SAO─戦士達の物語
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ALO編
七十九話 彼女のヒーロー
ゆっくりと、目を開く。
そこは、輝いていた。
壁や天井に無数の水晶体が付いていた。透明な物、青い物、緑色、ピンク……それら全てが、神秘的かつ幻想的な美しい光を放っており、見る者を引きつける。
『…………』
眼前には、緩やかな坂があった。遠く、出口だろう光がその先に見えており、登り坂になっているお陰で足元には風で吹きこんだ雪が積もっている。
『…………』
雪には、足跡が付いて居た。
二つ。一つはある程度まっすぐに歩いている。男の物だろう。もう一つは……右へ左へふらふらとせわしなく歩きまわり、時折どう歩いたのかすらわからない有様だ。
『ったく……』
この足跡を見るだけでも、あの笑い声が聞こえてくるような気がした。
やがて彼はゆっくりと歩き出す。坂を登り行く内に、だんだんと出口の光が強くなり、やがて……
『…………』
次に現れたのは、下り坂だった。
眼前には青空だと言うのに、絶え間なく雪を振らせる不可思議な空があり、周囲に積もる雪はより深くなっている。無論、足跡もはっきり残る。少し坂を下って行った先に、表面が白い雪に、周りを背の低い青水晶に囲まれた広場が見えた。その中央に、二人の人間が立って居るのが見える。
顔も表情も確認出来なかったが、近づく事も声をかける事もしない……否、する必要が無かった。
もう何度も近づこうと思ったが自分の身体は此処から動けなかったし、いくら叫ぼうが声は届かなかった。
やがて片方の影がもう片方を持っていた毛布で包み込むように抱く。しばらくそうしていた二人はしかし、やがて……──
――――
「ん……」
目を開くと、真っ白な天井があった。
背中の感触から、自分がベッドの上に居るのだと分かる。
視界を左に回すと、窓の外に青い空が見えた。腕に針が刺さり、その先にチューブと……
「点滴かよ……」
なんか前にもこんなようなベッドの目覚めがあったような気がするが……いや、あの時はいきなり目の前に看護婦が居たのだったか……
『あのままお寝んねってか……』
一つ一つ記憶を辿ると、アスナの病室の前で記憶が途切れている。要はあそこで気絶してしまったのだろう。
「何してんだよ。ったく……」
呟きながら身体を起こす……いや。
「っと……ベッドの操作盤は……」
視界の端にあったリモコンを手元に引き寄せ、それを使ってベッドの方を起き上がらせる。
「相変わらず便利だなこれ……」
11月に目覚めたばかりの頃は、これに散々お世話になったものだと感慨深く思いつつ、椅子になったベッドに深く腰掛ける。
今は太陽も高く上がり、昼も過ぎた時間のようだから、一晩ずっと寝ていたのか……そんな事を考えている内、不意に、病室の扉が開いた……と言うか自分は何故個室なのだ。
「まぁ、兄貴のことだしそろそろ……」
「そうだよ、リョウタフだし……」
そんな事を言いながら入って来たのは和人と……和人に押されて車椅子で入って来た明日奈だ。二人とも起きているリョウの顔を見るなり、ぽかんと口を開け、固まる。
「「…………」」
「よぉ。お二人さん相変わらずアツアツで何よりだな。つか、明日奈痩せたか?」
「いや、別にそんな事は……って言うか……」
「痩せたって言うよりやつれた感じ……って言うか……」
涼人に乗せられ、そんな見当違いな事を呟いた二人は直ぐに急速に意識を戻して……
「「リョウ(兄貴)起きたの(か)!?」
「おーおー……っとに仲のよろしい事で」
直ぐに、看護婦がやってきた。
――――
「んじゃ殆ど2日寝てたって事かよ」
「あぁ、倒れたのが一昨日の夜で、昨日はまる一日目を覚まさなくて、今が二時半頃だから……」
「マジかよ……」
「昨日なんか直葉ちゃんも来たりして、みんな心配してたんだよ?」
涼人は頭を抱える。後で直葉や翠にどう言ったものか……
「で……兄貴」
「ん……何かな、キリト君」
そんな事を考えていると、和人からいささか真面目な声が飛んでくる。見ると、和人はジトーッとした目で此方を睨んでいた。真似のつもりなのか、明日奈も同じような目をこっちに向けている。
「ヒースクリフみたいな言い方しても駄目だ。先生から聞いたぞ兄貴、倒れた原因……極度の疲労と睡眠不足だって」
「あ、あー、それか……」
ごまかすように涼人は視線を和人から逸らす。が、その先には明日奈がおり、左右を夫婦に封じられ逃げ場が無い……
「どういう事か説明してくれるよな兄貴……?」
「リョウ……?」
「ん、あ、あぁ。勿論だ」
と言うか、拒否出来る雰囲気では無かった。
――――
「「四日間徹夜ァ!?」」
「あ、あぁ……」
いきなりの叫びに若干驚きつつ、涼人は言葉を続けた。
「お前とこの病院に来る前の日からな。原因も何もわかんねえが、取り敢えずネット関係だと思ってな。ご無沙汰だった“あれ”の勘取り戻そうと思って、姉貴からツール送って貰って、本とか読みながら攫ってるウチに朝になっちまってな……一時間ちっとは寝たんだが、直ぐにアラーム鳴っちまって、その日殆ど徹夜だったな」
“あれ”と言うのは須郷のコンピューター相手に行った電子的潜入……有り体に言うところのハッキングやクラッキングで、悪戯じみたその感覚が好きだった涼人は、それには11歳位の頃から手を出していた。
流石にSAOから戻ったばかりで感覚が鈍ってしまっていた為、本棚の奥にあった専門書なんかを引っ張り出し、わざわざ病院でまで読んでいたのだ。
まぁ、お世辞にもあまり誉められた行為では無いので、普通は言いやしないのだが……
「で、その後は須郷のが知れちまったからな。こりゃ怪しいと思って、彼奴の会社とかパソコン、ALOなんか纏めて探ったら……ビンゴだ」
「じ、じゃあ兄貴……」
「まぁ、世界樹前にゃ大体の事は知ってたな」
「な、なら何で……!?」
「あの状態のお前に言えってのか?」
「うぐ……」
あの時の不安定なキリトにそんな事を言おうものなら、それこそ全く歯止めの利かない事になっていただろう。コレばかりは反論出来ないため、和人は押し黙り、明日奈が話題を変える。
「でも、それじゃリョウ本当に……」
「まぁな。一応夜中はずっとキーボード叩いてた……けどまぁALOやってっときゃ身体は休んでた訳だしよ、そんなにキツか無かったぜ?」
嘘だ。と、反射的に和人は思った。
例え生身の身体が休んでいても、脳は休みなく動いていたのだ。負担がない筈など無い。
その事は、SAOでのあの冬に、自分の身を持って思い知っている。
つまりリョウは、あの時の自分以上の休息の少なさで悲鳴を上げる脳を、あの時の自分以上の強い精神力で抑えつけて、あの危機を救ってくれたのだ。
恐らくは、あの時の自分とは違う。自身の為でなく、只一人の少女の事を想って……
「……兄貴」
「ん?」
だから和人は、言わずに居られなかった。
「お疲れ」
「ん……」
「そうだね……リョウ、お疲れ様。それと……ありがとう」
明日奈も続き、左右に座る二人から同時に頭を下げられた涼人は、何やらやり辛そうに頬を指先で掻く。
「何だよ、お前ら改まって……変なもんでも食ったのか?」
「あ、リョウ照れてるね。ほっぺ赤い」
「なん……」
「お、本当だ。何か珍しい感じだな」
「リョウにも可愛い所あったんだね〜」
微笑みながら(と言うか最早ニヤニヤと笑って)言う二人に、リョウはますますやり辛そうに、少し早口になった。
「にゃろ、明日奈からかうなよ。ったく、カズも。俺にそんな趣味ねぇから、離れろ!」
「俺にだってねぇよ!」
和人の見事な突っ込みに、朗らかな笑い声が病室に響く。
涼人の携帯端末に「麻野美幸が目覚めた」と言う知らせが届いたのはそれから十数分後の事だった。
――――
「……めんどくせぇ」
「いやいやいや。まだ病室ついても居ないだろ」
翌日、和人と涼人は、早速美幸の居る病院を訪れていた。
まぁ早速とは言っても、涼人が「別にその内で良くないか」と言ったのを明日奈と和人が「良いから行け」と言った結果なのだが……
「大体、さっきから文句ばっかり言ってるぞ。もう少し男らしくしなされよ兄貴殿」
「お前も成長したなぁ……」
「誉め台詞にそこはかとない悪意混ぜるの止めて下さらぬか兄貴殿……」
どうにも皮肉じみた棒読み台詞に、和人は肩を落とす。
調子を戻したようにニヤリと笑うやがて二人は、彼女の居る病室の前へとたどり着いた。と……
「兄貴、ごめん……WC」
「何故英語……?ったくさっさと行ってこい」
「悪い、先入っててくれ!」
「おう」
和人は即座に先程通り過ぎたトイレの方へと走って行く。
それを確認しつつ、涼人は特に物怖じするでもなく、トントンとノックをした。
「どうぞ」
中から聞き慣れた。しかし久しく聞いて居なかった声が聞こえた事に少し安堵しつつ、涼人はなかへと踏み込んだ。
「邪魔すんぞ〜」
「り、りょう!?」
扉を開け入って来た人物に、サチこと麻野美幸は素っ頓狂な声を上げた。てっきり検温か、もしくは母である真理だと思って居たのだ。完全に不意打ちな来訪である。
「なんだよ?んな驚く事か?」
「ご、ごめん。あ、す、座って!」
「はいはい、そうさせてもらいますよっと……」
涼人は苦笑しながら見舞い物を横の机に置き、椅子に座る。何か言おうとしては口を閉じると言う妙な行動を繰り返すサチに、いぶかしげな表情をしつつ、いつも通りの調子で切り出す。
「調子、どうだよ?」
「へっ!?あ、うん、大丈夫。しばらくはリハビリだけど、直ぐ良くなるって先生が」
「そうか……そりゃ良かったな」
「うん……あ、あの、りょう?」
「ん?」
普段と変わらぬ調子のりょうに、緊張がほぐれたのか、何か尋ねようとする美幸に、りょうは首をかしげて答える。
「私って、リョウ達より、三か月も後に、目が覚めたんだよね……?」
「そうだぞ。一生に残る大寝坊だ阿呆」
「ご、ごめんね……でも、寝坊……じゃないよね?」
「…………」
真剣な表情で訪ねた美幸に、涼人はそれ以上何もいわなかった。美幸の言葉が続く、
「テレビでやってたの。これまで目が覚めて居なかったSAO患者三百人が……って。ねぇ、りょう、教えて?私達、どうなっちゃってたの……何を、“されてた”の?」
「……!お前……」
驚いたように目を見開く涼人に、美幸はゆっくりと語る。
「ちゃんとは、覚えてないんだ。でもね……とっても、怖い夢見た後みたいな、そんな感じがするの」
「…………」
「ずっとどこかに閉じ込められてて、怖かった事は良く覚えてる。でも、ぷつんって、それが突然途切れたような事も覚えてる。ねぇ……りょう、また私を助けてくれたの?」
余りにもストレートな物言いのせいで、涼人は直ぐに返す事が出来なかった。
結果的にそれは、美幸の中に確信を生む事になり……
「やっぱり……そうなんだ」
「何だよ。……不服か?」
「そんなこと無いよ!でも……ごめんね。また、私……」
迷惑をかけた。
なるべくなら、美幸は涼人と対等な立場に居たいと思っている。しかし、彼女の意思とは、無関係に、圧倒的な実力を持つ彼はいつも自分より前に居る。
挙句、こんな風に自分はいつも彼の足を引っ張ってばかりだ。これでは……
「どうでも良い事言いだしてんじゃねぇよ。ったく……」
不意に、彼女の頭に手が乗った。久しく味わっていなかった、大きく、包み込むような手の感触が、そこには有った。
「行ったろうが。危なくなったらいつでも助けてやるって、な。あれにゃ期限なんか定めてねぇんだよ。手前で言った約束、手前で守っただけだ。お前がどうこう言う問題じゃねぇよ」
「でも……」
「なら礼の一つでも言いやがれ。何だって目が覚めて早々の女に泣かれなきゃならねぇんだよ。気分悪くなんの知ってんだろうが」
そう言って口をとがらせるりょうの顔を見た途端に、湧き上がっていた涙は引っ込んだ。変わりに、精いっぱいに笑顔を浮かべる。
自分は、小さくしか笑えないけれど。それでも、精いっぱいの笑顔を。
「うん!りょう……ありがとう……!」
一瞬だけ、涼人は驚いたような顔をした。しかしそれは一瞬で、次の瞬間には、美幸が見たことも無いような、優しい微笑みを浮かべ……
「おうっ……無事で良かったな」
それが余りにも優しい顔で、自分でも気持が舞いあがってしまったのかも知れない。
頭から手が放された瞬間、良く考えもせずに、そんな言葉は口から出た。
「りょう……」
「?なんだよ」
普段の彼女なら、決して言いはしなかっただろうに──
「私……私ね……りょうの「あぁっ!?い、今は──!!」「麻野さん?検温です」ヒャウッ!!!?」
──残念。
初めは和人の声。次は看護婦の声だった。慌てて返すと、白衣の看護婦が中に入ってくる。
「おっ、検温か。んじゃま、ちゃんと受けろよ?俺らは離れてっからよ」
「あ……う、うん……」
少し名残惜しく思いながらも、彼女は離れて行く涼人を見る。
と、検温気を脇に挟んだ時、廊下の涼人達の会話が聞こえた。
『なんで廊下なんかに居たんだよお前ぇ』
『ん、あぁ。いや。なんかお話中っぽかったし……』
そうだ。そう言えば、自分はさっき何を……
「─────────ッ!!!!!!!?!?!?」
「さ、三十九度九分!?あ、麻野さん大丈夫ですか!!?」
かくして彼女は、アスナにとってのキリトのように、自分にとってのヒーローを、再認識するのだった。
思い届くはいつの日か────
Fifth story 《飛翔する救いの手》 完
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