戦国異伝
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第五十七話 前田の怒りその二
「御主が相手をするのは何か」
「それは」
「槍の叉左の槍と剣は大者をし止める為にある」
「小者のものではなく」
「そうじゃ。でかい者を倒せ」
柴田が前田に求めるのはこのことだった。
「よいな。小者は相手にするな」
「左様ですか」
「わしも若い頃はそうした輩には容赦しなかった」
柴田は堅物だ。傾くことはしない。しかしだ。
堅物は堅物なりに突っ張りだ。そうしてだったのだ。
「小者なぞ片っ端から殴り飛ばし許せぬ輩は斬った」
「ではわしも」
「しかし若さでそんなことをしても何にもならん」
前田は柴田の話に乗りはじめたがすぐにだった。柴田にこうも言われた。
「若さ故の血気は愚かなことよ」
「愚かですか」
「そうじゃ。愚かじゃ」
まさにだ。そうだというのだ。
「そんなことをしても何もならぬ。もっとも」
「もっとも?」
「いや、何でもない」
前田に言われだ。柴田は今の言葉は引っ込めた。
それでだ。すぐにその言葉を訂正させてだった。
こう前田に言った。
「何度も言うがそうしたことはするでない」
「大人しくしてですか」
「戦場で思う存分暴れよ。よいな」
「難しいことですな、また」
「難しいがそれでも我慢するのじゃ」
「そしてそれがですか」
「そうじゃ。将というものじゃ」
柴田はあくまで前田を諭す。
「そうそう小者に怒っては身が持たぬ」
「左様ですか」
「わかったな、これで」
「ううむ」
「今はわからずともやがてわかるが」
こうも言ってだ。柴田は。
とにかくだ。前田にこう言うのだった。
「軽挙妄動は今はよせ」
「それが権六殿の御考えですな」
「その通りじゃ」
あくまでだ。柴田は前田の軽挙を止めようとしている。だが彼の気持ちも汲んではいた。そうした気遣いもまたできる男なのだ。
しかしだった。その前田はだ。さらにだった。
茶坊主への怒りを高まらせた。この茶坊主もだ。
「叉左殿も口だけよ」
「わしはここにいて堂々としておるのにだ」
「何もして来ようとはせぬ」
「槍の叉左といっても口だけよ」
「所詮はその程度よ」
こう言ってだ。嘲笑ってさえいたのだ。だがその話を聞いてだ。
森可成はだ。こう木下に漏らしていた。
「血の雨が降るぞ」
「叉左殿は愚弄されたままでは終わりませぬか」
「終わる筈がない」
森はそのことを危惧して述べる。
「茶坊主を止めなければじゃ」
「危ういでござるか」
「のう、猿」
ここでだ。森は木下を見てだ。そして言った。
「御主は叉左と親しいな」
「家が近くにあります」
「細君同士も親しいな」
「いや、うちの奴はです」
女房の話になるとだ。木下は急にだ。
にやにやしてそれでいて楽しそうになってだ。森に話してきた。
「それがしが何を言っても。何といいますか」
「ねね殿じゃな」
「そうです。何かというと世話焼きで」
「そうなのか」
「叉左殿の細君のまつ殿と妙に馬が合って」
「あ奴の細君がまた随分としっかりしておるそうじゃな」
「しかもかなり強いとか」
ただだ。しっかりしているだけではないというのだ。
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