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戦国異伝

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第百五話 岐阜に戻りその十六


 だから謙信は違う、信長はこう言うのだ。
「上杉謙信、あくまで義を取るか」
「変わっている、いえ」
「戦国の世でなくともああした者はそうはおらん」
「他に誰かいたでしょうか」
「そうじゃな。楠木正成か」
 南北朝の伝説の知将だ。太平記にもその名は名高い。
「若しくは坂上田村麻呂か」
「二人共よく知りませぬが」
 羽柴はそうした名前を聞いても首を捻る。やはり学というものは彼にとっては然程縁のないものだった。
だからここでもこう言うのだった。
「しかし義の為に戦をする御仁は先にもおられたのですか」
「数少ないがな」
 いるにはいるというのだ。
「その数少ない者の一人か」
「見事と言うべきでしょうか」
「うむ、あの者とも戦をしたくない」
 それは武田もだが上杉もだというのだ。
「決してな」
「それでその武田ですな」
「竹千代もおるがのう」
 信長は家康の名前も出した。
「しかしじゃ」
「徳川殿は見事な武辺の方ですが」
「竹千代は確かに武辺じゃ」
 それは信長も認める。だが認めているからこそよくわかることだった。
「しかし武田には絶対に勝てぬ」
「徳川殿でもですか」
「徳川は精々五十万石、一万と少し程度の兵じゃ」
 三河と遠江の半分ではその程だった。
「それに対して武田は二百四十万石はある」
「六万ですか」
「国の守りに一万程度置くとする」
 数のことを話していく。信長は今己の頭の中で甲斐と三河の地図を描きながらそのうえでそれぞれの軍勢の動きもその地図に描いていく。
 そうしながら羽柴達にこう話すのだった。
「五万じゃ」
「五万の武田の軍勢が来るとですか」
「こちらに幾分か来るとしてもまあ四万は来る」
 天下でもその精強さを知られた四万の赤い軍勢がだというのだ。
「それに対して徳川の一万ではじゃ」
「勝てるかどうか」
「武田信玄に二十四将、しかもじゃ」
 武田の軍勢にはもう一人いた。その者は。
「真田幸村という者もおる」
「話は聞いております。知勇兼備の猛者だとか」
「武勇は慶次に匹敵する」 
 織田家でも屈指の強さの彼と互角の強さだというのだ。
「そして頭は半兵衛、かかれば権六、退けば牛助じゃ」
「何と。織田家でも随一の面々ではありませぬか」
 この顔触れには蜂須賀も唖然となり声をあげた。
「そんな者がおりますか」
「しかも忍も使う。久助と同じだけな」
「そういえば真田には十勇士という忍の猛者達が従っておるとか」
 秀長は彼等の名を挙げた。
「絶対の忠誠を誓う一騎当千の忍達だとか」
「その様じゃな」
 信長も言う。
「そうした者もおる」
「ううむ、上杉にも直江兼続という者がおるそうですが」
「武田にはその真田幸村がおる」
「左様ですか」
 羽柴もここまで聞いて唸る。そしてその幸村についてこんなことを言った。
「ではその者は天下一の武士でしょうか」
「ほう、そう言うか」
「話を聞く限りは」
 幸村の話を聞いたうえでの言葉だった。
「そう思いますが」
「そうじゃな。あれだけの者は織田家にもおらぬ」
 信長も袖の中で腕を組み言う。
「あの者もおるからじゃ」
「徳川殿でもですか」
「一万では勝てぬ」
 それだけの軍勢ではというのだ。
「とてもな」
「ですか」
「織田の軍勢でもまともにぶつかって同じ数ならばじゃ」
 それでだというのだ。
「とてもじゃ」
「勝てませぬか」
「城でも篭らん限りはな」
 これが答えだった。
「しかし堅固な城ならばじゃ」
「例え武田の幾万の兵に囲まれようとも」
「陥ちぬからな」
 だから岐阜城をより堅固なものとするというのだ。さらにだった。
「そして一旦急あればすぐにあちこちから兵を集められる様にしておく」
「道はその為にも」
「道は人の行き来の為にあるものじゃ」
 無論そこには軍勢も入るというのだ。信長はそうしたことまで念頭に入れてそのうえで政を行なっているのである。
 それ故に道も敷くというのだ。それこそ。
「都が軸になるがな」
「岐阜もですか」
「うむ、全ての国をつなげる」
 そうするというのだ。
「そしてそのうえでじゃ」
「軍勢の移動も容易にされますか」
「うむ、そうする」
「ですか。兵もまたですか」
「兵を動かすのは政じゃ」
 信長が至った考えだ。それこそ多くの書を読みそのうえで実際にここまで至って辿り着いたものだ。それでこう言うのだった。
「だからじゃ。よいな」
「はい、それでは」
「岐阜城をより堅固にしそのうえで」 
 さらにだった。
「援軍はすぐに城に来られる様にするぞ」
「それでは殿」
 秀長も言ってくる。
「犬山城もですな」
「岐阜城とつなげてか」
「そうされますか」
「当然じゃ。この岐阜に至るにはまずあの城じゃ」
 犬山城は美濃と信濃の境にある。信濃から美濃に入るにはまずこの城を手に入れなければならないのだ。
 その為この城の守りが肝心になる。秀長もそれで言うのだった。
「それ故じゃ」
「あの城もですか」
「堅固にしそのうえでじゃ」
「道もですか」
「既に敷いておるがより行き来しやすい様にしておこう」
 この場合は岐阜城からだった。岐阜城と犬山城を完全につなげるというのだ。
「今のうちにあらゆることに対する様にしておくぞ」
「畏まりました」
 こうした話をしていった。信長は手に入れた国々をより治め豊かにせんとしていた。その中で備えも着々と進めていくのだった。


第百五話   完


                         2012・9・1 
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