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戦国異伝

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第五十七話 前田の怒りその三


 前田の妻であるまつはだ。武芸もできるというのである。その腕もだ。
 木下はだ。森に自分から話していく。
「この前叉左殿の屋敷に盗人が入りまして」
「ほう、あの叉左の屋敷にか」
 織田家でも随一の槍の使い手である彼の屋敷にと聞いてだ。森はいささか呆れながら言った。
「命知らずな盗人もおったな」
「ただ。叉左殿はたまたま屋敷にはおられず」
「それでまつ殿がおってじゃな」
「盗人は掴まれて思いきり屋敷の家に放り投げられたそうです」
「まつ殿は柔術の使い手か」
「それに薙刀もです」
 女のたしなみだ。それはだ。
「かなりの腕前です」
「帰蝶様もかなりじゃが」
 帰蝶もだ。武芸についてはだ。
 かなりの腕を持っている。流石は道三の娘といったところだ。
 しかしだ。そのまつもなのだ。
「まつ殿も負けてはおらぬか」
「いや、叉左殿に相応しい奥方ですな」
「そうじゃな。しかし細君がしっかりしておるのはいいことじゃ」
「そうですな。いや、ねねも」
 ここでまたしてもだ。木下は夜目の話に入る。
「武芸はありませぬがとかく出来た女房で」
「御主を支えるか」
「はい、いやそれがしは背も低く顔も不細工で」 
 その小柄で猿顔のことはだ。どうしてもだった。
 木下にとっては拭えない劣等感だった。そのことは拭えない。
 それでもだ。ねねはというと。
「しかしそのそれがしに嫁いでくれましたし」
「そうして御主の家にいてくれてか」
「裁縫に料理に洗濯に掃除に」
 とにかくだ。女の仕事全てだ。
「万端やってくれます。いや、それがしには過ぎた女房です」
「過ぎたとは思わぬがな」
「そうではありませんか」
「うむ、過ぎたものではない」
 そうだとだ。森は木下自身に話す。
「御主に相応しい細君じゃ」
「そうでしょうか」
「ねね殿はあれじゃろう。御主に心底惚れているのじゃな」
「それは確かです」
 間違いないとだ。木下もすぐに答える。
「いや、有り難いことに」
「それだけの者なのじゃ。御主は」
「ねねが惚れる程の」
「そうじゃ。そこまでの者なのじゃ」
「そうであればいいのですが」
「猿、御主はできるしそれに」
 森はさらにだ。木下に告げた。
「よい男じゃ」
「いや、背も低く不細工で」
 容姿から言ってだった。木下は。
 己の中の劣等感をだ。さらに述べていく。
「剣も馬も弓も下手ですが」
「御主にはそういうものを補って有り余るものがある」
「でしょうか」
「頭がある」
 まずはそれだった。木下は文字は疎く学問もない。しかしだ。
 それでもだ。彼の頭は。
「機転が利くし記憶もよい」
「頭もまた武器になりますか」
「このうえない武器になる」
「とはいっても軍略は」
 そちらはあまりない木下だった。兵法書についてもあまり明るくはないのだ。
 だが、だった。森はだ。
 さらにだ。木下に話した。
「そういうよさではないのだ」
「軍略ではなく」
「その他の。あらゆることに対しての機転じゃな」
「それがあるというのですか」
「御主はそのことについては誰にも負けてはおらん」
 それだというのだ。彼にあるのは。 
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