チートだと思ったら・・・・・・
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五話
ドサリ、と地面に置かれる感触。僅かに傾いた頬に、ゴツゴツとした固い感触がある。俺は一体、どうしたのだろうか? チャチャゼロとの戦いの途中から記憶がプツリと途切れている。順当に考えれば、俺は負けたのだろう。そして……
「……のよ!」
誰かの声が聞こえる。怒りに狂っているというのに、それは俺に妙な安心感を与える。この声の主は、一体……
「健二に、ナニヲシタ!?」
明日、菜? 明日菜が、いる。俺のために怒っている。なら、起きないと……起きて、俺は無事って伝えないと。悠長に倒れたままでなんて、いられない! 俺は鉛のように重くなってしまった瞼を、気合と共に押し上げた。
「ふん、仮契約か」
今、目の前に坊やとその従者”神楽坂 明日菜”がいる。どうやら、助言者であるあのオコジョ妖精がそうするように仕向けたようだ。このまま私が二人まとめて相手をしてやってもかまわんが……それではつまらんな。故に私は
「茶々丸」
高い柱の上で荷物を抱えて控えていた従者を呼び寄せた。
「来るぜ、兄貴」
「分かってるよ、カモ君」
僅かにだが、エヴァンジェリンさんが茶々丸さんの名を呼ぶのが聞こえた。従者を交えた二対二で、ということだろう。そして、茶々丸さんが上空からゆっくりと降りてきた。その肩に、一人の男性を抱えて……
「か、カモ君……あれって」
「人、だな。一体どういうことだ? 人質……いや、結界の影響を受けてないこの状況でわざわざそんなこと……」
茶々丸さんが肩に背負った人物を地面に下ろす。その間、カモ君がブツブツと何かを呟きながら考えを巡らせていたようだが、僕の耳にはそれが入ってこなかった。なぜなら、僕の隣にいる明日菜さんの言葉に心底驚いていたのだから……
「え……?」
私は自分の目を疑った。この暗い中でも目立つ真白い髪、僅かにうかがえる肌の色は褐色。あれではまるで、自分の友人である”宮内 健二”のようではないか。
「マスター、宮内さんは」
「そこらに置いておけ。チャチャゼロが用があると言っていたからな。後で回収すればいい」
ドクン、と一際強く心臓が鼓動したように感じた。彼女は言った、宮内、と。あそこまで特徴的な人物が、そういるとは思えない。
「健二に、何をしたのよ!」
「む?」
敵が此方を怪訝そうな顔つきで見ている。彼女は彼に何をした? 彼女は彼に、一体……ナニヲスルツモリダ!
「健二に、ナニヲシタ!?」
「え!?」
明日菜さんの様子が一変したかと思うと、僕が手に持っていた仮契約のカードが突然強い光を放ち、片刃の大剣となって明日菜さんの手に収まった。
「アーティファクトだぁ!? 一体どうして!」
「カモ君!?」
事態の把握できない僕はどうやら何か知っている様子のカモ君の名を呼ぶ。それだけで、どうやらカモ君は察してくれたらしく、説明をしてくれた。
「アレはアーティファクトっつって、仮契約者に与えられる専用のアイテムだ! けどオレっちはそんなこと説明してねぇし、何で勝手にでたかは分かんねぇ! けど。あの様子はなんだかヤバいぜ!」
僕が明日菜さんの方に振り向こうとすると同時に、明日菜さんはエヴァンジェリンさんと茶々丸さんへ向けて、凄いスピードで駆けていった。
「咸卦法、だと!?」
坊や達はアーティファクトに驚いていたようだが、私は神楽坂 明日菜を包む光に目を見張った。見まがうはずがない、あの威圧感、力強さ。間違いなく究極技法、”咸卦法”。何故あのような小娘如きがが扱えるのか……疑問は尽きないが、このまま調子づかせるわけにもいくまい。
「茶々丸!」
念のために、と茶々丸に供給する魔力を高め、迎撃に走らせた。
「明日菜?」
俺が起き上がり、周りに目をやると力強い光を身に纏う明日菜が目に入った。最初はネギから魔力を供給されているのかと思ったが、何か違和感を感じる。そして何より明日菜が手に持つ片刃の大剣。あれは明日菜のアーティファクト、”ハマノツルギ”だ。今、この時点で何故……
「とにかく、行かなきゃ」
今自分は皆より離れた場所に位置している。身体は重いが歩けないほどではない。ランニングにも満たないペースだが、しっかりと歩を進めていく。だが、何か嫌な予感がする。すると、明日菜がエヴァンジェリンと茶々丸めがけてもの凄いスピードで走りだし、茶々丸はそれを迎撃する構えをとった。そして……
――明日菜の大剣が、茶々丸の右腕を切り落とした。
「!? 投影、開始!」
深紅の槍を投影し、宿る戦闘経験をこの身に憑依させる。一時的に俺はアイルランドの光の御子、クー・フーリンに迫るスピードを持って駆けた。もっと速く気付くべきだった、今の明日菜の瞳には、およそ感情というものが見られない。俺の頭に一つの言葉が浮かぶ。”暴走”、今の明日菜にふさわしい言葉かもしれない。筋肉の千切れる音が聞こえる。だが、俺は一刻も早く明日菜を止めるために、それを無視した。
「う、おおぉぉおお!!」
勢いをそのままに、振り上げられたハマノツルギに神速の突きを放つ。茶々丸しか見据えていなかった明日菜は横から来た突きの衝撃に耐えきれず、剣を手放した。俺は明日菜の動きを封じるために、その身体を腕ごと強く抱きしめた。
「明日菜、俺は大丈夫だ。大丈夫だから」
「……ケンジ?」
「ああ、俺だ。健二だ。大丈夫、俺はここにいる」
「あ……」
呼びかけに効果があったのか、明日菜の瞳にいつもの光が戻る。よかった、本当によかった。
「健二、大丈夫?」
「あ、あ……?」
カランカラン、と槍が地面を転がる音があたりに響き、俺は明日菜にもたれかかってしまう。どうやら、身体が限界にちかいらしい。
「どうしたの?」
「悪い、ちょっと無理したせいで……身体が」
「もう、しょうがないわね。支えててあげるから、休みなさい」
「ああ……あり、がと、う……」
意識が闇に包まれるなか、強い光の衝突が視界をかすめた。
「ん……」
重い瞼を押し上げる。直接目に入ってくる陽の光に眉をしかめる。眩しい……とんでもなく眩しい。この時期に、何故こんなにも日差しが強いのか? それは一重に……
「起キタカ? マァ、トリアエズ死ンドケ」
「チャチャゼロ!お前!」
エヴァンジェリンの別荘でチャチャゼロに修行をつけてもらっているからに他ならない。
「ケケケ、トリアエズハコレデ勘弁シテヤル」
「三回程、三途の川を渡りかけたぞ」
修業後、満身創痍な俺と意気揚々なチャチャゼロのやり取りも、もう慣れた。別荘を使っての修行のため、それなりに長い期間指導してもらっているのだ。それも当然か。しかし、あの頃はこんなことになるとは思わなかった。
「一時間タッタラ再開ダ。セイゼイ休ンドケ」
「言われなくてもそうするよ」
ゴロリ、と背中を放り投げ、俺は事の始まりを思い出していた。
「ここ、は……」
目を覚ますと、見慣れない光景が広がっていた。どうやら自分は石台のようなものにシーツを敷き、その上に寝させられていたようだ。
「誰かいないのか!? ……ん?」
とりあえず声を張り上げてみたものの、返事はない。自分から誰かを探すべきか……そう思い立ち上がった所でふと気付いた。足が……痛くない?
「どういうことだ?」
ゲイ・ボルクに宿るクー・フーリンの戦闘経験を己に憑依させ、俺には度が過ぎるほどのスピードを出したせいで、俺の足の筋肉はズタズタになっていたはずだ。短期間で治ろうはずもない怪我だが、そんなに長い時間眠っていたという気も全くしない。現状では理解できない、と思考を止めた時、部屋のドアが控えめにノックされた。
「失礼します。マスターがお呼びですので、差し支えなければ一緒に来て頂きたいのですが」
「あ、ああ。問題ない」
入ってきたのは茶々丸だった。まだ明日菜に切り落とされた腕は修理されておらず、まだそう日がたってないであろうことを確認できた。こうして、俺は茶々丸に連れられエヴァンジェリンの元へと向かうことになった。
「ふん、ようやく起きたか」
最初に言われたのは、そんな言葉だった。椅子にふんぞり返るように腰掛けるエヴァンジェリンとケタケタと笑うチャチャゼロ。何とも嫌な予感しかしないな……これは。
「ここは私の別荘だ。貴様を治療するために連れてきた。何か質問があるか?」
「まずはありがとう、って言うべきか? そして、よく俺を治療する気になったな」
「私は別にどうでもよかったんだ。コイツが貴様を直せとうるさくてな」
「ケケケ、感謝シロヨ」
何故、チャチャゼロが……という気持ちはもちろんある。何せ実際に戦っていた相手なのだから。一体、何が目的なのか……俺には予測もつかない。
「一体、何が目的だ?」
「ソンナノ決マッテンダロ? オ前トモウ一度殺リ合イタカッタダケダ!」
突如、虚空から出現した大ぶりのナイフを手に、チャチャゼロが襲いかかってくる。その事態に混乱しながらも、干将・莫耶を投影し、迎撃に走らせた。
「何の、つもりだ」
三分程打ち合い、あっけなく倒されてしまった俺は、馬乗りになったチャチャゼロにナイフを突き付けられていた。
「決定ダ。オ前、明日カラココへ来イ」
「は?」
「今ノオ前ハ弱イ。デモ面白レェ、鍛エテヤルカラ何時カモウ一度オレと殺シアエ」
有無を言わさぬ迫力に、俺は思わず首を縦に振っていた
「あれから、か……」
その日から始まった別荘をフルに使っての修行の日々。得たもの沢山あるが、それと同等に失ったものも多い気がする。おもに俺の自由な時間とか……
「時間ダ、始メルゾ」
「ああ……」
もう一時間たってしまったか。しょうがない、行くとしよう。今度は三途の川を見ないで済むようにと願いながら……
「おーい、大丈夫か?」
「受け答えができる程度にはな」
ここ最近では唯一気を休めることが出来る学校の放課時間。本来なら眠りたいところだが、せっかく話しかけてきてくれた友人を無下に扱うわけにもいかない。
「そういえばお前、修学旅行の準備はしてるか?」
「修学旅行?」
そういえば、もうそんなシーズンだったか……毎日行われるチャチャゼロの扱きのせいですっかり忘れていた。……うちのクラスはどこへ行くんだったか。
「なぁ、うちのクラスってど[PiPiPi!]
俺の言葉を遮るように、携帯が甲高い呼び出し音を鳴らし始めた。マナーモードにすることすら忘れていた自分に呆れながらも、携帯を開き、届いたメールの内容を確認する。
[ そろそろ修学旅行ね! 健二のクラスはどこに行くの? ウチのクラスは京都よ。イギリス人であるネギにクラスの皆が気を利かせたみたい。どこに行くか分からないけど、お土産買ってくるからそっちもよろしくね!
明日菜 ]
「京都……か」
修学旅行……それは原作において主人公であるネギに大きな転換をもたらす重要イベントだ。今回は何もできないが、きっと大丈夫だと、そう願おう。
「京都~、ほんと、楽しみだよなぁ~」
「美砂と一緒だからな!」
……なぬ? 俺の聞き間違いでなければ、コイツ等とんでもないことを言わなかったか?
「なぁ、俺たちが修学旅行で行くのって……」
「「京都だが?」」
何を今更、と言った感じでそう告げる友人たちに、俺は乾いた笑い声を発するしかなかった。この世界はどうしてこうも都合がいいんだろうか? 俺は考えるのを止め、とりあえず明日菜にお土産の必要はない、と返事を送ることにした。
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