| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

戦国異伝

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第十二話 三国の盟約その一


                第十二話  三国の盟約
 雪斎は何時になくせわしなく動いていた。その彼を見てだ。氏真が言うのであった。
「和上、やはりここはか」
「はい、甲斐の武田ともです」
「手を結ぶのじゃな」
「左様、結ぶ手は一つだけとは限りませぬ」
「二つでもよいか」
「より多くともいいのです」
 こうも言うのだった。
「ですから」
「これで相模の北条と三国か」
「そうです。そしてです」
 雪斎から氏真に話していく。
「我等はその同盟を後ろ盾にしてです」
「上洛か」
「その通りです。それを目指します」
「ふむ。さすればじゃ」
 上洛と聞いてだった。氏真のその公家そのままの細面が綻んだ。そうしてそのうえで雪斎に対してこう語ったのであった。おっとりとした感じの声でだ。
「この駿府にいる公家の方々も都に帰られるな」
「その通りです」
「よいことじゃ。そしてあの方々にも屋敷を建てられるし。それにじゃ」
「それに?」
「都ではとりわけ戦乱に喘いでいると聞く」
 氏真の顔がここで暗いものになった。
「それを終わらせ民に泰平をもたらすことができるな」
「あの、氏真様」
「何じゃ?」
「もしやと思いますが」
 氏真のそのおっとりとした言葉に危惧を感じてだ。それで彼に問い返したのである。
「都にあがれば将軍になることも夢ではありません」
「そうじゃな。我が今川はな」
「はい、そのことは」
「当然わかっておる」
 氏真はからからと笑ってそれはと答えた。しかしであった。
 彼はここでだ。こうも言うのだった。
「しかしそれは民に泰平をもたらす為であろう」
「はい、左様です」
「その為の座にしか過ぎぬ。まずは民よ」
 氏真の考えはここにはじまっていた。
「この駿河や遠江の様にじゃ。泰平にしなければならぬからのう」
「それがおわかりであればいいのですが」
「のう竹千代」
 氏真はここでだ。共にいる元康に声をかけた。
「そなたもそう思うな」
「はい、確かに」
 元康は畏まって氏真のその言葉に頷いた。そうしてそのうえであった。謹厳な口調でこう話すのだった。何処か堅苦しいものがそこにあった。
「そうでなければ。将軍となってもです」
「何の意味もない。麿もそう考える」
「そうであればよいのですが」
 雪斎は己の若い主の言葉にだ。いささか不安を覚えていた。この主は戦を好まない。戦国に向かぬこの気性にそれを感じていたのだ。
 それで言ったのである。だが今の彼はだ。
 若い主のことだけではなかった。家全体の為に動いていた。そうしてであった。
 武田と上杉の間に入ってである。和議を結ばせることに成功したのだ。
 その時に謙信とも信玄とも会っている。この時だった。
 謙信はその彼に対してだ。こう言ったのである。
「専横を極める信玄を放っておけというのですか」
「いえ、そうではありません」
 それは違うというのである。
「ここはです。民の為です」
「民の」
「左様、戦があり困るのは民です」
 その彼等だというのである。
「民をあまり困らせてはなりません。そして」
「そして?」
「上杉殿は何の為に戦われていますか」 
 このことを彼に問うたのである。
「それは何の為でありますか」
「無論義の為です」
 謙信の問いはそれしかなかった。
「その為にです」
「その義は民の為ですね」
「むっ」 
 その言葉にだ。謙信は止まった。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧