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戦国異伝

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第三十四話 今川出陣その一


                 第三十四話  今川出陣
 今伊賀にだ。一人の男がいた。
 背は普通位だ。引き締まった身体をしている。顔は面長で角があり頬がこけている。目の光は剣の様に鋭い。そして髷は総髷だ。
 その彼がだ。今周りの話を聞いていた。
「どうやら間も無くです」
「駿河の今川殿が動きます」
「そしてそのうえで」
「尾張に負けるな」
 男は周りの声を聞いてだ。一言で言った。 
 今彼は林の中にいる。頭の上まで木々に覆われている。人は一人もいない。しかしである。声達は男に対して確かに告げているのである。
「今川殿は」
「負けますか、今川殿が」
「そうなりますか」
「そうだ、負ける」
 男はまた言った。
「間違いなくだ」
「何故そう思われますか」
「兵は今川殿の方が多いというのに」
「それでも負けるというのですか」
「確かに兵の数は大事だ」
 男もそれは認めた。兵の大小はそのまま戦の勝ち負けに直結するものだ。このことは素人であってもすぐにわかることであるからだ。
 だがそれを踏まえてもだ。男はこう言うのだった。
「しかしだ」
「織田殿にはですか」
「勝てるものがありますか」
「そもそも尾張は織田殿の地だ」
 地の利であった。男がまず言うのはこのことだった。
「それがかなり大きい」
「今川殿にはそれがない」
「それですか」
「それにだ。織田殿の将はかなりいい」
 今度はだ。将のことだった。
「武田や上杉と比べても遜色がない、いや」
「いや?」
「いやといいますと」
「それ以上か」
 そこまでだとだ。男は言うのだ。
「武田二十四将や上杉二十五将よりも」
「上だと」
「彼等よりも」
「それぞれの質は互角」
 将の質はだ。武田や上杉と五分だというのである。そしてさらにであった。
「しかも数は武田や上杉よりも多い」
「今川殿を圧倒している」
「左様ですか」
「確かに今川殿には雪斎殿がおられる」
 今川の柱である彼の名前も出る。
「しかしだ。織田殿の将はだ」
「どれもですか」
「優れているというのですね」
「瞬く間に尾張を統一し」
 そしてだというのだ。
「政も見事だな」
「それを御覧になられてですか」
「織田殿の将はなのですね」
「今川殿のそれよりも上だと」
「そうだ。おそらく織田殿の将は随一よ」
 そこまでだというのだ。男の言葉は真剣だ。
「天下においてな」
「その天下一の将達にはですか」
「今川殿は劣る」
「そうなりますか」
「そして将の将もだ」
 さらに上の話になったのだった。ここでだ。 
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