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戦国異伝

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第六話 帰蝶その五


「よいな、道に一里ずつじゃ」
「目印にですか」
「それでなのですか」
「そうじゃ。目印があると兵の移動にも民の行き来にも便利じゃ」
 だからだと家臣達に話すのだった。
「それでじゃ。どうじゃ」
「ふむ、いい御考えですな」
 最初に賛成の言葉を述べたのは佐久間だった。
「どれだけ進んだのかわかれば、そして目印があれば民百姓も助かります」
「それに兵の移動ですが」
 このことを言ったのは前田であった。
「やはり目印があると有り難いです」
「だからじゃ。それではよいな」
 二人の意見を受けてあらためて他の者に問うた。
「これで」
「是非そうしましょう」
「それでは」
「さて、道もこれで整える」
 信長は田畑や町だけを見ていなかった。他のものも見ていた。そのうえで政を行っているのだった。そのことがよくわかることであった。
 そしてさらにだ。こうも言うのであった。
「あと。爺」
「はい」
 平手に顔を向けての言葉だった。平手もそれに応じる。
「父上のことだが」
「大殿ですか」
「何か美濃と話をしておるそうだな」
 己のすぐ左手に控える平手を見ながら問う。これは彼が信長の臣下で首座であることの証であった。
「それは何故じゃ」
「はい、婚礼のことで」
「何っ、婚礼とな」
 その言葉を聞いてだ。信長は雷が傍に落ちたかの如く驚いた。そしてその驚きのまままた平手に対して問うのであった。
「ではその婚礼とは」
「そうです、殿のことです」
 平手は己の若い主の顔を見ながら答えた。白面で細く整った顔なのは間違いない。
「殿の御婚礼のことで」
「それでだったのか」
「はい、それでなのです」
「美濃か」
 信長はそこにも注目した。
「そういえば美濃は近頃何かと困っておったな」
「御存知でしたか」
「知らぬ筈がなかろう」
 信長は落ち着いた調子で平手に対して述べた。
「隣の国のこと位は自分でわかっておらなければな」
「だからですか」
「知っておるわ。国人だけでなく越前の朝倉もおるしな」
「斉藤道三もその立場は万全ではありません」
「最近は特にだな。織田とばかり戦っているわけにもいかん」
 信長はさらに言ってきた。
「そして織田もだ」
「はい、斉藤とこれ以上の戦いは何の利もありません」
 平手は織田のその事情も話した。つまり双方に問題があるのである。
「ですからここはです」
「わしとその美濃の姫が婚姻を結ぶのだな」
「左様です。ですから」
「相手は帰蝶だな」
 また自分から言う信長だった。
「道三の一番上の娘だったな」
「このことも御存知でしたか」
「無論だ。知っておる」
 信長は実にはっきりと述べた。
「気は強いが顔はいいというな」
「そこまでは知りませんが」
「わしは気の強い女は好きだ」
 信長の顔がここでにやりとしたものになった。
「ましてやあの蝮の娘。面白いのう」
「蝮の娘でもですか」
「だからよい。わしの嫁に相応しいのかもな」
「ではこの度の婚礼は」
「よい」
 返答は一言であった。 
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