戦国異伝
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第十二話 三国の盟約その四
「それにそれぞれの兵の強さはだ」
「尾張兵と言えば弱兵で有名ですが」
穴山がこのことを指摘した。
「それを知らぬ者はおりますまい」
「しかし駿河の兵も同じだ」
信玄はこのことも指摘した。
「今川殿の兵もだ。兵の強さではどちらもどちらだ」
「では何故でしょうか」
「今川殿が尾張を手に入れられるのが難しい理由は」
「将よ」
信玄はそれだというのだ。
「それのせいよ」
「将ですか」
「それですか」
「織田の将の質は我が武田や上杉のそれに比する」
「そうです、それは事実です」
「確かに」
穴山と高坂だけではない。信長の戦のことは既におおよそ知っていたのだ。武田の目は広くあらゆるものを見ているのだ。
だからこそだ。彼等は信長を侮ることなく見てそのうえで話しているのだ。そうした意味で彼等は義元よりも上であるといえた。
そしてだ。信玄がまた言った。
「だからよ。今川殿も厳しい戦いになるだろう」
「だからですか」
「それで」
「そうだ、下手をすると敗れる」
信玄は最悪の事態も想定していた。
「織田信長、侮れる男ではない」
「わかりました。して殿」
高坂が話を変えてきた。
「そろそろです」
「そうだな。行くとするか」
「はい、それでは」
こうしてであった。信玄は二人を連れて会見の場に向かった。そしてもう一方の雄もだ。その会見の場に向かおうとしていたのだった。
細面の引き締まった顔をしている。細く長い口髭が端正でである。目元も口元も引き締まり鼻も立派である。誰が見ても認めるまでの美男子である。
その端正な顔に向こう傷がある。それが彼の端正さに精悍さも加えていた。
この男こそ北条氏康である。相模の獅子と呼ばれ関東を掌握せんとしている男である。彼は己の傍に控える法衣の老人に尋ねた。
「叔父上」
「何ですかな」
「ここまでは宜しいな」
「はい」
その老人は氏康の言葉に応えて頷いた。
「そう思います」
「左様ですか。して今川殿だけでなく武田との盟約ですが」
「甲斐の虎は強うございます」
老人はまずこのことから話した。
「越後の龍だけでなく虎まで相手にするのはです」
「我が北条にとって不利」
「左様です。幸い武田は上杉とことを構えております」
「確かに」
「さすればです」
この前提から話すのだった。
「ここは盟約を結ぶことこそが両家にとって得策」
「だからこそですな」
「今川殿との盟約は既にあります」
「確かに」
両家の結びつきは深く長いものだった。北条家の始祖である北条早雲はそもそも今川家の家臣であった。その縁から北条家は今も今川家と婚姻を結んでいるのだ。
その縁もあり今彼等はここにいるのだ。老人はここでまた言った。
「この北条幻庵」
「はい」
「殿に間違ったことは言っておらぬつもりです」
そうだというのである。
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