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戦国異伝

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第四十八話 市の婿その六


「勝つ戦をです」
「戦をするからには勝たねば」
「負ければ多くの者が無駄死にしますし」
「無駄死にですか」
「戦で無駄に死ぬなぞ」
 木下の顔に嫌悪が宿る。それはだというのだ。
「それ程馬鹿らしいものもありませぬ」
「戦をするからには勝つ」
「はい、必ずです」
 また言うのである。
「そうしなければならないのです」
「勝つ戦ですか。兄上のは」
「殿はそこも見極められておられます」
「何時勝つ戦をするのかも」
「本当に。無駄な戦はせぬことです」
「人が死ぬだけだから」
 市の顔が曇る。木下の横顔が苦くなっていたからだ。
 普段は陽気な猿面だがこうした時はだ。流石に曇るのだ。彼も。
「ですね。確かに」
「そして浅井殿ともです」
「無駄な戦をせぬ為に」
「はい、市様に見合う相手であれば」
 木下は市に話していく。
「そうであればです。もっとも」
「もっとも?」
「いや、それだけのお顔ですと」
 市の顔立ちを見ての言葉だ。尚彼が今見ているのは顔立ちだけではない。兄に似たその長身もだ。共に見てそれで言っているのである。
「釣り合う相手を探すのが大変ですな」
「私の様な者は幾らでもいるでしょうに」
「いや、これがおりませぬ」
 いつものひょうきんな仕草も交えてだ。市に話すのである。
「これはまことですぞ」
「またその様な」
「それがし嘘は言っておりませぬぞ」
「私があれだというのですね」
 市は笑ってだ。その木下にこう言うのである。
「美人だと」
「左様、その通りでござる」
「それが嘘であります」
 そのこと自体を信じていない市だった。自分自身のそのことをだ。
「私はその様に整ってはおりませぬ」
「そう思われますか?」
「兄上達ならともかく」
 信長だけでなく信行や信広といった面々もその顔立ちは非常に整っている。このことは市も幼い頃よりよく知っていることなのだ。
 だが自分はどうかというと。これがなのだ。
「私はそんなことはありませぬ」
「まあそう言われるのなら」
 謙遜ではないことも見てだ。木下は話を変えた。
 そのうえでだ。彼はあらためて市に話すのだった。こう。
「周りの言葉を聞かれるべきです」
「周りもそんなことは」
「まあ何にしろ」
「何にしろ?」
「周りの話や言葉を聞くのはよいことです」
「そのことはですか」
 話がそこに至る。これは秀吉の話術である。
 その話術によってだ。市にこう話すのである。
「そこから多くのものがわかりますので」
「人の話は確かに」
 そう言われるとだ。市もだ。
 わかるところがあった。そのうえで木下に応える。
「勉強になりますね」
「そうですな。だからこそです」
「では人の話はとかく」
「聞かれるといいです。そうして学ばれるとよいかと」
「左様ですか」
「いや、それがし実は学問は苦手でござる」
 木下の顔が苦笑いになる。彼は文字はあまり読めないのだ。それで学問もだ。お世辞にも得意とは言えないのだ。そこが彼の弱みでもある。 
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