その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~
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#46 "an entreaty to stop entering the war"
前書き
お前、中々面白え奴だな。
どうだ?
俺と組んで運び屋なんてやってみねえか。
【11月3日 AM 9:48】
Side ダッチ
「ああ、俺だ。起こしちまったか」
電話を耳に当てながら、空いた片手で頭をツルリと撫で上げる。
掌から伝わって来るのは、汗で冷たくなっちまってる皮膚の感触。
やれやれ、まさかアイツがあんな事を言ってくるたあな。
「いや、急ぎの用があるわけじゃねえ。
どうせ仕事なんざ入ってくるわけもねえしな。
そっちの今日の都合を確認しようと思ったのと、あと一応だが伝えておく事が出来た」
我がラグーン商会の事務所に、耳慣れた電子音が鳴り響いたのはついさっきのことだ。
こんな時に掛かってくる電話なんぞ、まあ碌なもんじゃねえ。
そうは思いつつも、まあ取らねえ訳にもいかん。
まだオフィスに出てきていたのは俺一人という事もあったしな。
しかし昔に比べりゃだいぶマシにはなったが、いまいち電話の呼び出し音ってのは好きになれねえな。
人に注意を喚起するのが目的なのだろうから、当然といやあ当然なのかもしれねえが。 で、不愉快な音を断ち切るのも兼ねて、電話に出てみりゃ告げられた用件ってのが、
「ああ、そうだ。
こんな時に、こんな状況で、だ。
朝っぱらからわざわざ御本人自らお電話してきて下さったってわけさ。
ちったあ古い馴染みの俺に気を遣ってくれたのかもしれんな。
……………………………。
いや……
正直あれが何を考えているのかは俺にも分からん。そっちこそ何か心当たりはねえか?」
話を続けながら壁に背を預ける。
天井じゃあ、すっかりボロくなっちまったファンが老骨に鞭打ちながら、健気に風を送り続けている。
俺は俯き加減になり、頭の天辺に古い付き合いになっちまったファンの恩恵を感じながら話を続けた。
朝からなんともパッとしねえ話を。
「今日は確か連絡会も開かれると聞いてる。
あれの我慢もそろそろ限界だろうな……
何かここいらで仕掛けを打つ気なのかもしれんぞ。
だとしたら、だ。
撒き餌にでも使う気かもしれんな。
………………………。
いや、そうじゃねえ。
あれの狙いはオメエじゃねえのか、ゼロ。
今朝の電話はその一手目かもしれねえって話さ」
俺の懸念に対し電話の向こうからは即座に否定の言葉。
あれは誇り高い軍人であり、自分と自分の部下に絶対の信頼を置いている。
自分達の戦場に余所者を入れる事など望みはしないだろう、か。
フム、なるほどな。
オメエはそう考えるわけか。そういう風にな。
「ああ、確かにあれは有能な軍人だ。
本人は否定するかもしれんが。
だがな。
だからこそ怖えのさ、俺は。
"本当に"有能な軍人ってやつはどんなやつだ?
自分や部下達が生き残るためなら何だってしてくるやつだと、俺はそう考える。
利用出来るもんがありゃあ、徹底的に利用し尽くす。
道端に転がってる石だろうが、敵がひり出した糞だろうが、味方の死体だろうが構わねえ。
それで生き残る事が出来るなら躊躇いはしねえさ。
ゼロ、あれはな。
アイツは確かにお前の言う通り、最後の最後までテメエの誇りを貫き通すだろうよ。
だが、アイツの誇りってやつをお前は本当に理解してんのか?
第一偉そうに言ってる俺だってアイツを理解してるたあ、胸張って言えねえよ。
アイツが何をどう考えて、何を選んで、何を捨てて、何を最期まで持ったままでいるのかは俺らにゃあわかんねえ。
そうは思わねえか?
確かにオメエの言う通りかもしれん。
自分達の戦場で他人が好き勝手に振る舞うなんざ認めやしねえだろさ。
ただ今回は戦場どころか、相手の姿すら未だ見えちゃいねえんだ。
あれの苛立ちは相当なもんだと思うぜ。
ここまで虚仮にされた事なんざねえだろうしよ。
少なくともこの街に辿り着いてからは……」
そこまで話していて、ふと俺の脳裏を掠めるものがあった。
それが何なのか、ハッキリとは掴めねえまま、俺は電話の向こうにいる"やつ"に向けて、ちょっとした質問をしてみた。
決して短くも浅くもねえ付き合いをしてきた、いつからか"ゼロ"と名乗りだした"やつ"に。
「ところで一つ聞いておきてえ事があるんだが……構わねえか?」
電話の向こうからはアッサリとした肯定の返事。
急な話題の転換だってのに、全く訝しげな様子も感じさせねえのはコイツらしいか。
空いた片手でサングラスを押し上げながら、俺が発したのは短い質問だ。
我ながら何とも抽象的でとらえどころのない質問に、コイツはどう答えるんだろうな……
「お前、この街をどう思う?」
向こうから返ってきたのは沈黙のみ。
だが、俺は返事を待たず語り続けた。
ファンは変わらず回り続けている。
「この街は異常だ。
不自然と言ってもいいかもしれん。
俺らみてえな悪党が当たり前に大手を振って街を練り歩く。
その傍らじゃあ、カタギの人間が呑気に露天なんぞ広げてる。
他の街じゃ、こんなこたあ先ずねえよ。
混ざり合わねえものはな、決して混ざり合わねえんだよ。
綺麗なもんは綺麗なもん同士で。 汚ねえもんは汚ねえもん同士で。
キチッと棲み分けていくもんなんだよ、それが自然ってものさ。
例えどれだけ表面が混ざっているように見えてもな。
ちょいとかき混ぜてやりゃあ、あっという間に別れていっちまう。
この街だけだぜ。
戦争してるってわけでもねえ。
一つの組織が牛耳ってるわけでもねえ。
複数の組織が互いに角突き合わせて、たまにゃあ、今度みてえな騒動が起こる。
にも関わらず警察や軍は動きもしねえ。
こんな"異常"な街が他にあるか?
こんな"不自然"な街が"自然"に出来上がると思うか?」
ここで、一旦言葉を切る。
向こうからは特に返事はねえ。
だがそれに構わず、壁から背を離して窓の方へと俺は歩き出した。
さっきまで冷たく感じていた汗は少し熱を帯び始め、ファンの音は少し遠く感じるようになっていた。
「世の中にはな、不自然なものが自然に生まれて来るってこたあ、ねえんだよ。
"誰かがそれを望んで、誰かがそれを生み出そうとしない限り、絶対に存在しない"
それはな、そういうものなんだよ。
関係ねえ話だと思うか?
俺が何を言いてえのか分からねえか?
じゃあ、簡潔に言うぜ。
ゼロ。
お前が何をするつもりか知らねえが、今度の件からは手を引け。
必要以上に関わろうとするんじゃねえ」
事務所の中を横切り、窓の前に立つ。
窓から見える景色はいつもと変わらねえ我が麗しのクソッタレな街のままだ。
「この街を現状のままで在って欲しいと願ってる連中……
バラライカ、張の旦那、他の組織の奴等、いや、それだけじゃねえ。
もしかしたら今まで顔も見せなかった連中まで動き出すかもしれん。
この街が異常で、不自然なままでいてくれた方が都合のいい連中がな。
勘違いすんなよ。
俺はこの街を気に入ってる。
とびっきりにクソッタレで、最高にイカれてるこの街がな。
今度の事件を起こしてる野郎はこの街を壊そうとしてやがる。
本人にその気はねえのかもしれねえが、このまま行きゃあこの街は今のままでいられねえ。
街の勢力バランスが崩れて支配者が入れ替わる、そんな程度じゃ済まなくなる。
ああ、済まねえだろうさ。
そりゃあ、良くわかる。
どんな結末が訪れるにせよ、このまま放っておいて良いわきゃねえ。
この街に住んでる、この街でしかやっていけねえ連中は皆そう思ってる。
皆そう願っているさ」
電話の向こうからは全く言葉は返ってきやしない。
無口な野郎だとは知ってるが、相槌も打てねえたあ困ったやつだ。
ふっと鼻から息を吐き出し、俺はゆっくりと言葉を紡いでいった。
「ゼロ。
そんな連中がお前を利用しようとしてる。
お前は自分で思ってる以上に重てえ存在なんだよ、ロアナプラじゃあな。
けどな、俺はそれを黙ってやり過ごすわけにゃあいかねえ。
俺は心の狭い経営者だからな。
テメエの部下を勝手にいいように使われんのは気に入らねえんだよ。
ゼロ。
どうせ言ったって聞きゃあしねえんだろうから、オメエに命令なんぞする気はねえ。
だから、こいつは俺の頼みだ。
古い友人からの頼みとして聞いてくれ。
今回は手を引け。
少なくとも自分から飛び込んでいくんじゃねえ。
巻き込まれて、引き込まれて、もうどうしようもねえってとこまでは何もせず待て。
もう一度だけ言うぜ。
頼む。
手を引け、ゼロ」
俺は待った。
ゼロの返事を待った。
一番古い付き合いの部下からの返事を待った。
このクソッタレな街に来てから出会った男の返事を待った。
何を考えていやがるのか分からねえ、だが不思議と信頼できる男からの返事を待った。
俺は待った。
長い時間待った。
いや、もしかしたら短い時間だったのかもしれねえ。
電話を耳に当てながら。
窓から街を眺めながら。
全身に汗が流れるのを感じながら。
ただ、待った。
ゼロからの返事を。
「ーーーー、ー-ー」
返ってきたのは短い言葉だった。
たった二つの言葉だけだった。
そして、その瞬間。
その言葉が電話を通して俺の耳に届いたその瞬間に。
俺は知ってしまった。
思い知らされてしまった。
どれ程長い付き合いを重ねようとも。
どれだけ大切な友人だったとしても。
心から信頼している優秀な部下だったとしても。
別れの時は唐突に訪れるのだと………
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