戦国異伝
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第六十一話 稲葉山入城その四
「では一体何じゃ」
「何を言うつもりなのじゃ」
「このままでよいとは」
「その暗君に仕えてよいのか!」
こう言ったのである。斉藤の者達にだ。
「このままでは無駄に命を散らすだけであろう。違うか」
「確かに。それは」
「龍興様はどうも一国の主の器としてはな」
「うむ、どうも足りぬ」
「それもかなりじゃ」
このことは足軽達も感じ取っていた。彼等とて愚かではない。
それでだ。こう口々に言うのだった。
「しかも今こちらは一万、あちらは四万を超える」
「それで戦えば負けるのはこちらじゃ」
「死ぬことは勘弁して欲しいものじゃ」
「負け戦でな」
彼等は本音で話していく。そうしてだった。
次第にだ。この答えに近付いていくのだった。
「仕方ないな。ここは」
「うむ、そうだな」
「ここは考えよう」
「そうしようぞ」
織田になびこうという者が出て来ていた。そしてそこにだ。
信長はだ。さらに言うのだった。
「織田につくか斉藤につくか決めよ!」
堂々とだ。彼等に言い切ったのである。
「戦になれば容赦はせぬ。さあ、どうする!」
「確かに。あの鉄砲の数では」
「しかも槍も長い」
「弓もかなりある」
「これで攻められればひとたまりもないぞ」
「それではじゃ」
彼等は信長の言葉で遂に決意した。その彼等が。
次々とだ。織田軍に駆けていく。それを見てだ。
驚いた龍興はすぐに彼等を止めようとする。
「待て、行くな!」
そしてだ。左右の家臣達に告げるのだった。
「向こうに行く者を撃て!敵をこれ以上増やすな!」
「し、しかし殿!」
「その兵達が次々に織田に走っております」
「雪崩を打ったかの様な勢いです」
「これでは」
「馬鹿な、これではじゃ」
龍興はいよいよ青ざめて言う。
「戦どころではないぞ」
「殿、我が軍勢は五千を切っています」
「国人も家臣達も次々と織田に向かっています」
「こうしている間にもです」
「このままでは」
戦どころではなかった。まさにだ。
それでだった。龍興もだった。
無念の顔になりだ。そのうえで。
僅かに残った家臣達にだ。こう告げたのである。
「致し方ない」
「退かれますか」
「稲葉山に」
「うむ、それしかない」
一万の兵達が戦もせずに減り五千を切る有様ではどうしようもなかった。それでだ。
彼も打つ手がなかった。それでだった。
家臣達に頷きだ。肩を落として告げた。
「城に帰るぞ」
「そして篭城ですね」
「そうされますな」
「これ以上兵が減っては篭城どころではない」
言っている傍から兵が減る。こうなってはだった。
「撤退じゃ」
「はい、それでは」
「そのうえで」
こう話してだった。龍興はその僅かな者達と共に城に逃げ去った。その彼等の姿を見つつだ。
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