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戦国異伝

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第六十三話 岐阜その九


「割れた茶器はどうにもならぬとな」
「覆水盆に帰らずですな」  
 沢彦は静かにこう述べた。
「そういうことですな」
「そうじゃな。割れた茶器はどうにもならぬわ」
「形あるものは全て壊れますので」
「全くじゃ。そのことがよくわかったわ」
「そして、ですな」
 あらためてだ。沢彦は信長に尋ねた。
「この稲葉山のことですな」
「そうじゃ。ただ稲葉山とだけ呼ぶのも愛想がない」
 信長はここではいささか残念な顔で述べる。
「何か他によい名前があればよいのじゃが」
「そうですな。殿はこれから」
「天下を目指す」
 そのことはだ。沢彦にもはっきりと答える。
「絶対にじゃ。そうするぞ」
「さすればです」
 そのことを聞き終えてからだ。沢彦は。
「一つよい名があります」
「ほう、もう考えたのか」
「前から思っていた名ですが」
 こう前置きしてからだ。沢彦は話す。
「岐阜という名は如何でしょうか」
「岐阜というと」
 その名を聞いてだ。信長はすぐに考える顔になりこう述べた。
「義龍が岐陽とか言われておったな」
「褒め言葉として」
「それに岐というとじゃ」
 その文字そのものについてもだ。信長は話す。
「土岐じゃな。この美濃の守護じゃった」
「それにです」
「まだ意味があるというのか」
「はい、周の文王です」
「明の周の時代のあの王じゃな」
「史記にも出ておりますな」
「それは知っておる」
 信長は古典にも通じている。だから文王についてもよく知っていた。彼は史記をよく読んでいた。そこから多くのものも学んでいるのだ。
 その彼にだ。沢彦はさらに話す。
「伝説の名王よのう」
「その王にちなんでなのです」
「それで岐阜だと申すか」
「周の文王は岐山に起こり天下を定めました」
 沢彦はこのことを信長に話した。
「そのことから名付けさせてもらいました」
「それで岐阜か」
「他にも梅花無尽蔵という書で岐阜陽ともありますし」
「成程のう。由来は一つではないか」
「そうしたことから岐阜という名を挙げさせてもらいましたが」
「よい名じゃ」
 最後まで聞き終えてからだ。信長はだ。
 確かな笑みを浮かべてだ。こう沢彦に述べた。
「岐阜か。ただ稲葉山と呼ぶよりもずっとじゃ」
「御気に召されましたか」
「また言うがよい名じゃ」
 こう言うのであった。
「気に入ったぞ。では今よりこの地は岐阜じゃ」
「城もですな」
「岐阜城とする」
 はっきりとだ。このことを定めたのだった。こうして稲葉山城は岐阜城となりだ。この地も正式に岐阜となった。そしてそのことを定めてからだ。 
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