チートだと思ったら・・・・・・
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三話
新学期が始まり、三年生となった。恐らく原作メンバー達も今頃は金8先生もどきをしていることだろう。
そして、もう一つ重要なことがある。そろそろ……“バトル”が始まるのだ。
「ハァッハァッ……」
背を木に預け、荒くなった呼吸が静まる様に心掛ける。手には夫婦剣である干将・莫耶が握られている。
「ようやく、二桁に届いたか」
右腕につけてある時計を確認する。間違なく長針が数字二つ分進んでいた。
「でも、ようやく十分か……」
こんなことで、俺はいざと言う時戦えるのだろうか? 不安は尽きない。それでもやるしかない、と再び身体に強化をかけて剣を振るった。
今、俺は夜の闇に紛れてある建物の屋上に立っている。なぜなら……
「すっかり忘れていたな……」
そう、忘れていたのだ。新学期早々に、ネギとエヴンジェリンのファーストバトルがあると。
俺のいる建物は件の桜通りから一キロ程離れた地点にある。ぶっちゃけ見つかったりしないか非常に怖い。何故もっと離れた位置にいないのかって? そんなの決まってる。
「千里眼……欲しかったなぁ」
俺の視力では、強化をかけてもここらが限界なのだ。……前にも言ったが、俺が望んだのエミヤの魔術と弓術だ。その中には千里眼や心眼は含まれていない。要するに、俺は四キロ先の人間を射抜く腕はある。だが、それも対象が見えないから意味がない、という状態だ。
時折ギルガメが主役のSSに千里眼がアーチャーの“クラススキル”だと言う様に書いてあるものがあるが、俺の記憶が確かであればアレはエミヤ個人のスキルで、ギルガメは保有してなかったはずだ。だってのに……世の中のご都合は俺には適応してくれないらしい。
今の所剣術も経験を引き出して無理矢理真似ているだけだし、実戦だったらかなり厳しいだろう。
鬱モードに入りかけていると、桜通りに一つの影が現れた。髪に隠れて顔はいまいち判別しにくいが、恐らくのどかだろう。そして、予想通りと言わんばかりに漆黒のマントを纏いし“吸血鬼”が登場した。
結論だけ言えば、俺は静観していた。遠目にネギの影が近付くのが見えていたからだ。そして今は……
「空飛べるって……ズルい!」
空でドンパチやりながら移動する二人を、必死になって追いかけていた。
「よ、ようやく止まった……」
時間にして六~八分。戦闘で使えるのではないかと個人的に予測している動きのレベルがようやく持続時間十分に達した俺にとっては勘弁して欲しかった。
「……バレてない、な」
先程より近い五百メートルの位置で二人を盗み見る。既にエヴンジェリンはネギの武装解除を受けて下着姿の状態だ。
……あの魔法って、エヴンジェリンが使っても服が脱げる、エヴンジェリンが使ったのは氷属性だから砕けた、か? んだよな。本当に、女性の敵と言える魔法だ。
そんなことを考えている間に茶々丸が登場。ネギが捕らえられている。
「いた!」
急いで周りを見渡すと、凄い勢いで駆けて来る明日菜の姿を発見した。
「投影、開始」
黒塗りの弓と矢を投影する。必要はないだろうが、保険だ。
「よし、何事もなく終わったな」
エヴンジェリンは引き、ネギは無事だった。恐らく、原作通りに事が進んだのだろう。弓と矢を消し去り、帰ろうと歩きだそうとした所で……
「ほぅ……何が終わったんだ?」
俺は……時間が止まったかの様な錯覚を覚えた。
今、後ろに誰かがいる。……誰か? そんなもの、確認するまでもない。
「どうした? コチラを向いたらどうだ?」
先程まで、ネギと一戦交えていた真祖の吸血鬼。エヴンジェリン・A・K・マクダウェルだ……
「茶々丸」
「はい」
足音が近付いて来る。これも確認するまでもなく、茶々丸のものだろう。僅かに、機械音の様なものも交ざっている。
「!?」
自分の肩へと何かが向かって来るのを感じ取った瞬間、俺はその場を飛び退いていた。
「ようやく動いたか。それで、貴様は一体何をしていた?」
黒いマントに身を包み、睨む様にして見据えてくるエヴンジェリン。俺はその姿を見ながら、この場をどう切り抜けるか考えていた。
(まさか見つかったとは!? 不味いな……今の俺では封印状態のエヴンジェリンが相手でも勝てないだろう。それに茶々丸もいる)
戦闘等経験したことのない俺には、考えども考えどもろくな案が浮かんでこない。とりあえず、いつでも投影ができる様に脳裏に設計図を描き始めた。
「どうした? 早く答えろ」
「何故、君に答えなければいけない?」
通用しないだろうと分かっていながら、俺はそんなことを口にした。
「アレだけジロジロ見ておいて何を言うかと思えば……貴様、ふざけているのか?」
やはり、バレていた。いくら距離があったとはいえ、気配を隠す術等全く知らぬ俺がずっと観察していたのだ。エヴンジェリン程のものなら気付いてもおかしくはない。
「魔力の隠蔽は見事なものだったが、それ以外は素人だ。それが解せん」
どうやら、魔術回路はこの世界において非常に優秀な様だ。しかし、本当にどうしたものか……まだ、解決策は浮かばない。
「………………」
「答えないつもりか……仕方がない。茶々丸、少しいたぶってやれ」
「分かりました。すみませが、マスターの命令ですので」
茶々丸が構えの様なものを取る。もう、戦いは避けられないのか……何とかして逃げられればいいが。
「私は先に帰る。適当に情報を聞き出したら帰ってこい」
背を向けて去っていくエヴンジェリン。どうやら、自分が直接手を下すつもりはないようだ。それならば、まだ可能性はある。立ち去っていくエヴンジェリンと目の前に立ちはだかる茶々丸を視界から外すことなく、脳内で簡単なシミュレーションを開始した。
「いきます」
「投影、開始!」
一足飛びに間合いへと飛び込んでくる茶々丸。そして俺は繰り出された拳を右手に投影した莫耶の腹で防いだ。下半身を重点的に強化し、その場から飛び退く。それと同時に変化の魔術を使って干将・莫耶の刃を潰す。
正直、そんな余裕があるとは自分でも思っていないが、それでも俺は茶々丸を今壊すつもりはない。
「さぁ、戦闘デビューといこうか!」
今度はコチラから仕掛ける。右手の莫耶と左手の干将を縦横無尽に走らせる。しかし、その全てを茶々丸は躱し、時には腕で防いで行く。これが、今の俺が出せる全力だ。
「ハァアアッ!」
剣から経験を引き出してもこの程度。エミヤの剣技を一割も再現できない自分の脆弱さが嫌になる。
そんな無駄な事を考えいたからか、俺は茶々丸の拳を腹部にまともにくらい、五メートル程吹き飛ばされた。
「づぅ……」
鈍い痛み。ここまで本格的に殴られたのは初めてだ。だが、ボディアーマーのおかげか、痛みは耐えられない程ではない。
「どうやら、今の俺では君に敵うべくもないらしい」
「では、話して下さるのですか?」
今この時は、茶々丸の優しさが非常に有り難い。おかげで、準備が整った。
「いや、それは断らせてもらう」
干将・莫耶を破棄し、一瞬の内に弓矢を投影する。
「!?」
それを見た茶々丸が全速力でコチラへと向かってくる。だが、まだ“瞬動”ができない茶々丸では、間に合わない。
――――矢は、放たれた。
「何とか、帰ってこれた」
俺は腫れた頬に氷水をあてて冷やしながら一息ついた。
放たれた矢、常人ならその軌跡を把握することなど叶わないであろう速度であったそれは、茶々丸に当たることなく遥か彼方へと飛んでいった。
「ぐぁっ!?」
矢を放った直後に出来た隙を茶々丸が見逃すはずもなく、鋭い右ストレートが右頬に叩き込まれた。
「つぅ!」
最初から殴られることを覚悟していた俺は、後ろに吹っ飛ばされながらもバク転の要領で起き上がる。唯一危惧していたのが追撃をしかけられることだったが、茶々丸にその様子はなく一安心だ。これで、終わる。
「何故……何故、外したのです?」
「何、君を傷つけないためにやったわけじゃないさ。早くこの戦闘を終わらせるためにした。それだけだ」
俺の言葉に良く意味が分からないといった顔をする茶々丸。もちろん、ただそんな気がするだけだ。今の茶々丸の表情を読むなんてことは俺には出来ない。
「それは一体……」
「八百メートル」
「?」
突然俺が口にした距離に、茶々丸は首を傾げる。
「これが何の距離かわかるか?」
「…………」
分からないだろう。むしろ分かったら驚きだ。……このまま、上手くいくか?
「教えてやろう。この場所より、君の主がいる場所までのおおよその距離だ」
「!?」
今度は俺でも分かるくらいに茶々丸が驚愕の表情を浮かべる。彼女なら、今までのエヴァンジェリン歩くスピードから、今どのあたりなのか予測するなど容易だろう。ここで、最後の仕上げだ。
「そして、私の矢が向かった先だ」
その言葉を聞くと同時に、茶々丸が反転して走り出す。あの矢なら、それほど先の敵を射抜くことが出来ると判断したのだろう。主が負傷した可能性がある以上、茶々丸はそちらに向かうのではないかという予測からの作戦だったのだが、どうやら成功のようだ。
「って……頬が熱持ち始めた」
ジンジンと痛む頬をさすりながら、俺は帰途についた。
「二回目の原作キャラとの会合がこんなことになるとはな……正直疲れた。もう、寝よう」
氷水を適当に放り出し、布団をかぶる。数十秒もしないうちに、俺は深い眠りへと落ちていった。
その時の俺は考えもしていなかった。茶々丸なら学園の人間の情報を得ることなど容易いことに。また、今回のことでエヴァンジェリンが俺に興味を持つことなど……本当に、欠片も考えてなどいなかった。
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