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戦国異伝

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第百七話 地球儀その六


 だが信長が入りどうなったか。フロイスも言う。
「ですが今は急にです」
「賑やかになってきておろう」
「見違えるまでに。それでなのですか」
「賑やかになってきた。政をするからには民が賑やかでなくてはな」
「意味がありませんか」
「御主もそう思わぬか」
「欧州ではどうもです」
 フロイスは彼がいるその場所のことをやや暗い顔で話す。
「そうした領主の方は少ないです」
「左様か」
「口で言うこともなく」
「実際にそう動くこともか」
「ありませぬ。教会もまた」
 フロイスのいるその世界もだというのだ。
「神よりも己のことです」
「そうした生臭坊主は何処にでもおるのう」
「残念ですが。ですが信長様は違いますね」
「少なくともそうでありたいと思っておる」
「まずは民ですか」
「そして天下の為じゃ」
 あくまでこの二つを念頭に置き動いているというのだ。
「己の為に何かをするのは何でもないわ」
「下らないことだと」
「水を飲みたいから飲む」 
 信長はその己の為のことを具体的に話す。
「食いたいから食う」
「そういったものですか」
「よいものを着たい。よい屋敷に住みたい」
「人が持つ欲ですね」
「それは少し何かをすれば容易く手に入るし満足出来る」
 少なくとも信長にとってはそれで終わることだ。彼にとって己のこととはその程度のことでしかないのである。
 だからそうしたことには興味を抱かずこう言うのだ。
「どうでもよいことじゃ」
「そういえば信長様のお食事はどうやら」
「美味いものは好きじゃ」
 笑みを浮かべての言葉ではある。
 だがそれでもこうも言うのである。
「しかし銭を何処までもかけて、それこそ民に迷惑をかけてまでとなるとな」
「興味はありませぬか」
「美味いものはそこまでせずとも手に入る」
 だからだというのだ。
「その辺りにある柿も美味いではないか」
「あの橙色の果実ですか」
「あれは美味い。果物は大好きじゃ」
 信長は甘いものが好きだ。他には菓子も好物である。
「秋にさっと手を出せば手に入るな」
「造作もなく」
「それで済む。川や海の魚を食うのもよし」
「美味しいものは値をかけずともですか」
「わし一人ならばそれで済むものじゃ」
 だから美味いものには然程銭も人もかけさせないというのである。そしてフロイスもその信長にこうしたことを言った。
「お酒もですね」
「飲まぬ」
 これは絶対だった。とにかく信長は酒は口にしない。
「飲めぬと言った方がよいな」
「南蛮の葡萄酒もですか」
「堺に入ってきておるそうじゃな」
「それもですか」
「とにかく酒は一切駄目だからのう」
 少し飲めば潰れてしまう。信長の意外な一面である。
「だからじゃ」
「お酒はですか」
「どの酒であろうともいらぬ」
 フロイスにもわかりやすい様にはっきりと答える。
「酒よりも茶じゃ」
「茶道というものですね」
「茶は好きじゃ」
 これについては構わなかった。信長は酒は飲めないがとかく茶が好きである。目がないと言っていい程に。 
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