戦国異伝
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第三十話 交差その十一
そして擦れ違った二人はそれでお互いを知った。それは彼等こそができることであった。その二匹の龍がだ。そうしたのである。
しかしだ。この時だ。東北においてだ。もう一匹の龍が出て来ていた。
右目に眼帯をしている。総髷に髪を結った精悍な顔立ちの若い男がだ。馬を駆っている。そのうえでだ。
周囲に対してだ。こう問うていた。
「今はどの辺りじゃ!」
「はい、今はです」
「芦名の領地との境辺りです」
後ろに続く家臣達が彼に答える。彼等は今は鎧を着てはいない。戦に向かう姿ではなかった。
「その辺りです」
「違うわ!そうではない!」
眼帯の男はだ。その家臣達にこう返すのだった。
「わしが問うておるのはわしが今どの辺りにおるかじゃ」
「それですか」
「そのことですか」
「越後に黒い龍がおるのう」
謙信のことだ。それは言うまでもない。
「天下随一の。あの軍神がのう」
「上杉謙信でございますか」
「あの男ですか」
「そして龍はもう一匹おるな」
その龍のこともだ。隻眼の男は言った。
「尾張のあの青い蛟龍よ」
「あのうつけと評判の」
「あの男でございますか」
「ははは、うつけか」
天下に知られるその呼び名にだ。男は笑って応えた。
「そうじゃな。確かにあれはうつけじゃ」
「うつけもうつけでございます」
「おおうつけだとか」
「いいのう。わしもそうじゃしな」
楽しげな笑みであった。それと共の言葉だった。
「わしも。みちのくのおおうつけじゃ」
「殿、それはです」
「言わぬ方がよいかと」
「何、まことのことじゃ」
ここでだ。男の顔に一抹の寂寥が宿った。一瞬だが確かにだ。
「この右目故に。母上に忌み嫌われ疎まれる。おおうつけじゃ」
「いえ、それは」
「その」
「東の方様にも御考えが」
「よいわ。事実じゃ」
馬を駆りながらだ。男は言うのだった。
「わしは片目のじゃ。おおうつけじゃ」
そしてだ。また言うのであった。
「しかし越後の龍もうつけだったそうじゃな」
「幼い頃はかなりの乱暴者だったとか」
「手がつけられないまでの」
「同じよ」
男はまた言った。
「わしもうつけじゃ。越後や尾張と同じな」
「同じだと」
「あの者達と」
「そしてじゃ。龍であることも同じじゃ」
それもだというのだ。同じだとだ。
「越後の黒い龍に尾張の青い蛟」
「そして殿は」
「何でしょうか」
「奥羽の独眼龍じゃ」
それだというのであった。
「色はまだないのう。それはこれから着けるか」
「色もですか」
「それもでございますか」
「そうじゃ。それはこれからじゃな」
こう話すのだった。その左目で前を見ながらだ。
「色についても考えておこうぞ」
「左様ですか」
「しかし。殿もまた」
「龍ですか」
「それであると」
「そう仰るのですね」
「そうじゃ」
まさにだ。その通りだというのである。
「この伊達政宗はそうじゃ」
「龍でございますか」
「若殿もまた」
「そうよ。龍は龍でも」
不敵な笑みと共にだ。その男伊達政宗は言う。
「独眼龍じゃ」
「それでございますか」
「あの二匹の龍に対して」
「若殿は独眼龍」
「そうだというのですね」
「その独眼龍は只の龍ではないぞ」
天を見上げた。蒼天をだ。その青い空を見上げながらだ。彼はまた言うのだった。
「天下を自由に飛ぶ龍じゃ」
こう言うのであった。
「二匹の龍も。虎も獅子も従えてじゃ」
「甲斐も相模もでございますか」
「そうされますか」
「そうじゃ。そうするぞ」
天下を見ていた。それを言った言葉だった。
「わしはこのみちのくで終わらぬ。天下を手中に収めるぞ」
「では我等も」
「若殿と共に」
「天下を」
「奥州?羽州?小さい小さい」
彼等が今その場所はだ。政宗は一笑で終わらせた。
「天下よ。天下に羽ばたくぞ」
こう言うのであった。そうしてであった。
奥羽でもだ。一人の英傑が出ていた。今天下に数多くの英傑達が生まれ出ていたのだった。
第三十話 完
2011・3・3
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