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戦国異伝

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第六話 帰蝶その十一


「あれはあれでよいな」
「左様ですか」
「足軽のままでは勿体やも知れぬな」
 そしてこんなことも言うのであった。
「これはじゃ」
「ではどうされるというのでしょうか」
「あの者、足軽から城の用をさせる」
 こう前田に告げるのだった。
「そのうえで見てみよう。それでよいか」
「はっ、それではです」
 前田も信長のその言葉に頷いた。これでおおよそのことが決まった。
 こうして木下は信長の城に入った。最初に与えられた仕事は厩の掃除であった。
 これがだ。彼が厩に入るとだ。厩が見違えんばかりになった。
「これはまた」
「見事なものですな」
 その厩を見た丹羽と村井が思わず唸った。厩とは思えないまでに奇麗になっていたのだ。馬糞なぞはもう何処にもなかった。
「あれをあの者がやったとは」
「これはまた」
「あの猿、これだけのことをどれだけでやったのだ」
 その場には信長もいた。彼は二人に問うた。
「この厩をここまで奇麗にするとは」
「実はそれがしあの者に先程用を言いつけました」
 ここで村井が信長に話す。
「草履の手入れをです」
「わしの草履のか」
「朝起きて今ですから」
 まだ朝早い。朝食を食べて少ししか経っていない。
「それ程は」
「それだけの時でここまでしたというのか」
 信長は再びその厩を見回しながら言った。
「左様か」
「はい、間違いありません」
 村井はまた答えた。
「そうしたようです」
「この様にするには丸一日かかりますが」
 丹羽もまた厩の中を見回しながら述べた。
「それを僅かな間で、ですか」
「いや、あの猿は若しかすると」
 村井の言葉はここでは唸っているものだった。
「掘り出しものかも知れませぬな」
「ふむ。一つ聞いてみるぞ」
 信長は考える顔になって述べた。
「あの猿にじゃ」
「聞かれるといいますと」
「この厩のことをですか」
「そうじゃ。ここまではそうおいそれとはできん」
 信長もまたこのことはよくわかっていた。非常にである。
「どうしてここまでできたのかをな」
「寝床の草は取り替えてありますし」
「壁も奇麗です」
「何故ここまで瞬く間にできたのか」
「確かに不思議ですな」
「それを問うてからまた決める」
 信長はまた話した。
「あの猿についてはな」
「はい、それでは」
 用事を言いつけた村井がここで信長に述べた。
「すぐに呼んで参ります」
「そうせよ、よいな」
「はっ、それでは」
 こう話をしてであった。木下は信長の前に連れて来られた。そうしてそのうえで厩をどの様にして掃除したのかを聞かれるのであった。
「あの厩ですか」
「そうじゃ。あれはどうした」
 信長はその猿を思わせる顔の小柄な男に対して問うた。
「一体じゃ。あそこまでのことを僅かな間にじゃ」
「馬を外に出しました」
「外にとな」
「はい、馬に朝の馬草を与える時にです」
 その時にだというのである。 
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