戦国異伝
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第五十七話 前田の怒りその九
「湯については」
「猿と会おう」
昨日会ったがだ。今朝もだというのだ。
「そうしようぞ」
「ではそちらで、ですね」
「酒を抜くとしよう」
二日酔いをだ。それで消すというのだ。
「では行って来る」
「はい。ですが木下殿は」
「猿がどうしたのじゃ?」
「中々噂通りの方ですね」
「気配りじゃな」
「それができる方ですね」
こうだ。まつは木下のことを笑って話すのだった。
「それもかなり」
「うむ、猿はあれでできる奴じゃ」
前田は木下と仲がいい。だからこそ言えることだった。
「色々とのう」
「武芸だけではないのですね、武士も」
「あとあ奴は読み書きも苦手じゃ」
百姓の出であるからだ。そちらにも疎いのだ。
しかしそれでもだというのだ。その木下は。
「だが。あ奴は頭が抜群によい」
「読み書きが苦手でも」
「それを補って有り余るものがあるのじゃ」
それが木下の頭の回転だというのだ。
「だからあ奴はできる」
「その頭の速さと気配りで」
「それにあの笑顔がよい」
「笑顔も」
「うむ、よい」
今度は笑顔の話になるのだった。
「人たらしじゃな、あれは」
「人たらしですか」
「猿顔じゃがその顔を見ておると元気も出る」
これもだ。木下の不思議な特性であった。とかく彼には不思議な特性が多い。それにはこうしたものもあるのだ。その顔にもなのだ。
「妙な者じゃ」
「だからあそこまで出世もですね」
「足軽から侍大将じゃからな」
「そうはなれませんね」
「いきなりああはなれん」
そうだとだ。前田はまつに話す。
「それは御主もわかっておろう」
「はい、確かに」
「わしは何だかんだ言って武士じゃ」
しかもだった。彼はその武士の中でもだ。
「しかも織田家の中では」
「位がありますね」
「前田家といえばな」
「流石に平手家や林家とは比べられませんが」
「しかしそれなりの家柄である」
「殿は家柄にこだわる方ではありませんが」
だがそれでもだ。武士の世でありやはり家柄がかなりものを言うのも事実だ。実際に前田は最初から信長の傍にいられたのは家柄によるとことが大きい。
しかしだ。木下はというとだ。
「猿はまことに一介の百姓じゃからな」
「だから足軽ではじまり」
「足軽はやはり足軽じゃ」
前田は足軽についてだ。こう述べた。
「下手をすれば塵芥よ」
「戦の都度どれだけ死ぬかわからぬ」
「百姓の次男や三男を引っ張って使っておったのじゃ」
それを変えたのも信長である。彼はその次男や三男達を足軽一本で使っているのだ。百姓仕事は百姓仕事で専念させてだ。
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