戦国異伝
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第十二話 三国の盟約その九
「だからじゃ。どうじゃ」
「茶は好きです」
元康は素直な微笑と共に師の言葉に応えた。
「殿も氏真様もそうだと聞いてますが」
「うむ、御二人共好まれる」
実際にそうだというのだった。
「さすればじゃ。よいな」
「それでは今より」
「作法は難しいが色々と教えておくのでな」
「御願いします」
こうして雪斎は元康に茶も教えたのであった。そしてその茶はだ。清洲において信長も行っていた。彼は平手と共に茶室の中にいた。
その狭い畳の部屋の中で三人でいた。もう一人はだ。
年老いた僧侶であった。信長は彼の顔を見て言うのであった。
「ふむ、和尚よ」
「何でしょうか」
「和尚の茶も見事じゃな」
碗を自分の前に置いてそのうえでその僧侶に告げた信長だった。
「爺の茶も見事じゃが」
「有り難き御言葉」
「いや、茶はいいものじゃ」
信長はその僧侶沢彦和尚を見ながら話した。
「落ち着く。それに心がすっきりするわ」
「左様、茶は眠気も覚まします」
ここで平手がこのことを信長に話した。
「そしてです。侍もこれからはです」
「こうした素養も身に着けねばならんな」
「そうです。殿は昔から茶や能といったものが好きですが」
「うむ、好きだぞ」
信長は笑って平手のその言葉に頷いてみせた。
「踊りは見るのもするのもじゃ。好きじゃ」
「そうですな。昔から茶を親しまれているのは爺も非常に有り難く思っております」
「殿は書もよく読まれますしな」
和尚はこのことを言ってきた。
「いや、何でも読まれておるようで」
「とりあえずある書は読むようにしておる」
こう答える信長だった。
「それが必ずわしの中に備わるからな」
「はい、その通りです」
「しかし爺はそれだけでは駄目だと言うからのう」
「当然でござる」
平手は主に対してぴしゃりと告げた。
「殿のことを思えばこそ。だからこそです」
「わかっておる。全く爺は厳しいのう」
「わかっておられればです。殿はもう少し行儀というものを」
「備えろというのか。勘十郎の様にじゃな」
「そうです。最近は又左といい小六といい殿に影響されたのか派手な風体の者が家中に多いので爺も気が気でなりませぬ」
「それでか」
信長は笑ったまま平手に話した。
「この前慶次を叱ったそうじゃな」
「左様です。特にあの者はです」
「あれと勝三は特にじゃな」
「目に余ります。服だけでなく普段の行いも」
「まさか爺にもやったのか」
「やられましたわ」
平手は憮然とした顔で主に答えた。
「この前茶に呼んだのですが」
「ふむ。あ奴はあれでも風流が好きだからのう」
「それがしに茶を淹れてくれたまではよかったのですが」
「その茶にか」
「まず何時の間にか既にあ奴が飲んでおり」
そこからであった。
「そしてその碗の中にです」
「何があった」
「何と紙が入っておりました」
そうだったというのである。
「そしてそこにです」
「何か書いておったか」
「はい、ご馳走様と」
こう書いてあったというのだ。その紙には。
「そして目の前には童の様に腹を抱えて笑うあの男がおりました」
「して怒ったのか」
「この手で何発も殴ってやりました」
そうしたと。怒りを抑えながら語る。
「そうしてやりました」
「ははは、爺は相変わらずだのう」
「相変わらずなのはあの男です」
「慶次がか」
「左様です、ああした悪戯をするなどとは」
「叔父である又左を水風呂に入れて大喧嘩になってもおるしな」
「どうしてああなのか。殿が行儀というものを身に着けられぬから下の者も乱れるのです」
平手が怒るとであった。信長は笑いながら返す。これはいつも通りであった。
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