戦国異伝
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第二十二話 策には策でその二
「ですから。古渡からです」
「蟄居を命じていたのではないですか?頭を剃らせたうえで」
「いやいや、頭を剃るのはまだの筈です」
母も話を聞いていた。信長はそれがわかってさらに続ける。こうなるともう流れは自分のものだった。御前もそれはわかってやっていた。
「ですから今のうちにです」
「勘十郎をこの清洲に呼びですね」
「はい」
その通りだと。頷いてみせた。
「左様でございます」82
「わかりました。それではです」
「勘十郎にお伝え下さい」
「それもすぐにですね」
「早馬がありますので」
もうそれを用意してあるというのである。
「何でしたら乱派でも」
「そこまでしなくていいでしょう。早馬で充分です」
「はい、さすれば」
「文を送ります。しかし」
ここで、だった。御前はまた呆れた顔になってだ。信長に言うのであった。
「吉法師、全くそなたは昔から」
「昔から。何でございましょうか」
「手のかかる子です」
我が子にだ。こう言うのである。
「何かとやんちゃで。勘十郎は素直で穏やかだというのに」
「いやいや、そうでなくては天下はです」
「天下を望むというのですね」
「無論です。まあ母上は見ておいて下さい」
「精々討ち死にしないことですね」
しかし母の言葉は厳しい。
「今の様に落馬なぞして」
「いやいや、それはきつい」
「きつくはありません。そなたは昔からやんちゃばかりして」
「甲斐や越後もそうですぞ」
「ああいったようになりたいのですか」
「いやいや、さらに上です」
不敵に笑ってだ。母にも話すのだった。
「あの者達よりもさらに上に行きます」
「やれやれ。また大きなことを」
「大きいですか」
「そうしていつもそんなことを言って」
母はここでも呆れて我が子に言うのだった。
「そなたは」
「私は本気ですよ」
「本気で天下を手に入れるというのですね」
「まあ見ていて下さい」
「尾張は確かに統一しましたが」
それは一応は認めるといった口調ではあった。
「しかし」
「それでもですか」
「見ておくことは見ておきます」
素直ではない。信長に対してはどうしてもそうなる母だった。
「ただ。勘十郎はです」
「殺すなというのですね」
「そなた、それはないですね」
「殺すのならもう先日のあの時にしております」
「ではやはり」
「母上もあの津々木という男は御存知ありませんな」
床の中から真剣な顔で問うた。
「やはり」
「知る筈もありません」
御前は我が子のその問いには首を横に振って述べた。
「怪しい者とは思いますが」
「やはり御存知ありませんか」
「何なのですか、あの男は」
御前の方からだ。信長に問うのだった。
「氏素性も全くわからないとは」
「そうですな。どうも気になり申す」
「そうした者が勘十郎に近付くとは」
「その辺りも調べておくのです。いいですね」
「わかっております」
それは信長が最もわかっていることだった。そしてだった。
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