戦国異伝
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第九十七話 都の邸宅その十二
「今からな。しかしじゃ」
「しかし?」
「しかしといいますと」
「ここにおってよかったな」
信行はこんなことも言う。今彼等は都の外にいるのだ。かつて鎌倉幕府が六波羅探題を置いた場所に館を構えそこからだ。都を見ているのだ。
そこにいてそのうえでだ。村井と武井にこう話したのである。
「下手に都の中にいればな」
「朝廷や幕府、寺社にですな」
「飲み込まれてしまいますな」
「そうじゃ。都は色々な勢力がおる」
渾沌とさえしている。それが都なのだ。
「その中に入ればな」
「そうですな。やはりここにおって正解です」
「六波羅にいて」
「うむ。特にじゃ」
腕を組み兄と同じく端整な顔を曇らせてだ。信行はこうも言った。
「やはりおるのではないか」
「おるとは?」
「まさかと思いますが」
「あの者がおるとは思えませぬが」
「しかしですか」
「わしもおらぬとは思う」
だがそれでもだというのだ。信行は言うのである。
「しかしそれでもじゃ」
「同じものを感じられますか」
「あの者と」
「全く。迂闊であった」
津々木に操られたことは信行にとっては生涯の屈辱だった。彼にとっては忘れられる筈のないことだ。それでこう言ったのである。
「今度会うた時は容赦せぬ」
「はい、それはそれがしもです」
「無論それがしも」
村井と武井もだった。その津々木と会えばというのだ。
「あの者だけは許せませぬ」
「絶対に」
「あの者は織田家の仇でございます」
「それ以外の何でもありませぬ故」
「済まぬのう。いらぬ手間をかける」
信行は二人に詫びの言葉も述べた。
「わしが迂闊だったばかりにな」
「いえ、勘十郎様が操られるとなりますと」
「我等も危ういです」
信行は信長の弟達の中で最も聡明と言っていい。ただ教養があり政に秀でている訳ではないのだ。兄の補佐役として申し分ない男なのだ。
だがその彼が操られた、そのことがだというのだ。
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