戦国異伝
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第三話 元服その六
「そう仰るのですか」
「今川は元よりその二国を治めている守護大名だった」
吉法師はこのことも指摘した。
「さすればそれなりの兵があり家臣をまとめれば済むことだった」
「甲斐ではいささか乱がありましたが」
「駿河はそうではありませんでしたし」
「跡目争いはあったが今川を主にすることに異を唱えるものではありませんでした」
そうした意味で今川の統治は磐石であり続けているのである。このことは他の大名達とは趣を異にするものであると言ってよかった。
「では武はそれ程ではないと」
「殿はそう見ているのですか」
「兵のことについては我等も偉そうなことは言えぬ」
吉法師は兵については言葉が弱かった。織田、即ち尾張の兵は弱兵として知られていた。このことは吉法師もよくわかっていた。
「だがそれ程ではない」
「そして将もですか」
「太源以外にはいませんか」
「左様、主の今川義元にしても政はよい」
それはいいとした。
「公家衆から雅を知り教養もある」
「そういえば自身で戦場に立ったことはほぼありません」
「今川は戦をすること自体が少ないですが」
「それで兵が強いとは思えぬ。密偵を使って他国を調べることもどうやら三河に対して以外は然程してはいないようだしな」
吉法師はこのことも見ていた。
「尾張にはまだそれ程送ってはいない」
「殿、さすれば」
滝川が進み出て言ってきた。
「一つ策がありますが」
「何じゃ、申してみよ」
「今川の手の者が今後尾張に来ましたならば」
「全て消せというのか」
滝川を見据えて問い返した言葉だった。
「そうせよというのか?」
「いえ、そうではありません」
滝川はそれは否定した。
「それとは違いです」
「ふむ。消さぬのか」
「消せばそこでかえって怪しまれます。ですからそれはするべきではありません」
「しかし久助よ」
柴田がすぐにその滝川に幼名を言って問うてきた。
「それでは今川にこちらの情報を知られ過ぎるぞ」
「そうだな、確かに」
「それは」
柴田の今の言葉に林と佐久間も頷く。
「そうなっては何にもならぬぞ」
「我等のことを全て知られては」
「ある程度は消します」
滝川はある程度と述べた。
「全てではなくある程度はです」
「では残った者はどうするのですかな」
武井がそれを問うた。
「残った今川の手の者には」
「その者には偽の情報を渡します」
「偽のか」
「はい、そうです」
そうするというのである。
「そうして今川に我々の真のことを知られないようにするのです」
「ふむ、それならばだ」
平手はここまで聞いて腕を組んで述べた。
「その忍の者のことは全て掴んでおかなくてはな」
「それはお気遣いなく」
滝川はそれについてはその目をさらに鋭くさせて述べてきた。
「それがしは元々忍の者。抜かりはありません」
「左様か」
「はい、甲賀の者もかなり連れて来ていますので」
彼だけが織田家に仕えているのではなかったのだ。彼は己の一族である多くの者もまた織田家に引き入れているのである。
「ですから」
「甲賀か」
甲賀と聞いてだ。吉法師の目が光った。
「伊賀や風魔と並ぶ忍だな」
「はい、そう言われております」
「根来や雑賀も聞いているがな」
この時は多くの忍の者達がいてそれぞれの大名に仕えているのである。
「しかし。甲賀といえばじゃ」
「何か」
「伊賀の者とは仇敵だったな」
「その通りです」
吉法師の言葉に応える滝川の顔はさらに険しくなる。伊賀と聞いてである。
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