戦国異伝
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第二十二話 策には策でその五
「母上、お久しゅうございます」
「はい。そなたも元気そうで何よりです」
今は津々木は傍にはいない。彼は城の外に置いておいたのだ。彼こそが謀叛の張本であることは既に知られている。流石にその彼を城の中に入れるのは不自然だと判断してのことである。それどころか彼を連れてここに来ていることすらだ。内密であったのだ。
そうして今は一人で母と会ってだ。挨拶をするのだった。
「先のことは申し訳ありません」
「髪を剃るそうですね」
「はい」
「そうしてそれが伸びるまでは蟄居だとか」
「兄上のご沙汰で」
「いいでしょう」
御前はだ。このことにはここでは多くを言わなかった。そうしてだった。
我が子にだ。こう告げるのであった。
「ではです」
「兄上のところにですね」
「一刻を争います」
お互いわかっているが。こう告げるのだった。
「ですから。早いうちに」
「わかりました。それでは」
こうしてであった。信行はその信長のいる部屋に向かった。そうしてそこにいる信長の前に案内された。それからであった。
「よく来たな」
「遅れて申し訳ありません」
「いや、時間通りだ」
信長は床の中で布団を被り顔を見せない。そのうえで弟と話すのだった。
「何も問題はない」
「だといいのですか」
「してじゃ」
信長はここで本題に入ったかに見せた。
「よいか、勘十郎よ」
「して。何でしょうか」
「そなたに言っておくことがある」
こう彼に言うのである。
「そなたにじゃ」
「私に」
見ればだ。信長は布団の中から見ていた。信行の姿だけでなくだ。左右の蝋燭で枕元を照らすその部屋の中でだ。彼は見たのだった。
そしてだ。彼はやにわに布団から起き上がりだ。彼の名を呼んだ。
「鎮吉!」
こうだ。その名を呼びだ。
「影じゃ!」
また叫んだ。
「勘十郎の影じゃ!突け!」
「はっ!」
するとだ。信行の後ろの襖が開いてだ。刀を抜いた川尻が出て来た。彼は信長が言うままに信行の影をその剣で貫いたのだった。
刀を逆手で両手に持ちそのうえで畳ごと貫いた。するとだった。
不意に信行の影が蠢きだ。そこから何かが飛び出た。
「むっ、これは!」
「出たか!」
信長は寝着だったがその手には刀がある。構えを取りながら叫ぶのだった。
「ここで!」
「馬鹿な、そんな筈が」
影を貫かれた信行は何ともなかった。だが驚きを隠せぬ顔で言うのだった。川尻は畳から刀を抜き態勢を立て直して構えに戻っている。
「影に。あの男が」
「信じられぬか」
「城の外に置いていきました」
己の前に立つその男を見ながら兄に答える。信長と川尻は立ち上がっており構えを取りながら信行を囲むようにしてその左右に来ていた。
「それがどうして」
「御主、何者じゃ」
信長は強い顔で津々木に問うた。
「人か。それともあやかしか」
「ははは、それがしがあやかしでござるか」
津々木は二人に刃を向けられてもだ。平然としてそこに立っていた。そうしてそのうえでだ。口を大きく開いて笑いこう言ったのである。
「またそれは面白いことを」
「面白いというのか」
「それがしは紛れも無く人でございます」
口を閉じても笑みのままだった。その顔での言葉だった。
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