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戦国異伝

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第五十七話 前田の怒りその十


 足軽に専念させている。しかし普通は百姓の家からそうした者を引っ張って使っているのだ。そうした者ならばだというのである。
「百姓の家でそれこそ次男や三男は町に出るかじゃ」
「その足軽にですね」
「なるしかない」
 大きな百姓の家でない限りそういうものだった。田畑は限られているからだ。
 それで百姓の次男や三男はそうなるのだ。そうした者達はだ。
 命は軽いものだった。戦で使われるものだ。その中に木下もいたのだ。
 ならばだった。木下は本来は。
「あんなに小さくて力がないとじゃ」
「戦の場で死んでいましたか」
「間違いなくそうなっておった」
 そうだというのである。
「しかし頭の回転の速さであそこまでなった」
「さすればですね」
「うむ、あれも出来物じゃ」
 木下をだ。こうまで評するのだった。
「だからこれからも功を挙げるであろうな」
「そうなりますか」
「今織田家は平手殿と勘十郎様がおられ」
 やはりこの二人が大きい。まさに信長の諫め役であり補佐役だ。
「権六殿に牛助殿」
「武はそのお二人ですね」
 掛かれ柴田と退き佐久間だ。この二人も外せない。
「新五郎殿もおられるしのう」
「その中でもやはり権六殿ですね」
「あの方は織田家には欠かせぬ」
 とにかく柴田の存在が織田家においては大きい。ただ戦において強いだけでなく政もできる。そして忠義は絶対であり尚且つ信長に直言も憚らない。その彼に対してはだ。
 主の信長も一目置いている。それは前田もわかっている。だからこそ言うのだった。
「あの方が軸になりじゃ」
「さらにですか」
「五郎左に久助じゃな」
「丹羽殿に滝川殿ですね」
「この二人もやはり凄い。特に久助じゃ」
「あの方は元々忍でしたね」
 このことはよく知られていた。滝川は織田家の忍のまとめ役でもあるからだ。
「そのこともありますし」
「五郎左は何をしてもそつない」
 丹羽は一見して目立たない。しかしだというのだ。
「しかもそのやることが派手ではないが」
「見事になされるのですね」
「あれはできぬ」
 前田はだ。丹羽も認めて言った。
「到底な」
「だからこそ頭角を表わされているのですね」
「そうじゃ。権六殿と並ぶ」
 そこまで至るというのだ。丹羽は。
「物凄い者じゃ、あれも」
「そして久助殿も」
「あれもまた凄い」
 滝川についてもだ。前田は認めて言う。
「やはり政もできるが」
「特に情報ですね」
「それを集めるのが凄いのじゃ」
 ここにこそだ。忍の者の面目躍如であった。
「実にのう」
「では木下殿と合わせて四人で」
「四天王か」
「そうなるでしょうか」
「いや、そうはならぬ」
 しかしだ。ここで、だった。前田はこんなことを言った。
「猿はその四人には入らぬ」
「百姓の出だから、ではないですね」
「猿は久助以上に独特じゃ」
 それ故にだというのだ。
「だから四天王とかいうよりは」
「一人侍でしょうか」
「そうなるのう、あれは」
「だからそうはなりませんか」
「四天王となると一人残る」
 前田は言った。
「最後の一人、果たして誰がなるか」
「それはわかりませぬか」
「この三人に並ぶとすれば余程のものじゃ」
 戦だけでなく政においてもだ。かなりのものがなければならないというのだ。
「権六殿や五郎左や久助と並ぶとなると」
「あなたはどうでしょうか」
 あえてだ。まつはだ。浪人になった夫にこう言ったのである。
「槍の又左は」
「そうなるよう励む。しかしじゃ」
「しかしですか」
「あそこまでなるのは容易ではなかろう」
「それはですね」
「うむ、容易ではない」
 前田とて己のことはわかっている。むしろその程度のことがわからぬ者を用いる程だ。信長は愚かではない。人を知り己を知ることは第一だからだ。
 それでだ。前田は己についてまつに話すのだった。
「わしにはそこまでの器はないわ」
「さすれば誰が残る一人になるでしょうか」
「誰か出て来るかそれとも」
「それともですか」
「やって来るかじゃな」
 その可能性もだ。前田は否定しない。
 そうしてだ。また言う彼だった。
「まあわしは今はじゃ」
「次の戦に馳せ参じですね」
「汚名を返上する」
 それはだ。くれぐれと言ってだ。それでだった。
 湯に入り酒を抜きに行くのだった。そのうえでだ。すっきりとなってだ。そうしてそのうえで一日をはじめだ。戦に思いも馳せるのであった。


第五十七話   完


                 2011・9・8 
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