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久遠の神話

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第二十五話 使い捨ての駒その十三


 その引き締まった口を引き締めさせてだ。こう言ったのである。
「それ二十一世紀の話ですよね」
「俺が行ったのは丁度なった頃だ」
「それでその二つしか調味料がないっていうのは」
「信じられないみたいだな」
「イギリスってかつては日の沈まぬ帝国って言われたのに」
「言っておくが植民地はなくとも欧州の大国だぞ」
「それでそれですか!?」
 高橋の唖然とした感じの言葉は続く。
「塩と酢だけですか」
「一応ソースもあるが味は期待するな」
「一応、なんですね」
「我が国のものとは全く違う」
 そういっただ。ソース類も駄目だというのだ。
「醤油の偉大さがわかる」
「見事な逆説ですね」
「俺もそのことがわかった」
 そのだ。イギリスに言ってみてだというのだ。
「醤油は素晴らしい」
「そしてイギリス料理は駄目ですね」
「どれだけいい素材も粗末なものにできる」
「イギリスのシェフはギャグ漫画のヒロインの料理の腕前なんですね」
「そのものの料理がこれでもかと出て来る」
「地獄ですね」
 高橋はしみじみとした口調で述べた。
「まさに」
「全くだ。二度と行きたくはない」
「アメリカでも最近かなりよくなってきたって聞いてるんですが」
「アメリカは多くの民族がいるからな」
 移民国家故だ。アメリカの強みの一つだ。
「イタリア系もいればフランス系もいる」
「それに中国系もですね」
「アフリカ系の料理もある」
 所謂ソウルフードだ。独特の味がそこにはある。
「しかしイギリスは駄目だ」
「説得力ありますね」
「少なくとも二度とイギリスに行く気はなくなる」
 本当にだ。行くつもりはないといった感じの言葉だった。
「それだけは言っておく」
「説得力がありますね」
「あると思う。自分でもな」
 幹部自衛官としてだけではなかった。事実を知っている者の言葉だった。
「味わったからな」
「で、その中の非常に数少ない美味いものがですか」
「紅茶だ。ただしだ」
「ただしなんですね」
「その紅茶も我が国のものの方が美味い気がする」
 遂にだ。英国の最後の誇りまで駄目出しをされた。
「日本に帰ってみてそう思った」
「そうなんですか」
「当然お茶菓子もだ。クッキーやプティングもな」
 菓子の場合のプティングだ。イギリスではプティングといっても色々な食べ方があるのだ。中には所謂オードブルの様にして食べる場合もあるのだ。
「そういったものもだ」
「我が国の方がいいんですか」
「そう思う。だが今はだ」
「コーヒーですね」
「それを飲もう」
 今は紅茶ではなくそれだとだ。工藤は言った。
「そうしよう」
「コーヒーですね。じゃあオーストリアかドイツですね」
 高橋が出したのはゲルマン系だった。こうした国々はコーヒー派とされているのだ。
「いいですね、それも」
「ドイツは好きか?」
「嫌いじゃないです」
 高橋はにこりと笑って工藤のその問いに答えた。
「むしろ好きな方です」
「ならいいな。それではな」
「はい、コーヒーにしましょう」
「そして一緒に食べるものは」
「コーヒー、それもドイツ風なら」
 それならばだった。
「ケーキですね」
「そうだな。そうなるな」
「それもチョコレートケーキですね」
 高橋は己の好みを述べた。
「そうなりますね」
「合うな。確かにコーヒーとチョコレートはな」
「色も似ていますし」
「黒系統でな」
「組み合わせとしては最高だな。では俺もだ」
 工藤もだ。高橋のその言葉を受けてだ。
 そうしてだ。そのうえでだった。
 二人でその店に向かうのだった。だがそれでもだ。その二人をだ。
 あの猿に似た小さな男が憎しみに満ちた目で見ていた。そしてその男はこっそりと二人の後をついてきていた。だが二人はまだだ。そのことに気付いていなかった。


第二十五話   完



                    2012・2・27 
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