戦国異伝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第五十五話 美濃の神童その四
「やはり。器ではありませぬ」
「美濃一国を治める器ではか」
「到底。そうは思えませぬ」
まさにそうだとだ。彦作も兄に述べる。
「このままでは。稲葉山はおろか」
「美濃も失われるな」
「そう思います。織田殿に敗れるでしょう」
「しかし龍興様はそうは思っておられぬ」
「この稲葉山があればですか」
「何が来ようとも陥ちぬと思っておられるのだ」
「左様ですな。まさに」
彦作にしてもわかっていた。自身の今の主がどう考えているのかを。
だがそれでもだ。彼はこう兄に話した。
「しかし。それでもこの稲葉山はです」
「十六人では陥とせぬな」
「その数では砦一つ陥とせません」
やはりだ。常識から話す彼だった。
「到底です」
「では乗らぬか」
「いえ」
兄のその言葉にはだった。
彦作はすぐにだ、真摯な顔でこう答えたのだった。
「兄上が為されるのならです」
「ついてきてくれるか」
「最後まで信じさせてもらいます」
できぬとは思っているがだ。彼は信じることにしたのだ。
そのうえでだ。竹中にあらためて話すのだった。
「では。詳しいお話を御願いします」
「わかった。それではだ」
「はい」
こうしてだった。竹中はだ。
弟に己の考えを細かく話した。そうしてだ。
彼は一旦城を出た。それからすぐにだ。
彦作は病にかかりだ。城の中で寝入ってしまった。それを受けてだ。
竹中はだ。主である龍興に文を送りだ。見舞いを申し出たのだ。
その文を見てだ。龍興は側にいる者達にこう話した。
「また律儀な話じゃな」
「竹中殿ですか」
「弟殿の見舞いにですか」
「あえて殿に文を出しですか」
「許を得たいというのですな」
「左様じゃ」
このことに特に思うことなくだ。龍興は彼等に答えた。
「そう文で申し出てきておる」
「またそれは律儀な」
「いえ、細かいと言うべきか」
「どちらにしろ慎重に過ぎる様な」
「全くです」
「して殿」
彼等はだ。あらためてだ。
龍興にだ。こう尋ねなおした。
「このこと、どうされますか」
「許されますか?」
「それとも許されませんか?」
「どうされるのでしょうか」
「こんなことはどうでもいい」
今回も何でもないといった態度でだ。龍興は素っ気無く返した。
そしてだ。こう彼等に話した。
「見舞いなぞ好きにさせよ」
文をだ。右手にぞんざいに持って言うのだった。まさにどうでもいいといった態度だ。その態度が実によく出ていた。そのうえでの言葉だった。
そしてだ。さらにだった。
龍興はだ。こんなことも述べた。
「全く。詰まらぬ話だ」
「全くですな」
「弟殿の見舞いなぞで殿に文を送るとは」
「竹中殿も何をされるやら」
「あれで張子房の再来と言われておるのですから」
明の古の軍師である。漢の高祖劉邦に仕えその自由自在の見事な策によって彼が天下を握ることを助けた稀代の名軍師である。
竹中の知略はその彼にまで至ると言われているのだ。しかしだ。
龍興も周りの者達もだ。今の文にだ。
軽く見るものを感じてだ。それでそれぞれ言うのだった。
ページ上へ戻る