戦国異伝
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第二十五話 堺へその七
「兵糧をあらかじめそこに用意しておくというのか」
「その通りでござる」
「ううむ、兵糧は運ばぬのか」
「無論国の外で戦う場合は別でござる」
その場合はというのである。
「しかし。中を進む場合は」
「そうするというのか」
「左様か」
他の家臣達も聞いてそれぞれ言う。
「そうした考えはなかったな」
「そうだな」
「これは如何でしょうか」
ここまで話す。するとだ。
それまで黙って話を聞いていた信長がだ。こう言うのであった。
「それは面白いな」
「そう思われますか」
「うむ、中々よい」
笑顔でこう話すのだった。
「兵糧は何かとかさばる」
「それも考えまして」
「随分と細かく考えておるのだな」
「いえいえ、単なる思い付きでございます」
「思い付きでもそこまで考えたのは事実ぞ」
信長は木下の謙遜をこう言って退けた。実は彼は木下のそれが思い付きではないと見抜いていた。だがそれについては言わずにだった。
そのうえでだ。木下にさらに話していく。
「そうであろう」
「はあ」
「だからじゃ。それでじゃ」
信長は言葉を続けていく。
「進む速さも考えそのうえで然るべき場所に飯を置いておく」
「そうされてはどうかと思います」
「それはこれからしておこう」
信長は確かな声で述べた。
「是非な」
「有り難きお言葉。それでは」
「猿、そなたのその考え採用する」
確かな笑みで頷いてみせての言葉だった。
「そうするぞ」
「いやあ、それで何よりでございます」
木下は信長が己の案を採用してくれたと聞いてこのうえなく喜んでいる仕草をしてみせる。ある程度は道化だがある程度は本気で、である。
そうして喜んでいた。だがここでだった。
弟の秀長が傍に来てだ。兄に囁いてきた。
「兄上、それまで」
「むっ、落ち着けというのか」
「左様でございます」
まさにそうだというのである。
「さもなければです」
「さもなければ。どうなるのじゃ?」
「後ろにこけて頭を打ちます」
そうなるというのだ。語るその顔は真面目そのものである。
「若しくは落馬です」
「ううむ、それではじゃ」
それを聞いてだ。木下も真剣な顔になって応える。
「わしも大人しくなるとしよう」
「それで御願いします」
「ふうむ。猿は弟には弱いようじゃな」
そんな木下を見てである。佐久間盛重が言うのであった。
「猿が調子に乗るのは弟が止めるのじゃな」
「いやいや、よくできた弟でござる」
佐久間盛重のその言葉にはだ。木下は真面目な顔で返した。
「それがしも頼りにしてもうす」
「いいことじゃ。それでは猿よ」
「はい」
「その弟大事にせよ」
こう彼に告げるのだった。
「よいな」
「大事にでございますな」
「そうじゃ。絶対に死なせるな」
戦国の世である。死ぬことなぞ日常茶飯事だ。だからこそ彼はこう木下に言うのであった。それは確かな忠告でもあった。
それを受けてだ。秀長も彼に言ってきた。
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