方様も来られているというのに」
平手は今度は帰蝶を見て言った。
「何を考えておられるのか」
「まあまあ平手殿」
「まずは落ち着かれてはどうですか?」
その彼に声をかけたのは坂井と金森だった。
「殿の気まぐれはいつものことです」
「かりかりされても仕方あるまい」
「御主等がそう言って殿を甘やかすからじゃ」
平手は彼等に対しては少し怒って返した。
「全く。殿がああいうふうになられてじゃ」
「しかし焦っても仕方ありませぬぞ」
「そう思いますが」
今平手に言ったのは武井と島田である。
「落ち着かれてです」
「そうすれば問題はありますまい」
「茶でも如何ですかな」
林も実に落ち着いたものである。
「何なら淹れまするぞ」
「ええい、新五郎そなたまで」
平手はその林に対しても矛先を向けた。
「そなたといい権六といいじゃ。殿に対して言わぬから」
「言う必要がないのではないですかな」
「左様、慶次などとは違って」
林に続いてその柴田も参戦してきた。折り目正しい服に濃い髭という格好でだ。顔を崩して笑ってみせたうえでの今の言葉だった。
「あの悪戯者は何度ぶん殴っても聞きませぬ故」
「ええい、そういえばあの悪戯小僧はじゃ」
平手から見れば織田家随一の武辺者も小僧であった。
「朝わしの馬の尻尾を厩の柱に括りつけておった。とんでもない奴じゃ」
「おやおや、それはまた慶次らしいですな」
佐久間盛重も至って落ち着いたものだった。
「相変わらずですな」
「笑って済む話か。そういえば慶次は何処じゃ」
「城の外におります」
彼の叔父の前田が答えた。
「それが何か」
「何処に行ったかと思えば」
「よいのではありませぬか?」
眉の白い男が言うのだった。
「別に」
「喜太郎か」
「はい」
前野長康、彼もまた信長の家臣であった。
「それでよいと思いますが」
「これでよいのか」
「殿らしいではありませぬか」
実に落ち着いたものであった。彼もだ。
「ここぞという時に来られて」
「そうされるというのか」
「そしてここぞということをされます」
前野はこうも言った。
「それでいいではありませんか」
「そういうものか」
「はい、そうです」
「しかしそれでもだ」
平手の心配は尽きない。この辺り実に平手である。やきもきとさえしている。
「殿だぞ」
「はい、殿です」
「何をされるか心配だ」
「どうしてもですか」
「まさか。またしても突拍子もないことをされるか」
このことも心から心配しているのであった。
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