戦国異伝
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第三十一話 尾張への帰り道その十
そうしてだ。馬の薬のことを教えだ。そうしてからだ。
駿府の城に戻り。そのうえで今度はだ。
剣を庭で振るう。そこに元康が来た。
彼はだ。氏真の姿を認めるとすぐに彼に声をかけた。
「ここにおられましたか」
「うむ、先程まで城の外に出ておったがな」
「探しておりました」
元康は氏真の前に控えて述べた。
「殿が御呼びでした」
「父上がか」
「はい、戦のことで」
話があるというのだ。
「それで御呼びしろと」
「戦のう」
戦と聞くとだ。今一つ浮かない顔になる氏真だった。
そのうえでだ。元康に対してこう話すのだった。
「わしは剣はともかくじゃ」
「戦はですか」
「どうも不得手じゃ」
それはだというのだ。浮かない顔で述べる。
「兵達を操るのが駄目じゃ」
「その為に我等がいますので」
「安心せよというのか」
「はい、それは」
こう慎んで述べる元康だった。
「ですから」
「頼むぞ。そしてじゃ」
「そして?」
「そなた奥方とは上手くやっておるか」
話を変えてきた。彼の妻について尋ねるのだ。
「それはどうじゃ」
「はい、婚姻したばかりですが」
「仲はよいか」
「何か。妻を迎えるというのは」
元康はそのことにだ。狐につままれた様な顔を見せた。
「不思議なものですな」
「そうそう、それは麿もじゃ」
「若殿もでございますか」
「うむ。それまで一人で自由にやっておったのにじゃ」
どうなるかというのである。
「そこに。おっかないのが来るのじゃぞ」
「奥方は怖いものでございますか」
「我が祖母殿を見るのじゃ」
氏真にとっては祖母であり義元にとっては母だ。その存在も話すのだった。
「いやあ、誰も勝てぬじゃろ」
「あの方ですか。確かに」
「そうじゃ。おなごは可愛いものじゃが」
それでもだと。元康に話す。
「怖いものでもある。忘れてはならんな」
「そうなのですか」
「そなたもそのうちわかる」
今でもなくともだ。それでもわかるというのである。
「では。何はともあれじゃ」
「はい、殿の下に参りましょう」
「そうじゃな。竹千代、おそらくはじゃ」
氏真はあらためてだ。元康を見て述べた。
「そなたが先陣じゃな」
「それがしがでございますか」
「そうじゃ。そなたとじゃ」
もう一人はというとだ。彼だった。
「和上じゃ」
「雪斎殿でございますか」
「正直なところ今川で先陣を任せられるのは二人しかおらん」
それは氏真が見ても言うことだった。何故かというとだ。
「今川は。戦はどうもな」
「不得手だというのですか」
「麿も戦は苦手じゃ」
それは認めるしかなかった。不本意ではあるがだ。
「そして実は父上ものう」
「そういえば殿は」
「馬に乗るのがあれじゃし」
このことはあまりにも有名になっていることだった。今川家でもだ。
「あえて多くは言わぬが」
「左様ですか」
実の父であり今川の主だ。それで言える筈がなかった。
しかしだ。これが今川にとっては痛いところだった。
だがそれでもだった。戦がだ。
はじまろうとしていた。そのことはだ。最早彼等の方でも止まらなかった。
第三十一話 完
2011・3・9
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