戦国異伝

　　　　　　　　　　　　　　　第四十三話　　清洲に帰り
　桶狭間でのことはだ。当然清洲にも伝わった。それもすぐにだ。
　信長は勝ち鬨をあげるほぼ同じ刻にその知らせを清洲に知らせた。するとだ。
　話を聞いた留守役の信行はだ。すぐに笑みを浮かべた。そのうえで周りに言うのであった。
「皆も聞いたな」
「はい、確かに」
「聞かせて頂きました」
「我等の勝ちです」
「それも大勝利です」
「そうだ。一点の曇りもない勝ちだ」
　まさにそれだとだ。信行は言うのであった。
「今川の当主義元殿と嫡男氏真殿を虜にもした」
「そして他にも多くの虜を手に入れましたな」
「挙げた首も多数」
「まさに一点の曇りもありませんな」
「大学殿や木下殿も生き残りましたし」
「全く以て完璧です」
「そうだな。しかし猿か」
　信行は木下の名前を聞いてだ。そのうえで彼のことも話した。
「あの猿は死なぬと思っていた」
「そうだったのですか、木下殿は」
「そう思われていたのですか」
「そうだ、どうもな」
　これが信行の木下への評だった。
「案の定生き残ったわ」
「大学殿だけならばわかりませんでしたか」
「しかしあの御仁もいればですか」
「生き残れた」
「そうだったのですね」
「あの猿は大きい」
　こうも言う信行だった。
「身体は小さいが持っているものは大きいな」
「そうなのですか、あの御仁は」
「一見するとまことに猿なのですが」
「只の猿ではない」
「左様ですか」
「あの男が鷲津にいて大学と共に今川の先陣を足止めした」
　これはだ。今川にとってはまさに予想外のことだった。しかしそれでもなのだ。
「今川はそれ以上進めずに目もそちらに向いていた」
「殿はその隙を衝かれたのですね」
「そうされたのですね」
「それに加えてだ」
　さらにあるというのだ。信長の勝因はだ。
「前より出羽に命じてあの辺りを調べておられたしな」
「では雨が降ったともいいますがそれもですか」
「事前に念入りに調べておられた」
「それで勝たれたというのですか」
「兄上は只の方ではない」
　それ以上の者だというのだ。
「おそらく今川が来ることを読まれてだ」
「それで地形も天気のこともですか」
「事前に調べられそのうえで戦に出られた」
「それで勝たれましたか」
「最初からな。そのつもりであられたのだ」
　信行がこう話すとだった。
　家臣達もだ。思わず唸って言うのだった。
「殿はやはり尋常な方ではなかったのですね」
「そこまでの深謀遠慮を持っておられるとは」
「そうして今川の大軍に勝たれるとは」
「恐ろしい方です」
「まことにだ。兄上は尋常な方ではない」
　信行もだ。そのことがあらためてわかったのだ。
　そしてだ。そのことを話してからだ。家臣達にこんなことも話した。
「それでだが」
「はい、戦に勝ちました」
「さすればですな」
「これからすることは」
「兄上達が戻られる前にだ」
　その前にだというのだ。
「わかっておるな」
「はい、宴ですね」
「それの用意をですな」
「そうだ。今すぐにかかる」
　まさにだ。それだというのだ。