戦国異伝
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第百三話 鬼若子その十三
「その為にじゃ」
「では殿もですな」
「無論わしもそうする」
ここは退くというのだ。だが、だった。
ここでだ。元親はこうも告げた。
「しかしじゃ」
「しかし?」
「しかしとは」
「ただ下がっては死ぬ」
長可が率いる青い鞍の騎馬隊を見ての言葉だ。その勢いはまさに怒涛の如くであった。蹄の音も凄まじい。
「だからじゃ」
「ここは、ですか」
「ただ下がりませぬか」
「わしがよいと言えば槍を構えよ」
そうせよというのだ。
「よいな。ここはじゃ」
「ううむ。下がりまた槍を構える」
「そうしてですか」
「生きよ。よいな」
元親は己の兵達に告げた。こうしてだった。
彼等はまずは下がった。それと共に散ったがそこにだった。
長可の騎馬隊から槍が一斉に放たれる。信長もその投げられた槍を見て言う。
「そう来るか」
「まさかやりを投げるとは」
「ああしたやり方もあるのですか」
「わしもこれは考えらておらんかった」
信長自身もそうだというのだ。己を左右から守っている毛利と服部に述べる。
「投げるか」
「あれが突き刺さればかなりの威力ですな」
「まず死にます」
「弓よりもさらに強いですな」
「槍を投げますと」
「その通りじゃ」
まさにそうだというのだ。
「投げられた槍の威力は尋常なものではないわ」
「ではその槍を受けた長曾我部の兵達は」
「一撃ですか」
「刺さればな」
その場合はだというのだ。
「助かるものではない」
「ではこの戦はこれで勝ちますな」
「勝三殿の武勲で」
「さてな」
信長は二人の楽しげな問いには思わせぶりな笑みで返した。
「それはどうかのう」
「?といいますと」
「ならぬというのですか」
「向こうも馬鹿ではない」
元親のことであるのは言うまでもない。
「この状況でもじゃ」
「わからぬと」
「そう仰るのですか」
「我等の勝ちは揺るがぬがな」
やはり兵の数が違った。十倍以上もあり正面からぶつかって負けるものではなかった。
「それでもじゃ。大事なのはじゃ」
「それは何か」
「そう仰るのですか」
「うむ。負け方じゃ」
それが重要だというのだ。この戦いでは。
「どう見事に負けるかじゃが」
「今の状況ではかなり」
「かなり攻めておりますが」
今言ったのは池田と森だ。この二人は今回も本陣において信長の指揮を支えていた。その彼等が言ってきたのだ。
「しかしこれからどう負けるか」
「それが問題ですか」
「こちらは十倍以上じゃ」
長曾我部の一万に対して織田軍は十万を優に超える。四国に連れて来た兵の他に三好の兵も加わったからである。
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