戦国異伝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第三十二話 結納その三
「ですから。気にやまれることはありません」
「左様か」
「はい、そして」
「そして?」
「妻を迎えられるのは兄上だけではありませんな」
「そうじゃ。又左殿もじゃ」
彼の名前がここで出た。前田のことだ。
「あの御仁もな。おまつ殿と」
「よいことでございます」
「では二組じゃな」
「兄上と又左殿」
この二人だというのだ。
「そしてねね殿とまつ殿です」
「しかし又左殿とまつ殿は」
その二人はどうか。木下は項垂れた顔で話す。やはり表情が暗い。
「殿の覚えが目出度く」
「母衣衆でしたしな」
「そうじゃ。前田家は名門じゃしな」
織田家の家臣の中ではそうなのだ。
そしてだ。さらにであった。
「槍を使わせれば縦横無尽、しかも政もできるしのう」
「ですから。そういうことを言ってもです」
「仕方ないのじゃな」
「はい、兄上には兄上の武器があります」
そうだというのである。弟はこう言うのだ。
「それを使えばよいのです」
「頭か」
「はい、頭です」
「これを使ってやっていけというのか」
「政はできますな」
「ああいうことはのう」
実際にどうかとだ。木下もこれは答えられた。
「できる」
「では。問題はありませぬ」
「戦ばかりではないか」
「戦も頭を使われればいいではありませんか」
その戦についてもだ。そうすればいいというのだ。
そのうえでだ。再び兄に話した。
「力はなくとも頭があればです」
「やっていけるか」
「むしろその方がいいでしょう。力は一人を相手にするものですが」
しかしだ。頭はどうかというのである。木下秀長の言うことはそれだった。
「頭はです」
「万人を相手にできるか」
「そうです。それに」
「それに?」
「どうも兄上は」
その彼をあらためて見ての言葉だった。
「人に好かれる様ですし」
「人に?馬鹿を言え」
木下は弟の今の言葉は一笑に伏した。その理由も話す。
「わしの如き猿顔がか。人に好かれるか」
「顔ではありませぬ故」
「奇麗事じゃな」
「いえ、、違います」
弟の否定の言葉は強い。
「それは断じて」
「まことか?」
「確かに顔は大事です」
彼もそれは否定しない。
「人間まず顔が見られますから」
「そうじゃ。だからわしは」
「しかし人はそれだけではありません」
こうも言い加えるのだった。
「兄上の場合はです」
「わしはか」
「はい、何かえも言われぬものを感じます」
兄のその目を見ながらの言葉だ。
ページ上へ戻る