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戦国異伝

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第三十話 交差その十


「あってはならないことです」
「武家の者ならばですね」
「その棟梁である公方様は敬うのは当然として」
「幕府もまた」
「重く見なければ」
「そうです。彼はそれがわかっていません」
 また言うのであった。
「そこが問題なのです」
「では。あの御仁に対して」
「殿はいい感情を持たれていませんか」
「左様ですか」
「その考えについてはそうです」
 信長のだ。それはだというのだ。
「ですが。人としてはです」
「違いますか」
「お好きですか」
「あれだけ。己が道を突き進める者はいません」
 謙信は微笑んでいた。語りながら。
「羨ましくもあります」
「羨ましいですか」
「自然と。そう思うのです」
 見ればだ。謙信の顔が微笑んでいた。
「彼のことを思うとそれだけで」
「そういえば殿は」
「武田に対してもですね」
「甲斐の虎に対しても」
「確かにあの男も勝手な行動を取る男です」
 謙信にとってはだ。彼の行動はそれなのである。
「ですが、それでもです」
「御嫌いではないのですね」
「嫌いではありません」
 否定した。はっきりとだ。
「甲斐の虎は強敵です」
「強敵ですね、確かに」
「殿にとって」
「私にとってかけがえのない」
 ここで、だった。信玄をこう評したのであった。
「『とも』なのです」
「強敵でありながらです」
「友人でもある」
「それがあの男ですか」
「互いに認め合い、知っている者は何か」
 それが何か、謙信はこのことも語るのだった。
「それを『とも』と言うのではないのですか」
「言われてみれば。確かに」
「そうなりますね」
「まさにそれこそがです」
「そうです。それが『とも』なのです」
 謙信の言葉が続けて出される。
「私にとって甲斐の虎はまさにそうなのです」
「そして尾張の蛟龍もですか」
「あの男もまた」
「殿にとってそうした存在になりますか」
「やがては」
「そうなるかも知れません」
 謙信は楽しげに笑って家臣達のその言葉に応えた。
「そしてその時はです」
「毘沙門天の御加護を受け」
「そのうえで」
「毘沙門天は天下を守護するもの」
 まさにそれだというのだ。謙信には私はない。あるのは義である。その彼にとってはだ。毘沙門天はまさにそうした存在なのだ。
「その毘沙門天がです。尾張の蛟龍が天下を定めぬ存在となるならば」
「その時は織田を討つ」
「そうなりますか」
「そうです。私はその時に戦うでしょう」
 謙信は言った。強く確かな声で。
「毘沙門天の剣となって」
「では我等は」
「その殿の手足となり」
「そのうえで殿と共に戦いましょう」
「頼みます。では明日にです」
 謙信達もだった。明日にはだ。
「越後に発ちましょう」
「戻り。そしてですね」
「また国を治めましょう」
「戦もしましょう」
 こう話すのであった。信長と謙信は都において擦れ違ったのであった。それが二人の最初の出会いであった。 
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