戦国異伝
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第百六話 二条城の普請その九
どちらも明以前の王朝を滅ぼしてしまった暴君達である。
「五胡十六国の間も暴君が多かったが」
「あの頃の明は随分荒れておりましたか」
「その頃は明ではないがな」
それより前の王朝だ。あの国は王朝が時代によって変わるのがその特色である。
「そういえば明もな」
「太祖ですな」
丹羽がこの人物の名前を出した。今の明を開いた皇帝であり英傑と言っていい、しかしだというのである。
「あの皇帝はどうやら」
「これまでの創業の皇帝よりも遥かに危うかった様じゃな」
「随分と人を殺したとか」
「その始皇帝以上の暴君だった様じゃ」
人を殺したという意味での言葉だ。
「暴虐と言うべきか」
「殿は暴虐ではありませんからな」
「銭は使われるが無駄には使われぬ」
「人もですな」
「節度を弁えておられる」
全てのことにだというのだ。
「それ故に暴君ではない」
「そうですな。間違っても」
「むしろ名君じゃ」
信長はそれになるというのだ。
「異朝のどの皇帝に例えられるべきかわからぬが」
「それでもですな」
「うむ、殿は名君じゃ」
暴君とは逆のそれだというのだ。
「非常に素晴らしい方じゃ」
「ですな。確かに」
「名君は一歩間違えれば暴君となるが」
「殿は違いますか」
「暴君は決して愚かではない」
林は暴君というものを知らなければ勘違いしてしまうそのことを指摘した。暴君は愚かではないというのである。
「始皇帝は愚かだったと思うか」
「むしろその逆でしょう」
「煬帝もじゃな」
「その才は有り余るものがありました」
始皇帝も煬帝も傑出した政の資質があった。煬帝は詩にも秀でていた。国家を治めるに足るどろか繁栄にも導ける巨大な資質があったのだ。
「しかしですか」
「要は心じゃ」
「如何に資質があろうともですな」
「心が悪ければな」
「それで暴君になってしまいますな」
「名君と暴君は紙一重じゃ」
林はここうも言う。
「心が悪い、それだけでじゃ」
「暴君になりますか」
「どれだけ資質があろうともな」
「では殿もまた」
「わしは殿が好きじゃ」
林は珍しく勿体ぶらずも気取りもせず述べた。
「あのお心がな」
「そうですな。どうも気の短いところがありますが」
「それ以上に素晴らしいものを持っておられますな」
「だからじゃ。この戦国の世で戦を出来る限りされぬしな」
「戦をすれば民達に迷惑がかかるからと仰って」
「そして実際に迷惑をかけることはされぬ」
信長は戦の時に民に刃を向けることは絶対にしない。そうしたことは一切しない、このこともまた彼が領民から慕われる一因にもなっている。
だからそれでこうも言う林だった。
「そうした殿じゃから是非な」
「最後まで、ですな」
「ご幼少の頃は不安にも思った」
「手がつけられぬ程だったとか」
「まだ五郎左も子供じゃったな」
「その頃のことですな」
「傾いてばかりでのう」
林達はその頃まだ信長が何故悪さをするのかわからなかった。しかし今ではよくわかることだった。信長を知ったからこそである。
「いや、全くな」
「大変だったのですな」
「果たしてどうなるか」
心配だったというのだ。
「しかしある時ふとお部屋を見れば様々な書があってのう」
「ちゃんと学ばれていたのですな」
「博学でもある方じゃ」
ただそれを見せないだけなのだ。
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